将棋ブームでうれしい悲鳴 ~日本将棋連盟会長 佐藤康光~

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2018/10/30 ラジオ深夜便 ラジオ深夜便 「母を語る」 棋士:佐藤康光さん 聞き手:遠藤ふき子アンカー
羽生・藤井…話題と記録づくめの将棋界
“1秒間に1億と3手読む”と言われた若手時代

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2018/10/30

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日本将棋連盟会長の佐藤康光さんは京都府出身。
1982年、中学1年の冬にプロ棋士養成機関「奨励会」に入会。17歳でプロデビューし、1993年、六段のときに当時の羽生竜王を破り『竜王位』につき、初タイトルを獲得します。1998年には谷川浩司名人に挑戦し、名人位を獲得、九段に昇段。2017年2月からは、谷川九段の跡を引き継いで日本将棋連盟会長を務めています。


――日本将棋連盟の会長になられて、1年半過ぎたと。仕事をこなしながら、現役の棋士としてもすばらしい成績を保ち続けていらっしゃるのは大変じゃないですか?

佐藤さん: そうですね。役員とプレーヤーと両方ということで、そういう両立の難しさもあるかと思ってますけども、歴代の役員を務められた先生も、そういう方もたくさんいらっしゃいますので。そういう歴史を引き継いで頑張っていきたいなというところですね。

――将棋ブーム、今すごいですね。藤井聡太くんが出てきたこともありますし、アマチュアからプロに入られた方とか、いろんな方が出ていらして。

佐藤さん: そうですね。最近はやはり、藤井聡太七段ですか。あと今年国民栄誉賞を受賞されました、羽生善治竜王ですね。将棋界では初めての快挙ということですし。また瀬川晶司五段の『泣き虫しょったんの奇跡』という映画が大変話題になりまして。さまざまな面で棋士を取り上げていただいたり、将棋のことを注目していただいたりという機会が大変増えまして。非常にありがたいことだなと思っております。

――谷川さんから引き継いで会長になられたころはいろいろ大変な時で。今みたいなブームは予想していらっしゃいましたか?

佐藤さん: そうですね。まあ就任当初も大変な面もありましたけども、今こんなに注目を集めて、といいますか。まあ将棋界、記録的な面でも話題になることが続きまして。
たとえばですけど、藤井聡太七段はデビューして2年ちょっとたちますけれども、デビュー以来29連勝という記録を達成いたしましたし。今もう七段になりましたけど、全棋士参加の棋戦でいきなり優勝したり、ということもありました。
記録的な面でも、羽生さんが<永世七冠>という記録を達成されました。現在、将棋界「八大タイトル」の中で永世称号が7つあるわけですけれども、それを全て昨年、竜王戦で勝って達成された。これはもちろん史上初のことです。
あとは、A級順位戦の「6者プレーオフ」ということがございまして。これも順位戦始まって以来のこと。11名参加した中で6人が同じ6勝4敗で名人挑戦を争いました。実はその中にわたしもいたんですけど、あっさりと初戦で負けてしまいまして、夢はついえてしまったんですけども。
そういう、本当に何十年ぶりの記録というのがここ1年の間でもう5、6個起きている。1年に1回あればかなりのことが、立て続けに起こってるということで、うれしい悲鳴といいますか、こういう時代の中でプロとして生きているということに非常に幸せは感じております。

――時代が変わってきた感じはありますか?

佐藤さん: そうですね。しばらく羽生さんが1強、という言い方は語弊があるかもしれませんけど、複数のタイトルをずっと持ってらっしゃいました、時代を築いていらっしゃったという時代がありまして。今は若手ですね。30代20代の若手棋士がたくさんタイトルを取る時代になりまして。そうですね、すべて若手中心の時代になってきたかなという感じはしてますね。だいぶ時代が変わってきたなという感じが致します。

佐藤さんが将棋と出会ったのは小学校1年生のとき。友達が持ってきた小さな将棋盤に興味を持ったのがきっかけでした。3人兄妹の長男としてサラリーマン家庭に育ちますが、佐藤さんが棋士、3歳下の弟さんは歌舞伎役者(市川段一郎)になるなどなかなか個性的な家族。「普通の家庭に突然変異が2人いきなり育ったかなという感じです」と佐藤さんは語ります。

――将棋はなにがおもしろかったんですか?

佐藤さん: 将棋はいろんなおもしろさがあると思うんですね。
単純に、まずはっきり勝負がつくというところも魅力ですし、自分なり、好きに表現できるといいますかね。そういう想像力の部分もあります。何かこう、「戦ってる」感じがしたんですかね、やっぱり。一対一のゲームの方が多分好きで、自分の力で勝ちをつかみ取る、自分なりに一生懸命頑張って成果をあげる。そういうところがあったのかなと思います。
また将棋は最後「玉を詰ませば勝ち」というゲームなんですけども、そこに至るまでの過程というのは一局一局さまざま。それなりにドラマもありますし、物語もありますんで、そういうおもしろさにひかれてったという気もします。
最初はひたすらおもしろくてやってました。そのうちにやっぱり「強くなりたい」という気持ちがかなり強くなりまして、自分より強い人と指したい、勉強したい、その延長線上でプロ棋士を目指すという感じになりました。

――小学校6年生のとき小学生の将棋名人戦で準決勝に進み、NHKテレビに出たそうですね。

佐藤さん: 多分、その時に初めてこちらのスタジオに伺ってます。ベスト4になると収録がありましたので。多分こちらだと思うんですけど、ちょっとそこの記憶が正確ではないんですが、まあいずれにしろ東京で収録がありました。

――だんだん「棋士を目指そうかな」となっていった時に、お母さまは何かおっしゃいましたか?

