アナウンサーが語る「NHKラジオ生ワイド史」

ラジオ100年まであと1年

放送日:2024/03/16

#カルチャー#音楽#スポーツ

放送100年まであと1年! 3月16日(土)から20日(水・祝)にかけて、東京・渋谷界わいで開催されたイベント『超体験NHKフェス』の会場のひとつ、NHKホールのロビーから、特別番組『ラジオ100年まであと1年』を公開生放送でお届けしました。
番組では、NHKラジオの歴史を彩ったアナウンサーが登場して、月曜から土曜のお昼に放送している長寿番組『ひるのいこい』を担当した他、NHKラジオの生ワイド番組の歴史を語ってもらいました。

3/16(土)山田敦子さん

2000年代に、午前中のワイド番組『ラジオいきいき倶楽部』や『きょうも元気でわくわくラジオ』を担当した山田敦子さん。今回17年ぶりに『ひるのいこい』を担当しました。

「一番緊張したのは、最後の時刻アナウンス。いつもは『0時半になります』だけど、きょうは『0時37分になります』と言うところがね」。

そして、2003年から2007年まで担当した『わくわくラジオ』についてトーク。当時のオリジナルのテーマ曲「時の扉」に「懐かしい!」と山田さん。
国会中継や選挙の開票速報などは「裏が取れていないことは絶対に言ってはいけない番組」でしたが、ラジオの生ワイドはフリートークが中心。番組開始当初は「自分のことを話していいのだろうか」と恐さもあったとか。でも、やってみたら「否応なしに自分をさらけ出す。そうじゃないと3時間半の生放送なんてできない」と、番組開始当初を振り返りました。

当時はファクシミリでのお便りが中心。知らないことやわからないことを素直に言えば、リスナーからの「お叱り」ではなく「教えてあげる」というお便りが届いたことで、山田さんは「ああ、リスナーといっしょに番組を作ればいいんだ」という気持ちになったそうです。そして、この日のパーソナリティー・柘植恵水アナウンサーが現在担当し、山田さんもかつて担当していた『(夏休み)子ども科学電話相談』のエピソードなども紹介し、「デジタル時代になって、子どもたちも変わるのかなと思ったけど、変わらない」と語りました。

3/17(日)鎌田正幸さん

土曜の『文芸選評』、日曜の『歌の日曜散歩』を担当し、「土日午前の声」としておなじみだった鎌田さん。11年ぶりの『ひるのいこい』に、笑顔で「口が回らないなぁ。ちょっとだけ緊張しました(笑)」と語りました。

『日曜散歩』のテーマ曲にのせて「はい、みなさんこんにちは。『歌の日曜散歩』担当の鎌田正幸です」と第一声を再現。番組のパートナー・坪郷佳英子さんとのコンビは1997年から16年間続き、「鎌坪商店」の愛称で呼ばれ、全国各地での公開生放送も人気を博しました。そして実は、リスナーとのつながりがいまも続いている鎌田さん・坪郷さん。毎年60〜70人のリスナーと「忘年会」を開催しているそうです。

放送中、鎌田さんから「いま気づいたんですけど、11年前のきょう(3月17日)が『鎌坪商店』の最後の放送日だったんです」との発言が。柘植アナもスタッフも偶然とはいえ、驚きでした。そして鎌田さんが選んだ曲は、いきものがかりの「エール」。「鎌坪商店」のラスト2週はお2人が選んだ曲のみで放送する構成で、その中でかけた1曲とのことでした。

そして「いまラジオ番組をやっているアナウンサーにひとこと」と柘植アナがお願いすると、「ありません(笑)」そして「自由にやってください」とのエールが。ちなみに鎌田さんは現在も「たま~に(関東地方の)ローカルニュースに出ています」ので、ぜひエアチェックしてみてくださいね。

3/18(月)道谷眞平さん

2013年から2016年まで放送され、山田まりやさんと日替わりのパーソナリティーが出演した午後のワイド番組『午後のまりやーじゅ』(ごごまり)について話を伺いました。

テーマ曲「Bem Bem Maria」(ジプシー・キングス)に「懐かしいですね!」のひと言。野球、柔道、オリンピックなどの実況を担当してきた道谷さんがワイド番組を担当するようになったきっかけは、2012年にNHK-FMで放送した『今日は一日〝プロ野球ソング〟三昧』の司会を担当した際、それを聴いていた番組編成の担当者が「道谷さんって…面白いっすねぇ」と声をかけたことだったとか。

