龍馬が説く「“カキ殻”からの脱出」

ざっくり言うと
時代劇では描ききれない江戸時代の暮らしぶりに迫る「ユカイな江戸暮らし」最終回
河合さんも憧れる、「粘り強く」「柔軟な」龍馬の考え方をご紹介します
2019/03/20 すっぴん! 「ユカイな江戸暮らし ~坂本龍馬~」

歴史

2019/03/20

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【出演者】
ユカイさん:ダイアモンド☆ユカイさん(水曜パーソナリティ)
藤井アナ:藤井彩子アナウンサー(アンカー)
河合さん:河合敦さん(歴史研究家・多摩大学客員教授)


河合さんも龍馬ファン!

藤井アナ: きょうが「ユカイな江戸暮らし」の最終回ってことになりますが、今日のテーマ、まずお願いします。
河合さん: 今日はこのコーナーの最終回ってことで、私が歴史の世界に入るきっかけになった人物、坂本龍馬についてお話をしたいと思います。
ユカイさん: 坂本龍馬だったんですか、「河合さん、あなたもか!」みたいな。
河合さん: 坂本龍馬なんですが、1835年に土佐藩の下級武士の家柄に生まれまして。末っ子だったんですが、やがて脱藩して薩長同盟(さっちょうどうめい)、そして、大政奉還を成立させて日本の近代化の扉を開く偉業を成し遂げた人物です。
藤井アナ: メッセージも来ています。静岡県の方50代の男性。「坂本龍馬といえば小説やドラマなどで人気ですが、いまだ謎もあり、その分、創作的に語られていますよね。最近では再考証から現実主義者としての一面を掘り下げることも多い気がします。最終回、ミステリアスな龍馬で粋に『ユカイな江戸暮らし』を締めてください」というリクエストです。
河合さん: そうですね。いろいろな説があるんですけど、今日は龍馬の考え方について、スポットを当ててお話をしたいと思ってるんです。龍馬の考え方として「粘り強く続ける」、「感情的ではなくて柔軟に行動する」。そういうことを中心にお話ししたいと思ってます。
藤井アナ: この2つですね。

