『北斗の拳』声優・千葉繁① 「空腹すぎて草、食った」若手時代

ざっくり言うと
2018/11/04 ラジオ深夜便 「時代を創った声」 声優・千葉繁さん
「田舎を出たい!」集団就職で東京へ
草をはむヤギに嫉妬 超貧乏スタントマン時代

アニメ・マンガ

2018/11/04

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「ラジオ深夜便」のコーナー【時代を創った声】では、昭和から平成にかけて声の仕事の第一線で活躍してきた方々の半生を伺っています。
今回のゲストは声優の千葉繁さん、64歳。アニメ『北斗の拳』での悪役やナレーション、『機動警察パトレイバー』など多くの作品に出演されている名脇役です。キャリアのスタート、スタントマン時代の貧乏話・苦労話から、声優を目指す若者へのアドバイスまで、3回に分けてテキスト記事をお送りします。


千葉さん: (キャラクターの声で)『ラジオ深夜便をお聴きの皆さん。おはようございます。もう起きていられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。声優の千葉繁です。今日も最後まで聴いてくれたらうれしいな。』
どうも、すみません。朝っぱらから申し訳ございません。

――とんでもない。改めましてご紹介しましょう。今日の【時代を創った声】は声優の千葉繁さんです。改めてよろしくお願いします。

千葉さん: よろしくお願いします。

――千葉さんと言いますと、アニメ『北斗の拳』では、悪役やナレーション。今のような調子だったということでしょうかね。アニメ『ハイスクール!奇面組』の主役「一堂零」役、アニメ『機動警察パトレイバー』をはじめ、最近では実写版の機動警察パトレイバー…

千葉さん: そうですね。

――『THE NEXT GENERATION パトレイバー』…

千葉さん: これ、言いにくいんですよね。

――いやいやいや。にも、ご出演されるなど本当に多くのテレビ・舞台・ゲームでもご活躍されています。千葉さんは熊本のご出身?

千葉さん: そうです。熊本県宇土郡不知火町高良という所で生まれたんですけどもね。今いろいろと合併したみたいでちょっと地名が変わってるみたいなんですけども、本当に本当に田舎ですね。そこでオギャーと生まれちゃいました。

――そこで中学まで。

千葉さん: そうですね。中学。

――どんなお子さんだったんですか?

千葉さん: あのそうですね、中学時代とかは…。子どものころはね、うち国から表彰状をもらえるぐらい貧乏だったもんですから、結構いろいろな大変な目にあったんですけども。
中学ぐらいからね、アマチュア無線やってましてね。「電波って不思議だな~」って。深夜まで、本当に自分で作った短波ラジオとか、そういったもの。自分ではんだ付けしてこう作ったラジオでね、いろんなモールス信号とかね、いろんな放送を聞いてまして、将来的には何かこういったその宇宙に飛び散ってるわけじゃないですか電波ってね。これを研究するような仕事に携わりたいなと勝手に考えてましたね。このころは。

――運動がすごいお得意だったと?

千葉さん: 運動系もすごく好きで、体を動かすことが好きだったもんですから、体操もやってみようかってね、体操部に入ったんですけども、すごいですよ。初日にね、先輩が、あの新人5人ぐらいいたんですが、その時ね。クラブ入部希望者が。新入のやつを屋上へ連れてって、「おまえらちょっと来い」って屋上へ連れて行かれて、屋上ってセメントじゃないですか。「そこに1列に並べ」って。みんな竹刀持ってるんですよ先輩が。なにやるんだろって、ビクビクしながらいたら「よし、おまえら1人ずつバク転しろ」っていうんですよ。入ったその日ですよ。そんなバカな! って、みんなブルっちゃってね。当然できませんよバク転なんて。そしたら「おまえらな、挑戦した後に来る痛みと、挑戦しないで竹刀で殴られる痛み、理不尽な痛みと、どっちの痛みをとるんだ」と言われて。どっちも理不尽なんですよ。
「よし、僕やります」と言って、いきなりやったんですね。そしたら、ちょっと形はゆがんだんですけど成功したんです。先輩たちが「ウワー!おまえすげーよ。おまえ戻っていい、体育館に」って、そんな感じで。ずっとバク転やるとね、ふだん見てる世界が逆にこうフワーっと見えちゃうじゃないですか。それがこう。あと浮遊感ですかね。そういったものが、すごく心地よくてね。もう日夜そういったことをやってましたねえ。

――中学の時は体操もしながら。ラジオなんかにも興味をもって。卒業されてから集団就職で?

