1919年に設立された国際天文学連合は、2009年を境に、天文学者向けの活動のみならず社会への貢献を視野に入れた活動をするようになりました。グローバリズムとユニバーサリズムを掲げたその戦略計画について、縣秀彦さんにうかがいます。(聞き手・坂田正已ディレクター)
【出演者】
縣:縣秀彦さん(国立天文台天文情報センター)
1919年に設立された国際天文学連合は、2009年を境に、天文学者向けの活動のみならず社会への貢献を視野に入れた活動をするようになりました。グローバリズムとユニバーサリズムを掲げたその戦略計画について、縣秀彦さんにうかがいます。(聞き手・坂田正已ディレクター)
【出演者】
縣:縣秀彦さん(国立天文台天文情報センター)
――今回のテーマは「IAU戦略計画と天文文化」、サブタイトルが「グローバリズムとユニバーサリズム」です。IAUは国際天文学連合のことですよね。始めに、サブタイトルにあるグローバリズムとユニバーサリズムを簡単に説明していただけますか。
縣:
グローブ(glove)というのは野球でも使いますけど、別の意味で地球のことですよね。丸いボールがグローブ(globe)ですから普通は地球をさします。グローバリズムという言葉は、皆さん、1980年代ぐらいから聞き慣れているのではないでしょうか。60年代~70年代の公害訴訟のように地域のローカルな環境の話から、80年代になりますと、オゾンホールの破壊とか温暖化とか酸性雨といった環境問題に限らず、経済や人と人の交流などについても、地球規模での視点で語られるようになりました。これがグローバリズムという、ものの見方ですよね。
ユニバーサリズムという言葉は、比較してみるとまだ聞き慣れないかもしれません。さまざまな用途で使われている言葉ではありますが、きょうお話ししたいユニバーサリズムというのは、ユニバーサルな視点で地球を宇宙から見ますと、地球というのはまさに宇宙船地球号で、そこに乗っている地球市民であるわれわれ一人一人の人格とか権利とかを大事にするということです。これがユニバーサリズム、IAUが目指している方針、方向性です。
――それでそのIAUというのは?
縣:
国際天文学連合(International Astronomical Union)という、国際的な天文学の組織です。私もIAUの仕事を11年にわたって担当してまいりました。国際協力を通じて天文学の発展を図ることを目的として、1919年に設立された世界的な団体です。
――1919年は日本でいうと大正8年です。5年前に設立100周年を迎えた、大変歴史のある組織ですね。
縣:
100年前というと第一次世界大戦後ですよね。戦後、国際連盟をはじめとしてさまざまな国際的な組織が作られました。学問の分野でもさまざまな連合をまとめる包括的な組織として、1919年に国際研究評議会(IRC)が設立されました。IAUはその傘下の団体の1つとして、同じ年に設立されたわけです。創設時のメンバー国は、ベルギー・カナダ・フランス・ギリシャ・イギリス・アメリカ、そして日本の7か国でした。
――日本がもう入っていたんですね。
縣:
第一次世界大戦で敗れたほうの国々は入っていません。
――戦勝国だけ入ったわけですね。
縣:
そうですね。そして第1回の総会が、1922年に開催されました。第二次世界大戦のころは総会を開けませんでしたが、それ以外はほぼ3年ごとに開催されていて、ことしは8月6日~15日に、南アフリカ共和国のケープタウンで第32回総会が開催されます。アフリカでは初めてになりますね。
――縣さんは参加されるんですか。
縣:
遠いですけど、参加したいなと思っております。
縣:
IAUというのはおもしろい組織で、普通の学会ですと個人個人が参加している感じですけれど、IAUは国際的な組織ですから国ごとに参加をします。85か国とちょっとぐらいでしょうか。個人でも参加できまして、2022年の総会時点で個人会員が1万2098名でした。そのあと若干増えていますが、そのうち日本人の会員は670名です。アメリカがとても多いものですから、アメリカ、フランスに次いで日本は第3位です。1958年の総会までは、日本の個人会員は20名以下でした。
――えっ!?
