登山歴40年の石丸謙二郎さんが「山」をテーマに、さまざまな企画をお届けする「石丸謙二郎の山カフェ」。
ツキノワグマに出会うこと3000回という、日本ツキノワグマ研究所理事長の米田一彦(まいた かずひこ)さんをお迎えして、山でクマに出会った時の対処法を伺います。
石丸: | おはようございます。本日のお客様、米田一彦さんです。 |
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米田: | おはようございます。 |
井田: | ようこそ。日本ツキノワグマ研究所の理事長をされている米田さん、ご紹介させていただきます。1948年、青森県十和田市生まれです。秋田大学卒業後、秋田県庁生活環境部自然保護課に勤務されました。退職されたあとはフリーのクマ研究家に。島根や山口、鳥取からの委託により、ツキノワグマの生息状況調査のほか、環境省のもとでも調査を行っています。『クマは眠れない』『熊が人を襲うとき』などクマにまつわる本も、多数執筆されています。 |
石丸: | 私よりも少しだけ年配だと思われるのですが、がっちりしたお体つきですよね。おなかも出ていないし。そうとう山の中を歩き回られているんですか。 |
米田: | それはそうです。夏の間はずっと、昔は冬の間も、1頭を探しに山にあがるわけですよ。 |
石丸: | クマを探しに山にあがるんですね。何のためにクマを? |
米田: | 昭和の時代は、クマは非常に無残な扱いをされておったもんですから、なんとかそれを助けるシステム、あるいは法律を作りたいということでクマを見続けたわけです。 |
石丸: | クマを「見続ける」。研究という意味の、見続ける? |
米田: | そうです。被害対策を作るとか、クマはどういう生態であるとかを調べるために山に入るわけです。 |
石丸: | これまでにクマにどれくらいお遭いになった? お遭いというのはヘンですけれど……。 |
米田: | 48年間に、赤ん坊まで含めると3000回ぐらいは遭っているでしょうかね。 |
石丸・ 井田: |
3000回! |
米田: | 助けるためとか、観察するためとか。 |
石丸: | 遭った、と言いますが、襲われなかったんですか? |
米田: | いくらかは襲われます、それは。助ける時、ワイヤーを切って襲われたり、越冬を見る時に目の前にクマがおったり、でもそれは業務ですから特殊な事例で、あまり参考にはならない。 |
石丸: | 山登りしていて遭遇したわけではないということですね。 |
井田: | 調査のためという。 |
米田: | 自分からすすんで穴の中に入るわけですよ。そうすると、襲われる。 |
石丸: | クマの穴に入っていくんですか? ちょっと待ってください……。 |
米田: | カメラをこう入れて、映すわけです。 |
石丸: | 冬眠しているところに? |
米田: | そうです。やっぱりエサの状態で出産が決まるものですから、凶作であれば産まれない、豊作であれば産まれるというのを見たかったわけです。 |
石丸: | 見たいのは分かりますけど、僕、はっきり言ってその勇気はないです。 |
井田: | 研究のためとはいえ……。 |
米田: | ストレスがたまって体の中はガタガタですけれど。 |
石丸: | 誰かに頼まれたわけではないですよね。 |
米田: | 頼まれた仕事もたくさんありますけれど、自分自身がそういうのが好きだったんです。 |
井田: | なんでクマの研究家になろうって思ったんですか。 |
米田: | さっき言ったように、あまりにも扱いがひどかったものですからね、それは改めなきゃいけないだろうという思いでやってきました。 |
石丸: | ラジオをお聞きのみなさんが聞きたいことなんですけれど、「野生のクマに山で遭ったら、どうすればいいのか」。大きなテーマです。どうしたらいいんですか。 |
