“巨大津波想定の町” 備えは進んだか(高知)

NHKジャーナル

放送日:2024/03/12

#ローカル#高知県#インタビュー#防災・減災#水害から命を守る

近い将来、確実に起こるとされる「南海トラフ巨大地震」。なかでも高知県黒潮町は、国内で最大の34mの大津波が押し寄せると想定されています。巨大津波から町民の命をいかにして守るか。高知放送局の小原和樹(おばら・かずき)アナウンサーが取材しました。

“衝撃の津波想定” 黒潮町は…

小原:
黒潮町は高知県の西部にある町です。人口はおよそ10,000人。南東側は太平洋に面していて、地元の名物「カツオの一本釣り」など、昔から人々の営みは海に支えられてきました。その町に衝撃が走ったのは12年前。国が南海トラフ地震の被害想定を公表。国内最大の高さの大津波であることに加えて、県の試算では最速数分で町に津波が到達すると指摘。最悪の場合、犠牲者のおよそ9割が津波によるものとされています。

――これまでに、どのような対策が取られてきたのですか?

小原:
町は2013年に「南海トラフ地震対策推進会議」を発足させます。地震や津波による“犠牲者ゼロ”を目指し、具体的な備えを明確化する検討を進めてきました。情報防災課の村越淳さんです。

村越さん:
あのようなすごい想定でしたので、とてもじゃないですけどハード対策でなんとかなるっていうレベルではなかったがですよ。ですので“対策”ではなくて“思想・考え方”。多少のことではブレない・諦めない・避難者を出さないという考え方を持って取りまとめました。

小原:
当初から町がスローガンとして掲げているのは「あきらめない防災」です。

――「あきらめない防災」ですか?

小原:
黒潮町では、避難場所など「ハード」の整備と、人々が行動に移すための「ソフト」の充実といった両方のバランスを考慮した施策を推進してきました。
まずハード面ですが、津波避難の大原則「より内陸の、より高い場所」への避難が間に合わない地域、いわゆる「避難困難区域」を対象に「津波避難タワー」を整備しました。その1つ、佐賀地区のタワーを実際に上ってみました。

小原アナリポート:
佐賀地区津波避難タワーの8階に着きました。見えるのは地区のまち並み、そして広がる太平洋です。高さは25m、かなり高いです。

小原:
佐賀地区の津波避難タワーは国内最大級。鋼鉄製の太く頑丈な柱26本のてっぺんに雨などをしのげる屋根付きの避難フロアがあり、収容人数は230人。階段だけでなく車いすに対応したスロープも整備されたバリアフリー設計です。だれもが「あきらめず」に避難できる設計になっています。黒潮町では、こうした大型の「津波避難タワー」を町内6か所に建設するなど、住民らの避難の受け皿となるハードの整備を進めてきました。

“あきらめない覚悟“を具体化

――一方で、ソフトの充実はどうですか。

小原:
実はこれが大きな課題なんです。巨大津波の被害想定が公表された12年前、衝撃を受けた多くの町民の意識の中に「津波が来たらもはや助からない」と、避難そのものをあきらめる、いわゆる「避難放棄者」が多く生まれつつありました。というのも黒潮町は人口のおよそ45%が65歳以上のお年寄りで、過疎高齢化が深刻です。体を思うように動かすことができない高齢者らの間で避難のあきらめにつながる危機感がありました。

――避難をあきらめないためにどう克服しようとしているのですか?

小原:
黒潮町ではさまざまな取り組みに力を入れています。その1つは避難のハードルを大幅に下げた『日本一短い避難訓練』です。

(訓練の様子)
♪防災無線の音
住民「あっちゃーん! あっちゃーん!」「玄関到着、18秒」

小原:
年に1回行われている全町民が対象の訓練で、地震発生直後に目指すのは「玄関先」。この取り組みを黒潮町と共同で考案した九州大学の杉山高志准教授はその意義をこのように話します。

杉山さん:
玄関先まで出てくれれば避難している方々と一緒に助けを得ながら避難所まで向かうことができます。そのため支援する側も家の中まで入る必要がなくなり、迅速な避難が可能となります。犠牲者ゼロを達成する上で非常に重要な取り組みだと考えております。

小原:
つまり、これはあくまでも「避難のためのスタートライン」。逃げるのをためらう高齢者らに自ら可能な範囲で動いてもらうきっかけ作りです。このあと、玄関先から避難所まで自力で逃げられる人はさらに避難を。またサポートが必要な人はあらかじめその人にあった避難計画を作り、支援を受けてスムーズに避難できるような体制を組んでいます。
避難をあきらめかけていたお年寄りの意識に変化も生まれています。先ほど紹介した佐賀地区の津波避難タワーの取材中、スロープから上ってくる87歳の男性に出会いました。日課の散歩コースにタワーを取り入れているそうなんです。

――足腰も鍛えられますし、自力で避難する訓練にもなりますね。

小原:
タワーは平時でも解放され利用可能なので、そういう人は少なくないようなんです。

みんなの避難所に「個人ボックス」

小原:
さらに能登半島地震でも課題として浮き彫りになった「避難所での生活」。黒潮町では8年前から各地の津波避難タワーや高台にある防災倉庫に『個人ボックス』と呼ばれる箱の設置に力を入れています。

――個人ボックス?

小原:
箱の中に住民一人ひとりが自分に必要な食料や薬、衣類などを詰め込み備蓄しています。災害時に自宅から必要なものを持ち出すことなく、速やかな避難につながると期待されているんです。黒潮町としては個人ボックスの常備を通じて、避難所がより身近な存在になってほしいというねらいがあります。再び、情報防災課の村越さんです。

村越さん:
やれることはやってきたっていうふうに思いながらも、やっぱりまだまだ足りてないと思う一方で、10数年取り組んできてだんだんと(想定が公表された)当時の危機感が薄れてきたり、体力的にも弱ってくるところも出てきています。今回の能登半島地震を受けて再度ネジをまいて、まだまだやっていかないといけないと思ってます。

小原:
今回、黒潮町の取材を通じて、13年前の東日本大震災や今年の能登半島地震などの教訓を参考にしながら、津波から命を守るための一層の覚悟を感じました。

高知放送局
小原和樹アナウンサー


【放送】
2024/03/12 「NHKジャーナル」

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