三・三・七拍子で明日を元気に! ~勢いをつける言葉のワーク~

24/02/17まで

ラジオ深夜便

放送日:2023/11/15

#医療・健康#カラダのハナシ#ココロのハナシ

健やかな暮らしのヒントをお送りする「からだの知恵袋」。心の健康をテーマに、リラックスやリフレッシュにつながる瞑想(めいそう)法をご紹介しています。
今回のテーマは「勢い」です! 禅僧で医師の川野泰周(かわの・たいしゅう)さんに話を伺いました。(聞き手:齊藤佳奈ディレクター)

川野泰周さん

【出演者】
川野:川野泰周さん(林香寺住職、精神科・心療内科医)

いつも癒やしがテーマですが

――きょうは「気合い・勢い」のトレーニングとお聞きしましたが…。

川野:
そうです。「勢い」です。安らぎをテーマにした瞑想とはちょっとイメージが変わってくるかもしれないんですが、きょうは「勢い」、いざという時に頑張る心の力についてお話しします。

私がこちらのコーナーでご紹介しているのは「マインドフルネス」と呼ばれる、心の調え方や瞑想法ですね。マインドフルネスとは、「今、ここ」に意識を向ける心のあり方です。忙しい私たち現代人にとって、心を調えるための習慣、さらには医療分野で心身の症状を緩和したり、再発を予防したりすることにも効果的であるとして昨今注目を集めています。

――そのルーツは、「禅」の世界にあるんでしたよね。

川野:
はい。マインドフルネスのルーツは、今から2500年以上前に、ブッダが見出した「仏教瞑想」とされています。そしてブッダの教えが中国大陸、朝鮮半島を経て日本へと届けられる中で「禅」の精神が育まれていきました。日本の禅もまた、マインドフルネスと深い関係にあるというわけです。
太古の昔より実践されてきたことが、MRIをはじめとする最新の画像検査技術によって、人間の脳にとてもよい変化を生み出すことが、このほんの10年か20年の間にわかってきたのですから興味深いですね。

――精神科医であり、お坊さんでもある川野さん、感じることも多いのでは。

川野:
そうですね、私が鎌倉の大本山建長寺で体験させていただいた禅の修行とは、何百年もほとんど変わらずに護(まも)られてきたものなんですね、それが人間の脳によい影響を与えるものだと明らかになってきたのはとても感慨深いです。

――禅の世界といえば、「坐禅(ざぜん)」が思い浮かびます。マインドフルネスの瞑想も、静かなイメージがありますね。

川野:
そうですね。マインドフルネスには、「感覚を研ぎ澄まして、ゆっくりと、丁寧に物事を体験する」というイメージがありますよね。このコーナーでもご紹介してきたいろいろな瞑想法を思い出していただけるとわかりやすいですよね。
「食べる瞑想」では、干しブドウやナッツ、あるいはご飯粒などをゆっくりと、ひと口に1分くらいかけて行いました。「歩く瞑想」では、「かかとが地面から離れ、つま先が離れ、移動して、着地する」と、たった1歩の動作を4つに分けてスローモーションのように感じましたね。そうすることで、その一歩がいかに色々な感覚や動きで構成されているかを体験できました。「ボディスキャン瞑想」では仰向けに寝そべって、足のつま先から頭のてっぺんまで、体の1か所1か所の感覚を非常に細かく10分も20分もかけて感じ取っていきました。
いずれも、とても丁寧に、ゆっくりと動いたり、感じたりするのが基本でした。これは、欧米で開発された医療分野での活用を目的としたマインドフルネス・プログラムをもとに、私なりにガイドを添えたり、アレンジを加えたりしてお伝えしてきた方法です。

禅の修行は、勢いだらけ?