米田: | それはね、事故は明治以降、狩猟事故を含めると3000件近くあるんです。全国の新聞を全部調べました。確実な方法っていうのは、ない。みなそれぞれ違う事故で、これがいいですよ、100%大丈夫ですっていうのは、1つもない。ただ、近年になって熊スプレーが出てきて、助かる確率が高くなっています。最初に日本で使ったのは私です。私と一緒にいたアメリカ人が使っていて、その次に私が輸入して使うようになりました。 |
石丸: | 唐辛子の成分が入っているんですね。 |
米田: | 発射するとクマが真っ黄色になって逃げていきますよ。 |
井田: | 黄色くなる? |
米田: | 唐辛子の色がつきます。クマの鼻先に向けて発射するわけです。ギャーって逃げますよ。私が使った分については助かったんですけれども、アメリカ製ですけれども10%くらいは効かないことがあると。完全ではないですよね。 |
井田: | クマに会う時の状況によって、対処の方法はいろいろあると思うんですけれども。 |
米田: | 風向きとか、慌てているとか、そういうことだと効かないこともあるので。 |
井田: | まず、時期ですね。5月から6月末、9月から10月にクマに襲われたという話が多いということですが。 |
米田: | 初夏というのはクマの繁殖期で、非常にオスの気がたっていて緊張状態になります。人間が山菜採りで一生懸命入る時期でもありますし。秋になると、クマ自身が越冬のためにドングリをたくさん食べますから、これも一種興奮状態になります。事故は2つのピークがあるわけですね。 |
井田: | クマとの距離別に、出会った場合どうしたらいいのかを聞いていきたいと思います。まず、3つに分けました。1つめ、遠い距離。30~50メートルくらいで、クマに出会ってしまったら? |
米田: | ほとんど無視して通り過ぎます。その距離で事故に遭うってことはめったにない。 |
石丸: | クマのほうが、いなくなっちゃう? |
米田: | ただ100メートルくらい追いかけられたことはありますけれども極めてまれです。とにかくこの場合は、静かに気付かれないように立ち尽くすのが一番。クマはですね、手足頭胴で人間を識別するわけですよ。真っすぐ立っていれば、それは木だろうと。気が付かないんです。 |
井田: | 動かず、静かに、立ち尽くす。 |
米田: | 動かないのが一番。それで助かってきたんです。 |
井田: | 2つめ。中距離です。10メートルくらいで出会ってしまったら? |
米田: | これはそうとう気が付いているけれども、クマっていうのは王者で自分自身が強いと思っていますから、あまり周りを気にしないから気付かないことがある。私だって踏んづけそうになったことが何回もあるんです。 |
井田: | え~! |
石丸: | クマを、ですか? |
米田: | 目の前2メートルくらいにぐっすり寝ていて、そこに足をおろしたらクマが2メートルも飛び上がって逃げたことがあるんですよ。クマはぐっすり寝ていますから注意しなくちゃいけない。 |
井田: | すごく特例だと思うんですけれども。 |
米田: | そういう話で言えば、クマの穴にも落ちたことがある。冬山を歩いていてズボッと足を踏み外したら鼻のところにクマがいるわけですよね。ぐっすり寝ている。木につかまりながらこっそり自分を引っぱり上げて脱出したことがあります。 |
井田: | 中距離どころか……。 |
石丸: | ちょっと1回、中距離に戻しましょうかね(笑)。 |
井田: | 10メートルくらいにね。この時私たちはどうしたらいいですか? |
米田: | やっぱりほとんどクマは無視すると思いますけどね。この場合はさらに、クマの気を引くような動作、背を向けるとか、走るとか、特に斜めに逃げるのは一番だめです。まっすぐ見たまま下がるのはいいんですけれども、だいたい山で動くとほとんどみんなコケます、ころびます。山では立っていられないです。ですからその場合も、木につかまりながら足元を確保して、立ち尽くすのが一番いいと思います。 |
石丸: | よく、後ろを見ないで下がるというけど、ころびますわね。難しいですから。後ろ見た時点で襲われるかもしれない。 |
米田: | 後ろ見ちゃだめです。 |
井田: | 背を向けたり、逃げたりしちゃだめ。 |