千葉さん: 集団就職で。いったん、とにかく田舎を出たかったんですよね。ですから、とりあえず中央に出ないとダメだと。何かわかんないですけども、何の根拠もないんですけどもね。何か中央に出なきゃダメなんだ、きっと俺は、って言って、そのための手段として、集団就職を選んだんですよね。

――それで上京してきて就職されて。まだ15、16歳ぐらい?

千葉さん: 16歳ですね。

――そこから、どうして役者の道を志そうと思ったんですか?

千葉さん: ですよね。不思議ですよね。ですから当初、自分が演者になるとか考えたこともなかったですよね。
たまたま、寮生活やってたんですよ。その時に鹿児島出身のある友人が「僕は歌手になる」って言いだしたんですよ。「お前、寝言言ってんじゃねえのか?」って言ったら本気だっていうんですよね。オーディションがあるから、ちょっとついてきてくれないかって言うんですよ。でも、「自分で決めた人生なんだから、自分で行きなさいよ」と言ったら、「東京は怖いからついてきてよ。昼飯おごるからさ」「わかった!」って言って、昼飯に誘われてついて行ったんですよ。
付き添いでついて行って彼が中に入って、いろいろと審査を受けてた。すごい、そうそうたるメンバーでね。「テレビで見たことあるばい」みたいな人ばっかなんですよ。千葉真一さん、東千代之介さん、三條美紀さん、成田三樹夫さん。もうそうそうたる方たちが、ザーっと並んでるんです。審査員の席にね。「なんちゅうとこなんだここは」と。
僕はロビーにいたんですけど。何でこういうことになったのがわからないんですけど、たまたま成田三樹夫さんがトイレに行かれたんです。帰ってきた時に「君、何やってるの?」って言われて。「付き添いに来てるんですけど」「せっかくここまで来たんだったら君も受けな」って言われて。「いやいや、僕はその気ないですから」「いいからいいから」って。なんか気がついたら審査員の前で、「東京には空がないという…」とか言って朗読してるんですよ、僕が。「俺、なにをやってんだろ?」って思ったんですけど。その時は、何が起きてるか分かんないからちょっと頭まっ白になってましたけどね。

で、帰って1週間後に通知が来たんですね。僕が受かってたんですよ。それで一緒について来てくれと言った彼は落ちてたんですね。それで、彼は泣きながら鹿児島へ帰っていたんですけども。何っていうんだろう。君ね、いろんな人生の選択肢があるんだけど、君このレールに乗っかっちゃいなみたいなことでこう乗っけられたって感じですよね。本人まったくその気はないのに俺どこ行っちゃうんだろうみたいなね。そんな感じで、その道に入ったんですけれども。

――歌手のオーディションではなかったんですか?

千葉さん: 違います。そこは、俳優と歌手を養成しているところだったんですね。僕はまあ役者の部門だったんですけど。
ただ、いろいろレッスン受けてるうちに、やっぱりこれ、もちろんレッスンも大事なんだけど、やっぱり実践の現場。プロの現場というものを体感してないとダメだと思ったんですね。それで所長に言って「申し訳ない。僕、今日で辞めます」っていきなり辞めて。「何で君、辞めるんだ」って相当引き止められたんですけど。辞めてさあどうしようかと思って家に帰って、たまたま部屋に置いてあった週刊誌ペラってめくったら『スタントマン募集』っていうのがあったんですよ。
スタントマンか。スタントマンだったら、しょっちゅう撮影所にもいけるし、いろんな俳優さんたちの演技も間近で見れるし。まぁ、僕、体操やってましたからバク転だとかバク宙とか、いわゆるそういったものは得意中の得意だったもんですから、これはいい。よし、これやってみようと思って電話して。「すみません。スタントマン募集してるみたいなんですけど」「うん。じゃあ来なさい」って言って事務所に呼ばれて、いろんなお話しして。「え? 君、バク転できるの? バク宙できるの? 明日から仕事やろう」って次の日からもう撮影所行って、いきなりですよね。忍者の格好させられて、「そこで君、バク転やって」とかって、バーってバク転やったりとかね。やってましたね。だから、何が功を奏するか分からないですよね。

――そうですね。アルバイト的なことをしながら。

千葉さん: 最初はアルバイトやったんですけれども、やはり連日連夜撮影所で撮影が朝早くから、深夜ナイトシーンまで付き合ったりするわけじゃないですか。だからとてもじゃないけどバイトなんかやってらんないよねって状態になって、それ以降全然バイトできなくなったんですけども。ただ、やっぱり食うのが大変でしたよね。
僕は多摩川の草、食いましたもん。

――本当に?