薩長同盟と龍馬

河合さん: まず龍馬と言えば、やっぱり薩長同盟。薩摩藩と長州藩という2つの大きな藩の同盟を結ばせたっていうことなんですけど、龍馬はやっぱり今がそのタイミングだっていうふうに考えて諦めずに粘り強く続けたから成功したんだと僕は思ってるんですよ。
実は薩長同盟が成立する1年半前は薩摩と長州は戦争していてですね、お互いに殺し合っている、そういう犬猿の仲だったんです。ですから、本当は手を結べるはずがないんですけど、ただ同時にこの時期に薩摩藩はイギリス艦隊と戦って鹿児島城下を焼かれてしまっていますし、長州藩の方は4か国の外国の艦隊と戦って、あっけなく領地の下関を占領されてしまってるんですね。このままだったら、外国の植民地になってしまうんではないかっていう、そういう危機感を持ったことでは共通してなんとか日本の独立を守るために幕府を倒して、欧米のような近代国家を造るしかない、そういう考え方に達していたんだと思うんですね。
ユカイさん: 龍馬は世界を見てたんですね。世界的に欧米の列国が全部アジアとかも植民地にしてね、最後日本に寄ってきて。
河合さん: 龍馬は18歳の時に品川で黒船を間近で見てるんです。
あのペリーが浦賀にやってきて、本当に江戸湾深くまで入ってきて砲台の向きを全部市街地に向けた時に龍馬は警備としてちょうど江戸に駆り出されていて、その時はすごい衝撃を受けて、「これはなんとかしなくちゃいけない」って多分ずっと思っていたと思うんですよね。
藤井アナ: それで、どう動いたかですよね。
河合さん: 龍馬は、薩長同盟を結ばせるのは今がチャンスなんだってことで同志の中岡慎太郎とともに薩摩にも長州にも自ら行って徹底的に藩士たちを説得してるんです。
すると薩摩の西郷隆盛がわかった、と。「私が自ら長州に行って同盟を申し出る」っていうふうに言ってくれたんですよ。それで、龍馬は喜んで鹿児島を出て、一足先に長州に行って、長州の人たちにその話をして、長州のリーダーである桂小五郎も納得して、西郷が鹿児島から来るのを下関という所で待ってたんですね。
待っていたんですが、西郷は来なかったんです。
藤井アナ: これ去年の大河ドラマ『西郷どん』でも描かれてまして、龍馬メチャクチャ怒ってましたよね。なんでドタキャンしたんでしたっけ?
河合さん: 藩士たちをまとめきれなかったんです、どうやらね。
あとは大阪にどうしても来てくれ、と大久保利通に呼ばれたということもあるんですが、やっぱり反対が強かったんでしょうね、そうしたら本当に龍馬も含めて長州の人たちは非常に怒ってですね。許せないことになったんですが、それをやっぱり龍馬は最終的にはまた説得をして今度は長州のリーダーである桂小五郎を京都に連れていって、そこで西郷たちに引き合わせたんですね。
龍馬はちょっと用事があって数日後にあとから行ったんです。当然あの西郷と桂たちが会ってるので同盟ができてるだろうと思っていたら、何の話も進んでなかった。
藤井アナ: やっぱり敵同士だった過去がありますからね。
河合さん: そうなんですね。どっちが言い出すかっていうことでお互いのプライドが結構邪魔してしまっていたと思うんですね。
ユカイさん: 物語とかだとね、お互いに口をつぐんで黙ってるっていうね。
河合さん: 龍馬は相当驚いたと思うんですけど、ただそれをやっぱり戒めて叱咤(しった)し、また説得した、と。その結果ようやく1866年の1月に薩長同盟が実現したんですね。
ユカイさん: 大変でしたね。でも、すごい説得力というか。毎回説得してるじゃないですか。
藤井アナ: そうそう。だめになりそうになっては龍馬がとりなしてっていうのがあったんですね。
ユカイさん: 口はうまいですよね、間違いなく。
河合さん: 口はうまいのかもしれませんけどね、たしかにね。口がうまいのと同時に、龍馬は記録を見ると本当に人の話をよく聞いたって言いますね。何にも自分はしゃべらないで、相手が言うことをとことん聞いたっていう聞き上手の面があったみたいなんです。
ユカイさん: なるほどね、そこがミソですね。
河合さん: そこがね、やっぱり信頼感を得ることになったのかもしれないんですが。ただ普通の人はこういうふうに何度も挫折したら、ここまでしつこくやらないんですよね。でも龍馬はやっぱり今こそが薩長同盟のタイミングだっていうふうに信じて、粘り強く続けたからこそ実現したんだと僕は思ってるんですね。

“金八先生”からの…

河合さん: やっぱり僕も粘り強く続けるということを龍馬に学びまして、私、あの中学の時に本当によくあるパターンなんですが、『金八先生』に大変憧れまして。
藤井アナ: 『3年B組金八先生』に憧れて、そこからのまさかの?
河合さん: まさかの先生になりたいと思ってですね。
ユカイさん: 金八先生が尊敬している龍馬と?
河合さん: その通りです! 本当に金八先生は龍馬を尊敬していたので、龍馬の本を読んで、それでものすごく感激して将来やっぱり日本史の先生になりたいと思ったんですね。
藤井アナ: そうだったんですか!
河合さん: そうなんですよ。
ユカイさん: 「河合先生、お前もか」みたいな。
河合さん: そうですね、よくあるパターンでお恥ずかしいんですけど。ただ大学で日本史を学んで、結構難関だった東京都の教員試験に受かりましてですね。いよいよ日本史を教えられると思ったんですが、ただ最初の赴任校が養護学校といいまして特別支援学校だったんですね。そこは本当に僕いろんな経験して、すごく、もう本当に先生として成長させていただいたんですが、ただ日本史は残念ながら教えることができなかったんです。
藤井アナ: 日本史という授業がないんですね。
河合さん: そうなんです。日本史を教えることができないという学校だったので、仕方なく、その欲求不満を晴らすというわけではないんですけれど地元の歴史の研究を始めまして。一生懸命研究したおもしろい成果がまとまったんで論文にして、ある歴史雑誌の賞に出したんですね、郷土史研究所に。何とそれが優秀賞、受賞しまして。まず、その雑誌の編集者から時々、雑誌の執筆をしてくれませんかって原稿依頼が来るようになって、それで本当に有頂天になって、絶対、僕は将来、歴史作家になって自分の本を出すんだってふうに思うようになったんですね。
ユカイさん: おいくつくらいの時ですか?
河合さん: 25歳ぐらいの時ですね。20代半ばぐらいです。
次に赴任したのが定時制高校だったんで、昼間は空いてるんです。夕方から始まる学校なので。そんなこともあって歴史で賞を取ったんで、ちょっと大学院のゼミに通ってみようと思って、ゼミに通ったら大学の歴史研究ってすごくおもしろくて、できたらやっぱり大学の研究者になって将来大学で教えてみたいなってふうに思うようになったんです。ですから、歴史作家になりたいっていうのと大学の研究者になりたいっていう2つの夢があったんですが、社会は甘くなくてですね。
ユカイさん: 当時でしたら、やっぱり大きな壁ですよね。
河合さん: そうですね。もうやっぱり3年たっても5年たってもなかなか実現しなくて。それでも、やっぱり龍馬のことがあったので絶対諦めないで頑張っていけば必ず実現できると思っていたところ、7年後に無事本を出すことができまして、それがものすごく売れて以後ずっと作家としてやっていけるようになったんです。22年後にも大学の研究者になれました。
藤井アナ: そうですか、夢が叶ったんですね。諦めなかったことが重要だったんですね。そう考えてみると、今の肩書、歴史研究家で、多摩大学客員教授という肩書が非常に響きますね。
河合さん: そうなんです。実は長年の努力の成果ということなんです。
ユカイさん: 両方の夢を叶えたんですね。
河合さん: そうですね。やっぱり僕たちって失敗しちゃったっていうふうに簡単に言っちゃうんですけども、実は失敗したんじゃなくて本当に成功する前に諦めちゃったから成功しなかっただけってことは結構あると思うんですね。やっぱりそういう偉人の行動を見ると、龍馬のように努力していれば必ず実現するんだなってことを教えてもらいましたね。
藤井アナ: 最初は「粘り強い」という側面でしたね。