米田: | 後ろを向いた時点で弱い動物だと判断します。ガンとくるわけですよ。だからやっぱり立ち尽くす。それで生き残ってきました。 |
井田: | じゃあ、最後、3メートル以内でクマに遭ってしまったら? |
米田: | それはね、そうとう難しいことで、慌てて逃げない。私の場合は反撃しない。以前は山間地では若い男性が多かったものですから、反撃するんですね。昭和の時代はクマ1頭がコメ30俵になったわけです。今でも80万円くらいするのがありますが、明治大正昭和のクマはコメ30俵平均ですね。すると素手でも戦うという意識が強くて、そうすると逃げるより戦うとなりまして、そういうのとは比べられないんですけれど、戦って首をやられるのが一番危ない。首を横に払われるわけです。 |
井田: | 爪でね~。 |
米田: | それで首をがっぽり取られると死に至る、重体化しやすいと。あるいは、頭を叩かれると気絶するわけですね。クマはじっとそれを見つめているわけですよ。出血が進む。目を覚まして立ち上がるとまたやられる。立ち上がるとまたやられる、これを3回くらい繰り返した人がいましたけれども、いっそ、死んだふりをするの、この場合は。 |
石丸: | 「いい死んだふり」というのは、どうやったらいいんでしょうか。 |
米田: | 北米とか日本のクマ研究者が提案するんですけれども、首をガードしながらうつ伏せになると。究極の場合ですよ。丸くなってうずくまる、あるいは平らになってうずくまる。首を守りながらですね。 |
井田: | 近距離でも、ぜったいに逃げてはいけない。 |
米田: | 逃げてはいけないし、私は抵抗しない。ただしその前段で、登山者であれば、リュックを振り回すとか、ピッケルを振り回すとか、自分自身を大きく見せるのは大事で、クマ自身は大きなクマを怖がっているわけです。ですから人間を大きく見せると逃げるというのはありまして、おばあさんが竹製の熊手を振って軽傷とかね、熊手はそうとう効果があるね。クマみたいに見えると。恐ろしいクマに見えるというのがありまして。 |
井田: | 近距離で遭った時にリュックを振り回したりして、いいんですか。 |
米田: | 手に何かあればね。農家の人であれば鈍器を持っている場合もある、鍬とか鎌とか。それで直接打つより、まずは振り回す。 |
石丸: | クマを攻撃するんじゃなくて。 |
米田: | 大きく見せるために。 |
石丸: | わ~っと大の字に。 |
米田: | 風呂敷みたいなもの、敷物なんかでも、大きく見せられる。昭和20年頃の事故だと傘をバンと広げた人がいて、クマが崖から落ちたことがある。傘タイプの防御法は結構有効じゃないかとみているんです。 |
石丸: | 大きな声を出すというのはどうですか? |
米田: | だいたい声を出す人は襲われたあとに声を出している。追い払うために声を出すっていうのは、私は声は出せないんです。かたまってしまって。 |
石丸: | そうですよね……。 |
井田: | それぞれの状況によって違うと思うんですけれども、確実に助かるという方法はない、ということなんですが。 |
米田: | それはよく知っておかなければならない。 |
井田: | 世間一般に言われる対応、今もありましたけれども死んだふり、これは……。 |
米田: | 死んだふりというのは、つまり首をガードして伏せるということで、女性は特に伏せるんです。顔を守るというのが無意識に働いて伏せるというのがありまして、これだと背中をひっかかれるということがあっても、重体化はしにくいだろうと。 |
石丸: | やられたとしても傷が少ないという。 |
井田: | 先ほどの大声は、出したほうがいいのかどうか。 |
米田: | 襲われたら出したほうがいい。 |
石丸: | 例えばね、井田さんと僕で登っているとするじゃないですか。大きく見えますよね、2人いるわけですから。 |
米田: | それは両手を振って大きくみせるのがいいです。固まってね。 |
石丸: | 「お~!」「くるな~!」って。 |
米田: | そうそう。それで守ってやるっていうのが山では大事です。とにかく大声を出す。結構みんな大声出します。 |
