脚本家・倉本聰③ 「“バカなこと”に時間をかけるほうがいい人生なんじゃないかと思う」

ざっくり言うと
2019/01/22 ラジオ深夜便 明日へのことば 「ドラマを貫く精神」脚本家・倉本聰さん
『やすらぎの郷』の登場人物たちは、自分と同じ「占領派」
変なことを突き詰める人がいとおしい

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2019/01/22

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倉本聰さんのインタビュー3回目は、日本がバブル景気に沸いていたころ環境問題を考え始めたこと。ドラマ『やすらぎの郷(さと)』の登場人物の世代の呼び名。ウォンバットのふんの研究者。お父さまとその親友のおかしな思い出…さまざまなことについて、倉本さんに語っていただきました。


時流にかまわず社会問題について考える

倉本さん: 僕の札幌時代に、バブルの兆しが出てたんです。富良野に移ってから、僕はバブルも何にも知らなかったんですよ。そんなことが世の中で行われてるということが。「『北の国から』は、バブルのアンチテーゼ」みたいに結び付ける評論家がよくいるけども、そんなこと僕は思ってもいない。ただ知らなかっただけなんです。
そのころ「富良野塾」を始めました。暮らしには水が一番必要なんですね。明治から続いている湧き水がちょうど谷にあったんで暮らしてたら、水が枯れちゃったんですよ。上の森林がザーッと伐採されて枯れたと。
そのときちょうど僕の友人がいたから農林省に話をつけに行ったんだけど、「『因果関係がない』と説明できるか」って言われて。俺なんかに説明できない。水と森の関係を考えようと思って、「富良野自然塾」を始めちゃったんですね。
塾で僕が一番言いたかったのは、塾の起草文にあるんです。
「あなたは文明にマヒしていませんか。車と足はどっちが大事ですか。石油と水はどっちが大事ですか。知識と知恵はどっちが大事ですか。批評と想像はどっちが大事ですか。あなたは感動を忘れていませんか。あなたは結局何のかんの言いながら我が世の春をおう歌していませんか」
この言葉が僕の一番、塾でやりたかったこと、言いたかったことですね。

『やすらぎの郷』で描いた昭和の「特殊な世代」

――2017年の『やすらぎの郷』が注目を集めました。昭和を生きた人たちの老境や心情を描いたと思ったのですが、いかがですか。

倉本さん: 昭和って非常に特殊な時代だったって思うんですよ。特に僕たち、少年時代に戦争を体験して戦後育った…。
「戦前派」って言葉があります。「戦中派」って言葉がある。「戦後派」って言葉がある。「僕らは何なんだろう」ってこの間ふと思って。「占領派」っていう言葉はないんだけど、占領時代に育った子どもっていう。
ちょうど占領時代は昭和20年からだから、僕らは10~11歳ぐらいだったんですけども、占領時代はそこから7年間ですか。17~18まで一番多感な青春という感じの時代を占領時代で過ごしたわけですよね。例えば、『やすらぎの郷』に出てる浅丘ルリ子ちゃんにしても、満州の被害者なんですよね。みんなそういう意味で、何らかの戦争の被害があるんですね。

バカなことに時間をかけるからおもしろい

倉本さん: 今、目移りをしちゃうことが多すぎるんですよ。例えばちょっと考えこんでても、テレビ観ようか、あるいはゲームしようか、それかちょっとパソコンいじろうかみたいな、やることがいっぱいありすぎちゃって、1つのことに深く向かい合えないでいる気がするんですね。
僕のやることはものすごく単純なんですよ。シナリオを書き上げたから今は絵ばかり描いてるんですけど、1日中絵なんですね。絵か、森を見てるか、寝てるかなんですよね。時々ニュース見ると、何か複雑なことを言い始めるか、「やだなあ」と思って聴いちゃう。あんまり生活を複雑にする気がないんですよ。

今泉忠明さんという『ざんねんないきもの』っていう本を出してベストセラーになってる人がいるんですよ。この人といろんな話をした。この人に初めて聞いたんだけど、ウォンバットっていう動物がいますね。
ウォンバットって知らない? 巨大なネズミみたいな動物でオーストラリアにいるんですよ。ウォンバットはうんこが四角いんだって。なぜうんこが四角くなるか、研究をずっとしてる学者がいるんだって。
バカでしょ。でも、「バカだけど」っていいでしょ。
僕、そのほうが人生として楽しいような気がするの。だって、四角いうんこよ。どうやって出して、どうやってどこで切るの。こういうことに一生をささげちゃった人間というのは、株の上下とかそんなことと関係なく、僕はいい人生だと思うな。
自分のドラマの中では、しきりと変なことでこだわっちゃっていく、その滑稽さとかその尊さとかね、そっちへ話を持ってちゃう癖(へき)があるんだけど。下品なら下品がもう際限なく下品になっちゃうときもあるし、おかしさがどんどん増幅されるとこもあるし。

うちのおやじが中西悟堂(なかにし ごどう)さんと親友で、近くに住んでたんですよ。2人とも飲まないんだけど、夜遅くまでしゃべってるのね。「煙兄(えんけい)・霞弟(かてい)」。「煙の兄」、「霞(かすみ)の弟」って2人で言い合って、「何しゃべってんだろう」と思うぐらい、くだらないことを延々としゃべったんですよ。
「じゃあもうそろそろ帰る」って言うと「離れ難い、送っていく」って言って、追っていって向こうにつくと、また「離れ難い、送ってくれ」。戻ってくるのに送ってきて、また「離れ難い」。3~4回繰り返すんですよ。
挙句の果てに「今うちの女房がお風呂に入ってるから、のぞこう」なんておやじが言い出してね。それで、2人でいきなり風呂へ行って、おふくろが「キャー!」なんて言ってるのをケタケタ笑いながら喜んで逃げていくみたいな、そういうバカなことをしてたし。1つのことに、バカなことにも時間をかけてましたよ。
その時間のかけ方が、みんな今利口すぎて…利口すぎてというか…効率的すぎるのかな。おもしろいことがあまりないんだよね。

――だから、逆に倉本さんの世界に引かれるんだと思います。

<~脚本家・倉本聰さん④~>へ続く

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