大政奉還と龍馬

河合さん: 次に、僕が龍馬の行動としてすごいなと思うのはやっぱり目的を遂げるためには自分の感情を殺して柔軟に行動しているというところなんですね。
多分ご存じだと思うんですが、最後の将軍・徳川慶喜が平和的に政権を朝廷に返す大政奉還という、そういう策があると思うんですが。
藤井アナ: 血を流さずに1つの時代を終えるということですよね。
河合さん: このアイデアを最初に働きかけたのが坂本龍馬でして、実際、彼が何とか仲介役として頼んでいたのが越前藩だったんですね、福井県の。越前藩がなかなか腰が重くて動いてくれなくて。そんなときに龍馬の下に土佐藩の重臣の後藤象二郎(ごとう しょうじろう)という人が近づいてきたんです。土佐藩って、結構幕府と仲良くしていたんですが、薩長の倒幕の動きが強まってくるとやっぱり薩長との関係を持ちたいということで龍馬に近づいてきたんですね。
ただこの人って龍馬の友人とか盟友を切腹させた、まさに龍馬にとっては許せない敵だったんです。ですが、なんとか近づいてきた後藤に対して、龍馬はなんと、大政奉還というのはどうですかって言うふうに後藤にしゃべったら、大いに後藤が乗り気になってくれまして、そこで敵である後藤に対して大政奉還論をやってくれって頼んで、直ちに交渉相手を越前藩から土佐藩に移してしまったんですね。だから敵であっても、例え自分が許せないやつだと思っても、力がある、ということで後藤を頼ったと思うので、夢を実現する道筋は決して1つでは無いってことが分かりますよね。
ユカイさん: 敵は将来味方になるってことですね。
藤井アナ: 自分の感情に流されないところが重要だったんですね。
薩長同盟と大政奉還。ある意味、相反するようにも見える政策ですよね。
河合さん: そうですよね。実は全く反対ですよね。薩摩と長州という2つの藩に同盟を結ばせて、幕府に対抗できる軍事力を作るっていうのが薩長同盟ですけど、大政奉還は平和的に政権を朝廷に移すんですが、700万石の徳川家はそのまま残るじゃないですか。だから倒幕派の薩長は薩長同盟を作って幕府を倒そうとしているのに、「なぜ今、大政奉還なんか進めるんだ」っていうことで龍馬に対してそんな悠長なことは、やっていられないぞっていうふうに怒って武力倒幕のほうに動き出していっちゃうんですね。
藤井アナ: 確かに幕府を倒すのか倒さないのか、大きな違いですからね。
河合さん: この時、龍馬も武力倒幕は止められないと思ったら、なんと、一生懸命京都で将軍・慶喜に大政奉還の説得をしている後藤象二郎に対して彼を裏切って長崎から大量の鉄砲を土佐に持ち込んで土佐の重役たちに「これからは武力で幕府を倒すぜよ」ってふうに倒幕を説き始めたんですね。倒幕派に一気に寝返っちゃった。
ユカイさん: 後藤象二郎が憎たらしかったからとか、そういうわけじゃないですよね。
藤井アナ: これは何ですかって思いますよね。周りの人「あれ? 言ってること違うじゃないの」って。
河合さん: 僕はひょっとしたら後藤象二郎はやっぱりこれを恨んで、龍馬を殺したのに加担してるじゃないかと思ったりはするんですが。ただ本当にそういう意味では龍馬って「何? いい加減な人だな」って思うかもしれませんが、それはもっと大きな視点で見ると実は全然龍馬の行動って矛盾していないんですね。
藤井アナ: どういうことですか?
河合さん: 龍馬はやっぱり列強諸国からの侵略、それから日本を守るためにできるだけ短期間に、近代国家を作りたいと考えたんです。だから大政奉還で平和的に政権が移れば一番楽ですけど、やっぱり薩長がどうしても幕府を倒すんだ、徳川倒すんだってふうに叫んでいる。もう戦争が避けられない。だったら短期間に戦争を決着させて新しい国を作るしかない。そうしなければ、やっぱり列強諸国が干渉してくるかもしれないじゃないですか。だから短期間に決着をつけるために土佐藩を薩長に加担させよう、倒幕派に加担させようとしたんだと思うんですね。
藤井アナ: 状況を見ながら最善の策を探っているということでは一貫しているんですね。
河合さん: そうですね。だから本当に短い期間で近代国家を作って日本の独立を守るっていう面では龍馬の行動って全く矛盾してないんですよね。
ユカイさん: 大きな視点で物事を見て。ふかんで見てるってことですよね。