石丸: | 今は僕、なんかえらいこと言っているけど、たぶんすくみますね。 |
米田: | だいたいすごい言葉を言いますよ、「ばかやろう!」「このやろう!」とか。そういうふうに大声で叫びます。 |
石丸: | 声を出して、クマは逃げますか。 |
米田: | 若いクマには有効な場合はありますね。何もなければ、それしかないじゃないですか。 |
石丸: | そうか。しゃべるしかない。「わ~!」もいいけど、何かセリフにしたらどうかな。 |
米田: | クマと語るという人もいますけど、なかなか難しいですね。アメリカン・インディアン風に言えば、クマと話し合うというのがありますけれども、私はなかなかできなかったですね。 |
井田: | あとは、走って逃げたほうがいいのか。 |
米田: | それはもう、走らないほうがいい。特に左右に動くのは、よく見えている。だから刃物を振り回すとクマは対応してサッとよけます。ただ、槍みたいなものを突き出すとよけきれない。ですから、静かに下がるというのは非常に有効だろうと。私は逆に、真っすぐにクマに近づいて観察します。 |
井田: | フォトギャラリーに、実際写真を撮っていらっしゃる米田先生のお写真があるんですけれども、木に隠れながら、木と同化していますね。 |
米田: | 防御しやすいわけです。横なぎに爪をひっかいても木に当たりますから、なるべく木に隠れる。 |
井田: | 基本的には、立木のようになったほうがいい。 |
米田: | そうそう。真っすぐに。 |
井田: | クマに遭遇しないことが一番ですが、いるんじゃないかなという予兆みたいなものはありますか。知っておくといい、というような。 |
米田: | 本州はほとんどクマの生息地だと思って山に入らなきゃいけない。特に東北・北陸は事故も起きやすいものですから、そういう心構えで入ったほうがいいだろうと。 |
石丸: | もう1つなんですけれども、クマって四つんばいで歩きますよね。よく二足で立ちますでしょ。あれは何をしているんですか。 |
米田: | 平坦地にいる場合は遠くを見るためです。昼間はわりと立ちやすいですけれども、ツキノワグマでも畑に出た時には立ち上がります。山の中ではめったに立ち上がらない。山の中で立ち上がるのは横なぎに叩く時で、非常に危険です。 |
石丸: | フックをくらわせるために。 |
米田: | そうそう。 |
石丸: | ということは、もし、クマに遭った時に、6、7メートル先で……。 |
米田: | 立ち上がれば、横なぎにやるつもりなわけです。 |
石丸: | 最初からうずくまったほうがいいんですね。 |
米田: | 確実にくるのであれば、もう、防がなくちゃいけない。 |
井田: | 臭いとか、糞とか、食べ跡とかは、どうですか。 |
米田: | 糞は判断するのが難しいと思いますけれども、足跡、食い跡、爪跡っていうのは、新しいものがある場合はう回する。子連れや子熊を見かけたら登山をあきらめるという勇気も、必要だと思います。 |
井田: | 40代男性千葉県の方からメールをいただきました。「熊鈴は効果がないという意見もあるようですが、実際はどうなんですか」 |
米田: | 鈴は2種類あって、教会みたいな釣り鐘型、神社みたいにガラガラなるタイプがあるでしょう。チーンと鳴るのとガラガラ鳴るのと。チーンと鳴るやつがいいです。音がすごく届いているという点で。 |
井田: | 鈴は効果があるっていうことですね。 |
米田: | 聞こえている、という点ではですね。 |
井田: | すごく近付いている時には、あまり意味がないんですかね。 |
米田: | 小学生なんかが集団で鈴を付けるのは、誰かの鈴が鳴っているというので非常にいい。1人の場合は、立ち止まると聞こえてないわけですね。だから2個くらいつけるのがいいわけです。 |
5月25日の山カフェは、「山の名前が登場する校歌」を特集します。
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