『ごごまり』の3年間を「楽しくて、勉強になった」と語る道谷さん。今回スタジオに5冊のノートを持参。表紙には番組のステッカー。ゲストインタビューコーナーの進行台本をノートに貼って、横に直筆でメモを書き入れたものでしたが、これが大変緻密(ちみつ)なものでした。そして「もう1回、『ごごまり』をやってくれと言われたら…勘弁してください! って言います!!」とのこと。月曜から木曜まで4日間×4時間の生放送は大変ハードで、「放送後は抜け殻状態でした」と振り返りました。今でもSNSでリスナーが『ごごまり』を思い出してつぶやいてくれることに、「ありがたいですね」と話していました。

3/19(火)佐塚元章さん

この日から、パーソナリティーが山本志保アナウンサーに交代。そしてゲストは、2009年から2011年まで『ラジオあさいちばん(土曜・日曜)』、2011年から2016年の『ひるのいこい』を担当した佐塚さんでした。

佐塚さんはこの日、2016年4月1日の最終担当日に着ていたブレザーとネクタイでスタジオに登場。
『ひるのいこい』の難しさは「同じ声、同じトーン、リズムで、番組をやらないといけない。花粉症に悩まされたり、朝、妻とケンカして家を出てきたこともあったけど(苦笑)、でも、同じ心持ちで0時15分(20分)を迎えないといけない」ことだったそう。

そして佐塚さんは、『ひるのいこい』のテーマ曲を手掛けた作曲家・古関裕而の数々の作品と、ご自身のアナウンサー人生を重ねたエピソードを語りました。実況アナウンサーに憧れた、1964年の東京オリンピックの音楽。スポーツ中継を初めて担当した時のNHKスポーツ中継テーマ曲「スポーツショー行進曲」。夏の甲子園の入場行進曲「栄冠は君に輝く」。そして、現役アナウンサー最後の担当番組が『ひるのいこい』。去年11月には、古関裕而記念館(福島市)を訪ねたそうです。

2009年から担当した早朝のワイド番組『あさいちばん』でも、スポーツアナウンサー時代の経験を生かし、東京オリンピックの招致活動が活発な中、「聖火をふたたび」というコーナーを企画。1964年の東京オリンピック関係者や、ゆかりの場所を取材しました。

「私はラジオでスポーツ実況を覚えました」と佐塚さん。映像のない中でどう描写し表現するか。言葉の研究を続けて、その楽しさをラジオで感じてきました。そして最後に「言葉は、不動だ」というメッセージをいただきました。

3/20(水・祝)三宅民夫さん

最終日は、早朝ワイド『三宅民夫のマイあさ!』を2019年から3年間担当した三宅民夫さんが登場。ヒャダインさん作曲の番組テーマ曲が流れる中、「朝早く起きるけど、放送までそんなに時間はない。だから起きたらトップギアにしないといけないのが難しいところでした」と当時の苦労を語りました。朝5時にNHKに入り、6時40分から生放送。自分が納得できるような番組の流れを作る準備を続けていたそうです。

夜から朝にかけて起きるニュースにもしっかり対応。台風の時などはリスナーからのSNSを通じての情報が頼りになったそうです。

テレビ『おはよう日本』も長年担当した三宅さん。「テレビとラジオ、朝のニュース・情報ワイド番組の違いは?」という質問には、「テレビは、ちょっと豪華なレストランで食事をする感じ。ラジオはカウンターだけの小さなお店で、土地のものをいただくような感じ」と語りました。テレビの場合、世界中からさまざまな素材(情報)がやってきて、さまざまな人が関わって(放送を)出していく。対してラジオは、スタッフの人数は少ないけど、みんなが手作りで、聴取者の皆さんの反応も交えていくことに魅力があると話しました。

また、三宅さんが『マイあさ!』を担当していた頃は、新型コロナウイルスのまん延で、番組の作り方も変わってきた時代。ゲストをスタジオに招くことができなくなって、オンラインでのインタビューになってきたことに、大きな時代の変化を感じたそうです。

そして、フリーアナウンサーになったいま、「ラジオを聴いていました」と声をかけられることに、三宅さんは驚いているとか。「聴いている方の人数は少なくても、人々の印象に残るメディアがラジオではないか」と思っているそうです。

来年の放送100年を前に、ラジオにとって大事なことは「弱い立場の方、体を壊している方にも届く可能性のあるメディアだと思う。声って大事だと思うんです。メールのやりとりでもいいけど、ちょっと行き違いがあったとき、特に謝ったりする時、電話だとスッと解決するんですよね、不思議なんですよね。声の力を生かして、本当にあたたかく、優しいメディアであってほしい」というメッセージをいただきました。

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【放送】
2024/03/16 「ラジオ100年まであと1年」

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