NHKさいたまブログ

 8月7日(金)に首都圏ネットワーク内で放送された埼玉県の高校球児の最後の夏の戦いを紹介した、「亡き友と戦う最後の夏」。本記事は、取材にあたったさいたま放送局の高本記者の取材後記です。

ーーーーーーーーーーーーーー

 ことし新型コロナウイルスの影響で、夏の全国高校野球が地方大会を含めて中止となったことを受け、各地で独自の大会が開かれました。埼玉県では、おととし事故で亡くなったチームメートへの思いを胸に最後の夏の大会を戦った球児がいました。

10.jpg

 

 狭山市の県立狭山経済高校野球部の小泉元太選手。

おととし8月、チームメ-トの堀内宥希さんを交通事故で亡くしました。1年生ながらチームのムードメーカーで、誰からも慕われる存在だったという宥希さん。8-a.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

野球部では練習前に毎回黙とうを捧げ、部室の前にはいつも宥希さんのユニフォームと帽子が掲げられてきました。小泉選手は中学からの同級生だった宥希さんのユニフォームを大切に管理してきました。砂で汚れたユニフォームを定期的に持ち帰り手洗いしたうえで洗濯機にかけ、2年間、常にきれいな状態を保ってきました。b.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像

小泉選手は、親友との突然の別れとなったショックで、いったんは野球をやめることを考えたと言います。しかし、その思いを変えたのはひつぎの中の宥希さんを見た瞬間でした。

2.jpg
 「宥希が野球ができないのに自分が野球をしないのは失礼というか、悪いと思った。気持ちを切り替えて前に進んでいこうと決めました」(小泉選手)

7.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像これまではベンチスタートがほとんどで公式戦ではノーヒットだった小泉選手。

課題のバッティングを向上させるため素振りや筋力トレーニングなどを続けこの1年で体重が10キロ増えました。

 

 「友が力を貸してくれた」

 初戦は8月9日、川越市の秀明高校との対戦でした。選手登録は20人ですが、ベンチには特別に「21」の背番号をつけた宥希さんのユニフォームも置かれました。この『21』の背番号は、監督が特別に用意し、小泉くんが縫ったということです。

3.jpgのサムネイル画像

試合は狭山経済高校が序盤からリードを広げる中、小泉選手は3回裏ワンアウト2塁1塁の場面で代打で登場しました。
 ツーストライクと追い込まれましたが、センターへのタイムリーヒット。さらに続く4回もタイムリーツーベースヒットを放ち2打数2安打。

5.jpg

チームも22対0の5回コールド勝ちと、夏の大会では、実に9年ぶりとなる勝利をあげることができました。

「ユニフォームがあるだけで一緒にいるという心強さがあった。これまで全然打てなかったのに、きょう打てたのには宥希が力を貸してくれたおかげです」(小泉選手)

試合では宥希さんの両親も部員の保護者枠での入場が特別に認められ、宥希さんの遺影を持って応援に駆けつけました。4.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像小泉選手のヒットの場面ではこの日一番の大きな拍手を送っていました。チームは次の試合、1点差で惜しくも敗れましたが、小泉選手たち狭山経済高校のメンバーにとっては亡きチームメートへの気持ちを胸に大きな1勝につなげた特別な大会になりました。

6.jpgのサムネイル画像【これからも友と歩む】

 3回忌となった、8月19日には宥希さんの中学校の同級生とともに小泉選手も自宅を訪れました。これまで大切に管理されてきた宥希さんのユニフォームは両親のもとに戻されたということです。
 「これからも宥希のことは一生忘れず、心のすみに置いて歩んでいきたい。これから思いどおりにならないことも出てくるかもしれないけれど全力を尽くした日々を思い出し乗り越えていきたい」 (小泉選手)

9.jpg