――その一方で、あらためてきょうのテーマは「勢い」なんですね。禅の世界にも「勢い」の面はあるのでしょうか。

川野:
むしろ、「勢いだらけ」かもしれません(笑)。
もちろん、宗派や指導者の方針などによって違いはあると思いますが、少なくとも日本の禅の道場、「僧堂」においては、「ゆっくり丁寧に」何かをする機会は少ないんですね。それよりも、「必死に、汗水流して精一杯動く」というイメージがしっくりきます。掃除は極めて素早く、長い廊下を猛スピードで雑巾がけをして、窓の桟を拭く際も上下2列同時に拭いて効率を上げます。畑を耕すときに鍬を振るのも、二輪車で土を運ぶのも猛ダッシュ・・・息つく暇もないくらい動き続け、心も体も追い込まれる日々でした。

――お坊さんが全力ダッシュ…!

川野:
そろりそろりと物事を行う、というイメージとはかけ離れていますよね。でも、そんな激しい労働の合間に飲む1杯の水道水、あるいは時々いただける麦茶の美味しいことといったら、言葉では表現しきれないものがありました。そして夜になると禅堂の中で静かに坐禅をする。昼間の厳しい労働があったからこそ、その心の静けさは何倍にも感じられたように思います。

――マインドフルネスの瞑想にはそういう激しさという面は感じませんね。

川野:
そうですね。あくまで私個人の見解としては、マインドフルネス瞑想は「治療」という側面、つまり、「医療分野に応用する」ことを1つの目的として開発されてきましたから、激しく体を動かしたり、追い込んだりするような手法をそのまま導入するわけにはいかなかったと思います。

でも、仏教の瞑想にはさまざまな手法があって、激しく体を動かすのではなく、静かに座って自分の感覚を丁寧に見つめてゆく瞑想法もあります。例えば、マインドフルネスの瞑想には、意識、心の置き方をパノラマ状に広げていく、仏教の世界で古くから大切にされている「ヴィパッサナー瞑想」の要素が多く取り入れられています。このように仏教の中に息づく一面が、現代の医療分野で役立てられていると考えられるんですね。

なぜ勢いが必要?

――そうした中、あえて今日は「勢い」の部分をクローズアップですね。

川野:
ええ。「ちょっと激しい」というと語弊があるかもしれませんが、「元気な実践法」をご紹介したいんです。と言いますのも、昨今、若い世代の方を中心として、「心や体にとりわけ不調があるというわけではないけれど、なんとなく毎日がパッとしない」「不満はないけど、楽しいこともない。でも人生なんてそんなものか…」といった感覚で日々を過ごす方が多くなっていることを感じるのです。これは診療で関わる患者さんだけでなく、いろいろな場所でお会いする若い世代の方々とお話しする中で感じてきた印象なんです。あくまで私の主観ですけれどもね。

――前にも後ろにも進まず、漂っている、ような状態でしょうか。

川野:
はい。こうした「漠然とした行き詰まり」のような感覚を抱くと、いろいろなことに持続的に注意を向けたり、集中を維持したりすることが難しくなると思います。何かを「やってみよう」という興味や意欲自体も持ちにくくなってしまうんですね。

――注意を向ける、集中する、というのは瞑想に必要な要素ですもんね。

川野:
そうなんですよ。瞑想をするというおぜん立て自体がなくなってしまうイメージです。そこで注目したのが、「モメンタム」という概念なんですね。

注目の概念「モメンタム」

――モメンタム?

川野:
はい。それこそ「勢い」とか「気合い」という意味合いでとらえておきましょうか。
もとは物理学の用語で、「運動量」を意味します。具体的には「物体の運動の状態を表す物理量で、質量と速度の積として定義される」とのことです。

――?

川野:
わかりやすい説明としては、「ある物体が動いていて、それを止めるためにどれくらいの労力がかかるか」、止めるのが大変なほど、「モメンタム」が大きいということになります。その物体が重ければ重いほど、そして動きが速ければ速いほど、止めるのは難儀ですから、モメンタムは大きいということになりますね。
そして私は、その言葉を、心と体に関わる概念として活用したいと考えているんです。心や体にあえて少し刺激を入れる、そんなワークを通して、意欲や好奇心に火をつける、はじめの一歩となる着火剤のような存在になってくれるのではないかと思うのです。