佐藤さん: 特にはなかったんですけど、「大変だったんだろうな」と今になると思いますね、やっぱり。
将棋界の場合は、若くしてプロを目指す棋士が多い。一生の仕事を目指して頑張るわけですから、そういうことを小学生とか中学生の初めのころに決断するっていうのはかなりやっぱり勇気が要る…まあ親の方としても非常に心配が多かったんではないかなとは思うんです。プロを目指す前、今の師匠の将棋教室に行った時に、どうもそこで「頑張ればプロになれますよ」って太鼓判押していただいたので、少しは安心して、というところもあったのかもしれませんが。
もともとプロ棋士というのは狭き門で、プロを目指す奨励会に毎年たくさんの方入りますけど、なれる率が2割ぐらいといわれてます。非常に厳しい世界ではあるんですけども、背中を押してくれたといいますかね。そういうところはあったと思います。

中学1年生の時に「関西奨励会」に入り、本格的にプロ棋士を目指し始めた佐藤さん。中学2年のときにお父さまの東京転勤に伴い「関東奨励会」に移籍しました。塾通いなども含め学校の勉強も頑張っていたそうですが、将棋の勉強のほうが好きで、当時ついたあだ名が…

――そのころよく学校休んだので「学校やすみつくん」って言われちゃった、と。

佐藤さん: 高校生になってからですね、多分ね。
将棋会館が東京の千駄ヶ谷にあるんですが、そこから一番近い高校はどこだろうと思いまして。当時都立高校は学区が決まってましたので、私立の國學院高校が「近いな」と思って、それだけの理由で受けましたら、受かりました。
プロ棋士になってから、対局とか平日にどうしてもありますので、そういうネーミングを付けられたというところはあるんですけども。高校生になると、学校行って終わったあとそのまま将棋会館に行って勉強する、という感じですかね。今は大分勉強する環境が整っていて、映像とかを見たりということもできると思うんですけれども、当時はそういう環境はあまりなかったので、たとえばプロの対局を勉強するんだったら、現場に行かないとできないということがありました。

――17歳でプロになられたってことは、高校2年の終わりですね。

佐藤さん: 年度末にギリギリ、最後の一局でプロになりまして、ちょうど次の年の年度から参加できるようになったんですね。それは非常に幸運なことで、年度をまたいでしまうと次の年まで参加できない棋戦とか、規制もありますので。年度内であると全部スムーズに参加できる。そういう点でもまあ、勝負強かったのか運がよかったのかわかりませんけど、そういうところはあったかもしれませんね。

――佐藤さんはすごく緻密な将棋を指されるということで。“1秒間に1億手”ぐらい?

佐藤さん: “1億と3手読む”とよく言われました。若い時、20代のころですね。速く正確に手が読めるということで、“緻密流”という名称をいただいたり。1秒間に1億手と言うとちょうどキリがいいので本当に信用する人がいるんじゃないか、っていうことで“1億と3手”って、自分なりには、「速く正確に読める」という評価をいただいたということですね。当時はね。

――今までで一番印象に残っているタイトル戦って?

佐藤さん: 13回ですかね、タイトルとらせてもらってますけど、やっぱりその時々達成感というのがありまして。
初めてタイトルとったのが24歳の時で『竜王位』。その次が28歳ですかね、『名人位』をとらせてもらいました。その後も数多くタイトルをとらせていただいて、『棋聖戦』に関しては永世称号もいただいてますので、よく覚えてますね。
数字的なことでいえば、『王将戦』で羽生さんに挑戦したときに、最初3連敗したんですよ。7番勝負なんですけど。そのあと3連勝して「次勝てば将棋界初の3連敗4連勝を実現する」っていう対局があったんですけど、残念ながら負けてしまいまして、記録はできなかった。今思うと、それ勝っとけば自分としても「良い記録ができたかな」っていうのは思いますけどね。でも棋士の場合は、もちろん過去の実績も積み上げてきたものは大きいんですけど、これからどう強くなっていくか、どう戦っていくかっていうことが大事ですので。「むしろこれからかな」という気持ちは持ってます。

――ご自分で「この職業を選んでよかったな」って思うのは?

佐藤さん: プロになって32年目になるんですけども、今でも子どもの時と変わらず情熱を持って将棋に接することが出来る。そういうものを持ち続けられて、今現在も課題に取り組めるというのはよかったと思います。
もちろんプロですから勝敗がつきますので、大変残酷といいますか厳しいところはあるんですけれども、そういう部分がありましても、やはり「将棋が好きだ」という気持ちは変わりがなく、ずっと持ち続けられてますので。嫌いになったことがないわけですよね、簡単に言うと。なので、そういうことを仕事にずっとさせてもらってるのは、幸せなことだと思ってます。

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