千葉さん: はい。朝、5時半ぐらいに起きて電車賃もないわけですから、歩いて行くわけですよ。
多摩川の土手を朝5時半ぐらいにトコトコ歩いてたら、たまたまヤギが放牧された。放牧というかいて。ヤギが朝露にぬれた青草をおいしそうに食べてんですよ。ヤギってほら、おいしそうな食べ方するじゃないですか。何だろうな? 口の動きなんですかね。「うまそうに食ってるな」って思って。僕、ちょうどその時3日飯食ってなかったんですよね。

――3日?

千葉さん: そのころはね、3日に1度ぐらいしか食事してなかったんですよ。
その時もちょうど3日目で、水と、あとこう腕とかをなめるんですよ。塩分を取るんですね。塩分がないと意志力弱っちゃうんでね。そんな状況でやってたんですけれども。で、ヤギがあんなにおいしそうに食べてるのだから、きっとおいしいんだろうと思って、ヤギが食べてる物と同じものをむしって食べてみた。あれは、やっぱ人間の食べられるもんじゃないですよね。
あの時ほどヤギに嫉妬したことはないですね。何で俺はヤギじゃないんだと。たまたま、その日セット撮影だったもんですから、セット撮影の時ってお弁当出ないんですよね。「ああ今日も1日食べらんねぇのか」と思いながらね。歩いてた時だったんでなおさらね。

――でも、スタントマンされながら体力も使うじゃないですか。

千葉さん: 使いますね。

――どうやって、ご飯を食べていたんでしょう?

千葉さん: あのね、その時ってみんな協力し合うんですね。撮影がない時とか、まあロケ隊に参加してる子もいるわけですよ。で、そのロケ隊の子たちが、助監督さんとかと仲よくなって「すいません。ちょっと同僚がちょっと家で伏せってるもんですから」って言うと「あ、わかったわかった」って、お弁当を余分にくれたりするんですよね。それをこっそり持ってきてくれて、それでみんなでむさぼるように食べたりとか。
あと八百屋さんとか行ってね。夕方行くと大体ちょっと売れ残りの物があったりするじゃないですか、例えばニンニクとか。ある時、ニンニクを山のように貰ってきたんですけど、それでみんな役者仲間集まって生ニンニクですね。バリバリかみながら明け方まで演劇論・演技論交わして。で、次の日撮影所行くと「お、臭いな。おまえら。ニンニク臭いよって」って、「すみません。昨日ちょっとギョーザパーティーやったもんですから」とかってウソ言って。
そうやって、なんか知らんけど貧しいとかあんまりつらいとか考えたことなかった。みんながそうだったんですよ。みんながそうだったもんですから、そんなに自分だけがつらい状態ではないわけです。みんなつらいわけですよね。

――それでもやっぱりお腹は鳴る。

千葉さん: そうなんですよね。お腹は鳴るし。
ま、でもそういうつらさよりも目の前でいろんなすごい俳優さん、すごい女優さんたちがすごくいいお芝居をなさるわけでカメラの前でね、たまに、ちょっとした役をいただけるんですよ。例えば、主役の方というかゲストの方たちをご案内する。ちょうちん持ってね。夜ご案内する役とかね。当然顔がばっちり映るような役を、たまにいただけるんですよね。何度も何度も、例えばカメラの右に倒れろって言われる。切られてね。倒れろと言われるのに、左に倒れちゃったりとかね。失敗ばっかりするんです緊張してるから。

その中で、あるお仕事いただいた時に「おまえダメだ。カメラを見ろ。カメラ」「えっ何ですか?」「レンズを見ろ。どのレンズで撮ってるかを見ろ」っていうんですよね。それが「望遠」で撮ってるのか、「広角」で撮ってるのか、「標準」で撮ってるのか。
そうすると、それによって画角(がかく)がわかるわけだから、おまえみたいにそんな大きな動きしたら画面から外れちゃうと。そんなこと言われても、レンズの知識とか当然ないわけですよ。ああそうか、やっぱりそういったことも勉強しなきゃいけないんだ。とにかく動くなと。例えばこんなアップになってるんだから、例えば目の動きだけで十分に表現できるようなところを、体を使って表現しようとすると、フレームから外れてしまう。で、それを求めてるわけじゃないからみたいなことを、さりげなく教えていただけるとかね。

――徐々にお仕事も増えてきて。

千葉さん: そうですね。

「時代を創った声」声優・千葉繁さん②につづく

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