モメンタムを高めると

川野:
アイデアの源は修行体験なんです。
そもそも私はあまり器用ではありませんから、入門当初は、掃除も、庭掃きも、料理も、失敗ばかりでした。「こんなことで3年もいられるかなぁ」と幾度となく気を落としそうになったものです。でも、僧堂には生活自体に勢いがありました。その度に、またぱっと行動を切り替えて、同期の仲間たちと、「さあ、次は托鉢(たくはつ)だ!」「さあ、次はお風呂の時間だ」と迅速に動き出すのです。この「さあ!」という勢いこそが「モメンタム」そのものだと思います。頭で悶々と考えても答えが出ない時、考え続けることがかえって行動を阻害してしまう時、パッと切り替えることのできる「きっかけ」が助けとなることを、私は修行生活の中で体験し、今もってそうした習慣に支えられていると感じます。

――モヤモヤしていても、さあ! と、行動するための勢いですね。

川野:
そういうことです!
きょうは、そんなモメンタムを活性化するために「セルフ・ペップトーク」という手法をご紹介します。「ペップトーク」とはもともとアメリカで誕生したコミュニケーション・スキルで、スポーツの試合が始まる前などに監督やコーチが短時間で選手を励ますために用いるスピーチなどに見られます。日本でも、テレビを見ていると、いろいろな競技の試合で、監督やコーチが選手たちをわずかな休憩時間で励まし、「よぉし!」と、コートへと送り出す姿が見られますよね。あれこそがペップトークというわけです。それを一人で、自分自身で実践できるのが、セルフ・ペップトークで、近年では学校教育、スポーツ、ビジネス分野などいろいろな場面で活用されています。

歯切れよく、ということがポイントなので、今日はゲーム感覚でいきましょう!
題して、「三・三・七拍子で自分を励ますフレーズ」大会。一緒にやってみましょう。

レッツ「三・三・七拍子」!

やること:
自分を励ます言葉を、運動会などでおなじみの、三・三・七拍子に合わせて声に出します。
手拍子やタンバリン、マラカス、ホイッスルなどで盛り上げてみましょう!

川野さんの三・三・七拍子:
「いける! いける! ゴールを目指せ!」
「届け! 届け! 願いよ届け!」

川野:
「多くの方に明るい心で日々をお過ごしいただきたい、という思いが届きますように」、そんな気持ちを込めてやってみました。

聞き手の三・三・七拍子:
「登り 下り 楽しく進め!」
「起きて おいで ごはんの時間 / 昆布、おかか、ツナマヨネーズ!」

みなさんもやってみてください♪

「カラ元気」は必要です

――きょう、ちょっと楽しかったですね。

川野:
そうですね。いつもご紹介している瞑想法とは一風変わって、なんだか元気が出るような、楽しげなワークだったのではないでしょうか。

――リズムって大事ですね。

川野:
はい。リズムが人の心に元気をもたらすという研究結果もたくさん出ているくらいです。
日常生活に応用するにあたっては、気分がパッとしない時や、なんとなく面倒な気持ちになっている時は、こうしたことをやっても「カラ元気」に思えるかもしれません。でも実際には、開き直ってこうした一種の言葉遊び、リズム遊びを取り入れることが、心の片隅にパッと小さな「ともしび」を生み出すことも少なくありません。ほんの1分、いや30秒あればできるモメンタムのワークですから、ぜひご自身の三・三・七拍子を作ってみてください。

モヤモヤを砕く禅語

川野:
最後に、禅語をご紹介しますね。「百雑砕 (ひゃくざっさい)」という言葉です。これは禅の古い書物「碧巌録(へきがんろく)」に書かれた言葉で、全てをこっぱみじんに打ち砕くという表現から、心に起こる煩悩妄想、浅はかな思慮分別の一切をこっぱみじんに打ち砕いてしまえ! というさっぱりとした禅の心持ちを示しています。
あれやこれやと考えても答えが出ないこと、解決しないことだらけの人生ですが、そんなときこそパッと体を動かし、声を出していったん心をリセットすることが、また新たな一歩を踏み出すためのエネルギーを生み出す助けとなるのではないでしょうか。

――ありがとうございました。


【放送】
2023/11/15 「ラジオ深夜便」

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