“家庭の味”いぶりがっこを守れ(秋田)

24/02/06まで

NHKジャーナル

放送日:2024/01/30

#ローカル#秋田県#たべもの

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秋田県内各地で盛んに作られてきた「いぶりがっこ」。このふるさとの味が、いま、危機に立たされているといいます。秋田放送局の山中翔太アナウンサー(やまなか・しょうた)の取材です。

「がっこ」が直面する改正法の壁

山中:
こちらが「いぶりがっこ」です。

山中:
いぶりがっこは収穫したばかりのだいこんを煙でいぶしたあと、米ぬかなどに漬け込んだ漬物です。「がっこ」とは秋田弁で「漬物」を指す言葉です。スモーキーな香りと「ポリポリ」とした食感が特徴で、雪深い秋田で冬の保存食として長く親しまれてきました。県内で年間250万本以上が出荷され、ご飯のおともや酒の“あて”としても人気です。

――私も好きです。都内の居酒屋でもよく見かけますよ。

山中:
県内の道の駅などで販売されているものには、農家が農作業の合間に手作りしたものが多くあります。「○○さん手作りのいぶりがっこ」など、作り手の名前がついて販売されているのが特徴で、各家庭で味付けが異なり、その味の多様性が魅力のひとつです。

――生産者の名前がブランドになっているものもあるんですね。そんないぶりがっこですが、どんな危機に直面しているんでしょうか?

山中:
生産者の中には漬物の出荷をやめようとしている人が出てきています。
その背景にあるのが、食品衛生法の改正です。これまで漬物は役所への届け出をすれば販売ができていました。しかし、今年6月からは保健所からの「営業許可」を得ているところでしか製造、販売ができなくなります。
背景には2012年に北海道で起きた集団食中毒があります。道内の食品会社が製造した「白菜の浅漬け」を食べた人たちが下痢やおう吐の症状を訴え、4歳の女の子やお年寄り、あわせて8人が死亡。製造の現場などからO-157が検出され、食品の衛生管理のあり方が問われました。

――保健所の営業許可を得るにはどんなことが必要なんでしょうか?

山中:
許可を得るためには、食品製造のための条件を満たした専用の加工場設備が整っていると認められる必要があります。
たとえば「手洗い場の蛇口」。手が触れなくても水を止めたり出したりできる「自動センサー式」か、ひじで操作が可能な「レバー式」に替える必要があります。また、壁や床などを水で洗い流しやすい素材に張り替える。こうした改修費用は県や市の補助金を差し引いても100万円以上かかることもあるそうです。

3割が「やめようかと…」

――制度が変わることで出荷をあきらめようとしている人が出てきているんですね。

山中:
そうなんです。その一人を取材しました。
大館市の自宅で50年以上いぶりがっこを作り続けてきた山口美子さん(81)。畑の一角にある小さな小屋で大根をいぶし、自宅で味付けと漬け込みを行ってきました。しかし販売するのは、この冬が最後になると考えています。

山口さん:
保健所の方から通達があって、設備を整えないと許可できないということで。設備を整える時間もないし、経費もかかるし、これから何年やれるかと思えば、そんなにお金をかけてまでやる必要ないかなと思いました。

山中:
秋田県が個人の作り手に行ったアンケート調査によると、山口さんのような高齢者が小規模に生産しているケースが多く、自宅が加工場を兼ねていることも少なくありません。そのため改修費用をまかないきれず、これを機にいぶりがっこなどの漬物の出荷をやめようと考えている人は3割にのぼるといいます。
山口さんのいぶりがっこを販売している直売所の担当者も、看板商品がなくなることに頭を痛めています。

直売所の担当者:
山口さんの漬物は全国にもファンがいて、名前指定で「山口さんのいぶりがっこ」とか「山口さんの漬物ください」ってお客さまが求めていますし…ものすごく悲しいです。

「家の味」を地域ぐるみで守る

山中:
こうしたなか、いぶりがっこの伝統を地域ぐるみで守っていこうと動き始めたところもあるんです。
北秋田市では、個人での設備投資が難しい作り手に向け、ある場所を活用した取り組みを始めました。

♪汽笛&列車の通過音
「ピー」「ガタンガタン」

――鉄道の音・・・ですね?

山中:
そうです。その場所というのは、秋田内陸縦貫鉄道の比立内駅です。ここに駅の待合室だった場所を改修して、漬物を製造できる共同加工場が整備されました。その名も「がっこステーション」。まちづくりを担う一般社団法人が、去年11月にオープン。
レバー式の蛇口は手洗い用と分けられ、カビを防ぐための換気設備なども整えられました。そして、漬物製造の許可も得ています。設備の改修の負担が大きく、個人では漬物の販売を続けるのが難しい人でも、この場所を使えば今まで通り製造・販売ができます。

――ところで、なんで駅だったんでしょうか?

山中:
「がっこステーション」の設立に携わった佐々木宗純さんは、駅を活用した理由をこう語ります。

佐々木さん:
「我々の地域の味がなくなっていってしまうんじゃないか、販売できなくなってしまうんじゃないか! それはまずい!」というので漬物の共同加工所を作ることになりまして、候補地をいろいろ探していたときに、「駅だったら、けっこういろんな人が使えるかもね」ということで決まりました。

山中:
ここは、いぶりがっこだけでなく、さまざまなな漬物の作り方を教え合う場になっています。

施設の利用者:
ミカン入れるのってマリ子さんの漬け方だすよね。
ミカンは使ったことないな。
違うんだや。個々によって分量とか。だからそのうちの味が出るんだよな。

山中:
漬物の製造を続けられることに喜びの声が上がっています。

施設を使う女性:
年とってもここでみんなと一緒にやることできたなと思って、喜んでいます。仲間方と一緒になって、一品でも二品でもやっていきたいと思っています。

山中:
佐々木さんは、この施設に確かな手応えと期待を抱いています。

佐々木さん:
「食品衛生法、改正します」とかこむずかしくて、ちょっともうあきらめかけてたって人が、ここがあるんだったらちょっと漬けてみようかとなって。ここで地域の人たち独自の、わが家、家伝の味、オリジナリティあふれる味を残していくこと、そういう場を作っていくことが、多様性を今後も継承していくことになるのかと思います。

山中:
「秋田に伝わる家庭の味を絶やさない」という思いのもと、漬物文化を守る取り組みが行われています。食品の安心・安全と、豊かで多様な食文化、この両方を守っていくヒントがここにはあるのかもしれません。

秋田放送局
山中翔太アナウンサー


【放送】
2024/01/30 「NHKジャーナル」

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