縣:
ですからこの間、いかに日本で天文学が発展したかがわかると思います。
――そうですね。IAUは、日本人が会長を務めたこともあるんですね。
縣:
会長を務めた方がお2人いらっしゃいます。第22代が古在由秀(こざい・よしひで)さん、第30代が海部宣男(かいふ・のりお)さんです。総会から総会まで3年間が任期になりますので、1990年ごろと2015年ごろ、それぞれ務めていらっしゃいました。
――こういう組織というのは、イメージですけれど会員や関係者だけに目がいきがちだと思うんですけれども、国際天文学連合はどうだったんでしょうか。
縣:
作った目的というのが、当時はまだ言葉も共通ではなかったので、それをまず共通にすることでした。IAUはフランス語と英語の2か国語を共通語としたわけです。どの国にいても最先端の研究成果を共有したり、対等に議論できることが大事でしたから、どこの学会もそうだと思うんですが、自分たちの研究を進めるためのユニオンだったわけです。
ところがIAUが非常に興味深いのは、2009年以降、この2009年というのは非常に大事な境目になるんですが、それまでの内部向き、天文学者向けの活動から、天文学のコミュニティーの外に向かって社会への貢献を視野に入れた活動を始めます。2010年~2020年の第1期10年計画、2020年~2030年の第2期10年計画、今はその真ん中あたりですが、それがきょうのタイトルにある「戦略計画」ということです。
――2009年といえば、私、はっきり覚えているんですが、「世界天文年」の年でしたね。
縣:
そうですね。世界天文年2009は、IAU、ユネスコおよび国連からの提案によって世界中で実施された事業です。いろいろな国際年がありますがその中の1つで、ガリレオ・ガリレイが1609年に天体望遠鏡で月を見たのを記念して、そこから400年ということで祝ったわけです。
――私は世界天文年の2009年に、「世界天文年に宇宙(ほし)を語ろう」というラジオの特集番組を作ったんです。
縣:
そうでしたか!
――世界天文年は、天文学者の皆さんだけでなくたくさんのアマチュアの天文ファンも含めて、世界中でさまざまな取り組みが行われましたね。
縣:
日本でもさまざま行われましたね。世界天文年の目的は、身内、つまり天文学者やそこに関わる人たちで祝おうというのではなく、世界中のすべての人たちに、星や宇宙を通じて天文学に関心を持ってもらおうというものでした。他のいろいろな「○○記念年」に比べると異質だったわけです。例えば2005年に実施された「世界物理年」は、アインシュタインの特殊相対性理論の発表から100年を記念して行われましたが、どうしても研究者や産業界などで関わる皆さんのお祝いにとどまってしまうところがあるんです。しかし天文学はみんなの科学で、何らかの興味をお持ちであれば誰もが参加できる。そして、最も古い学問であるということなんです。
ですから一握りの職業人やその周りで関わる産業界の人たちだけではなく、世界中の人たちが本当に興味を持って主体的に参加されました。IAUの参加国は85か国ぐらいと先ほどお話ししましたが、世界天文年のときは実に148もの国・地域が参加をしているんです。これだけでも大成功で、世界中の人々を巻き込む活動となりました。
IAUは国際的な学術研究組織ではありますけれども、2009年の世界天文年の成功といいますか、社会、世の中の反応を見て、それまでの国際交流、研究を推進するという組織の目的が、天文学をベースとした教育や普及活動、または社会発展の推進というような、社会に関わる組織へと大きく変貌しつつあります。
――実際に世界天文年2009をきっかけにして、天文・宇宙に興味を持つようになった方がずいぶん生まれたそうですね。
縣:
はい。世界天文年2009の成功を機会に、多くの方々が天文に興味を持ち、他分野から天文学の研究フィールドに参入してくださる方も増えました。そこで、天文学の位置づけ、そして国際天文学連合の活動目的そのものが議論になりまして、再定義することが行われたんです。
具体的な目標やその実現のために、会社や国などで5か年計画とか10か年計画というのを立てますが、同じようにして10か年計画を立てました。2010年の総会において、「IAU戦略計画2010-2020」が発表されたんです。私はそれを読んで非常に感銘を受けました。IAUはそれまでの活動、すなわち会員である天文学者へのサービス・取り組みだけではなくて、それはそれでもちろん維持して強めるんだけれども、発展のための天文学、または全ての人の天文学、こういったことをキーワード、キャッチフレーズに、社会性の高い国際学会活動をすることが目標に加わっていきました。
――「発展のための天文学」とは、どういうことですか。
縣:
2010年に採択されて2011年に、南アフリカ政府と共同で、ケープタウンにある南アフリカ天文台に「社会発展のための天文学推進室」を設置しています。アフリカのみならずアジアや南アメリカなど、さまざまな発展途上の国々への支援が社会発展のための天文学で、それをするためのスペシャルなオフィス、OAD(Office of Astronomy for Development)を設置しました。お金を配分して支援をしていく活動や、お金だけでなく、そこに人が行って観望会やワークショップなどで若い人たちの教育活動をするという感じです。