世の中はカキ殻ばかり

河合さん: 龍馬は残念ながら33歳で殺されてしまいますけど、その半年前にお姉ちゃんの乙女にあてて、こんな手紙を書いてるんですね。非常におもしろい例え話なんですが。変な岩があって、そこをがむしゃらに登って、ふと四方を見渡したときに、
「さてさて世の中というものはカキ殻ばかりである。人間というものは世の中のカキ殻に住んでおるものであるわい、おかしおかし。」
というふうに言っているんですね。あの食べ物のカキですね。本当に小さなカキの中に人間が住んで、その小さな世界で動いてる、と。龍馬は脱藩した脱藩浪人なんで、この藩という枠組みから解き放たれている。
でも普通の人たちはやっぱり藩士っていう藩の立場で狭いカキ殻の中で動いているわけで。やっぱりユカイさんがおっしゃったとおりに彼は藩ではなくて日本という高い視点から物事を見ることができた。そういう非常にまれな幕末の志士だと思うんですね。だからこそ、薩長同盟とか大政奉還という偉業を成し遂げることができたんじゃないかなって僕は思うんですよ。
ユカイさん: 龍馬ってね、先ほど冒頭の中で言っていたように、何かすごく不可解な人間で。実は本当にいたのかいないのかみたいなこともありますけど。こういう話を聞くと、龍馬ってやっぱり夢なんですよね。歴史から見ると、とても夢があるっていうか。そういう存在なんだなってことを改めて感じました。
河合さん: 本当に単なる脱藩浪人なのに、薩長を動かしたり幕府に政権を変えさせたり。普通できないことなんですが、やっぱりそれは本当にこういう高い視点に立って行動したからできたんだと思うんで、結構僕たちって知らない間に狭いカキ殻中に入っちゃってることがあると思うんですよね。でも、そういう時はあえて外に出て客観的に自分を分析して袋小路の中に入ってしまったなと思ったら思い切って視点を変えていくと、壁があって出られないぞ、と思っていても横に入り口があるかもしれない。そういうふうなことを僕は龍馬に教えられたなと思ってます。
藤井アナ: 今週は坂本龍馬について歴史研究家で多摩大学客員教授の河合敦さんにお話しいただきました。
今日で「ユカイな江戸暮らし」最終回ですが、河合さんは江戸時代はどんな時代だったとお考えですか?
河合さん: そうですね、やっぱり200年以上戦争がない平和な時代って極めて世界史的にもまれなんですがそういう中で人々が楽しくユカイに暮らしていた時代じゃないかなと思いますね。
ユカイさん: 河合さん、どうもありがとうございました。

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