IAUの最初の戦略計画で、もう1つ感銘を受けたことがあります。従来、天文学は物理学の分野の1つという分類が主流ですよね。大学に行って天文学を勉強しようとすると、〇〇大学の物理学科にいくと天文学の教室がある、ということだったと思うんです。日本だけでなく世界的にそれが主流でした。それをIAUは戦略計画において、人文科学や社会科学をも含む天文学は総合科学であるというふうに、研究分野を再定義したんです。
――総合科学ですから、理系だけの学問、科学ではないと。
縣:
そうです。そして2012年には、日本の国立天文台(東京都三鷹市)にも「国際普及室」が設置されました。
――縣さんはそこの室長をなさっていましたね。
縣:
室長をしていた時代もありますし、スーパーバイザーのような仕事も、この間、してきました。
2015年には、オスロにあるノルウェー科学文学アカデミーに「若手支援室」、若手の研究者を支援し育てる組織を作りました。2019年には、ドイツのハイデルベルクに「天文教育支援室」を作りました。研究者向けのサービスに人材やお金を投入していたのを、社会活動や発展や普及、若手の教育や学校教育を含む教育全般に対して振り分けるようになり、IAUの活動範囲が、学術という領域から、文化を形成する、社会貢献をする領域に広がっていきます。
IAUのみならず国際的で先進的な学会組織は、自分たちのためにという最初のところから、次は社会のためにというふうにフェーズが変わることが起こっています。でも、日本国内で見るとまだまだ進んでいないと思うんです。身近な各国においても、これからこういったことが大事になってくると思うんですね。
IAUは、天文学というのは、私たちの地球全体を考える・地球を守るというグローバルな視点とともに、そこに住むわれわれ一人一人に対してユニバーサルな視点を提供していて、私たち地球人を地球市民として結束させる役割があると考えています。紛争や社会不安、環境破壊が進む時代において、天文学が果たすべき役割は極めて重要だと思っています。
IAUは2019年に、創設100年を迎えてその記念事業を行ったんです。“Astronomy for all”(みんなの天文学)をモットーに世界各地に呼びかけて、今まで参加していない方も参加できるような取り組みをさまざま行いました。
――国際普及室はいかがですか。
縣:
その中核になって活動しているのが、国立天文台に設置された天文学の普及を目指す国際普及室、OAO(Office for Astronomy Outreach)なんです。OAOはIAUの加盟国を大きく上回る120を超える国・地域が参加していまして、各国にそのアウトリーチをする窓口の人、NOC(National Outreach Coordinator)というコーディネーターを任命して国際的なネットワークを構築しました。例えばジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と協力して「太陽系外惑星命名キャンペーン」を行うなど、国境を越えて天文学の普及に努めています。
――そういうキャンペーン、ありましたねぇ。それからこれは縣さんが前にお話しされたと思いますけれども、「みんなのための望遠鏡」もその取り組みの1つですか。
縣:
はい。OAOは、「みんなのための望遠鏡」や、ジェンダーや少数民族の人たち、女性や女の子のための天文学や、100時間連続で観測しましょうとか、さまざまな形でAstronomy for allを実現しようとしています。言うのは簡単ですが、やるのは本当に大変です。それまで星や宇宙に全く関係ない、興味もない、目の前のことで手いっぱいだという状況が、地球上にはたくさんあるわけですから。
平和、安心、ちゃんと食べられる、貧困をなくす。こういったことを主眼としながら、なんとか前に向かう勇気や将来の夢を、天文学が提供できればいいなと思っています。
――2020年~2030年の戦略計画ですが、ここまで順調に進んでいますか。
縣:
はい。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の成果は、人類が知っていた宇宙の景色を大きく塗り替え、深く詳しく知る契機になりました。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、1兆円規模のプロジェクトです。例えばすばる望遠鏡などは数十億円を毎年予算化して建設していますから、数字が2桁ぐらい違いますよね。
第2の地球を見つける、地球外の生物、特に知的生物がいる星を見つける、宇宙の始まりと終わりを探求する、ダークマターやダークエネルギー、インフレーション、マルチバース……こうしたさまざまな謎を解いていくには、天文学はビッグサイエンスになってきていますから、一部の人の支持だけではなく、国際的に世界中の多くの人たちがその目的を理解して興味を持ち、応援していく。そういうものを目指すのが非常に大事だということが、戦略計画を実行しながら徐々にわかってきました。
国際協力で、イデオロギーとかに関係なく多くの国が応援する。それがユニバーサリズムとかグローバリズムの意図です。地球全体で考える、われわれ地球市民全員で考える、みんなで応援する、みんなでやるかやらないかを判断していく。こういったことが、これからは大事になってくると思います。
――計画の先にどんなIAUの姿があるのか、楽しみにしたいと思います。縣さん、今回もありがとうございました。
縣:
ありがとうございました。
【放送】
2024/03/25 「ラジオ深夜便」
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