知恵とつながりで、食材を使いきる(北海道)

24/01/23まで

NHKジャーナル

放送日:2024/01/16

#ローカル#北海道#たべもの

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農作物をはじめ酪農、畜産、魚介類に至るまで日本有数の食材の宝庫、北海道。しかし利用が進まず、なかには廃棄せざるをえないものも少なくありません。活用されない食材に光を当て、新たな価値をつける動きが函館市で始まっています。
札幌放送局の山下佳織(やました・かおり)アナウンサーが取材しました。

“マイワシ大漁”困る函館

山下:
おととし開発されたある食品のサンプルを東京のスタジオに送りました。手元に届いていますか?

――届いていますよ、「瓶詰めのアンチョビ」。瓶の中にさばかれたイワシが詰まっていますね。

山下:
そうなんです。アンチョビというと、通常は小ぶりの「カタクチイワシ」を塩漬けにしたものですが、函館で誕生したこの瓶詰めは、地元でとれた大ぶりの「マイワシ」を使ったものなんです。
実は函館周辺ではマイワシを食べる文化がなく、これまでなじみのなかった魚です。そのマイワシがここ数年、函館の海でも大量に網にかかるようになりました。海流の変化が理由とも考えられていて、漁獲量はこの10年でおよそ25倍に増加。しかし地元では食習慣がないこともあり、多くとれても市場ではまったく値がつかず、そのほとんどが肥料にされていたんです。
地元の漁業関係者を取材するため、港に向かいました。

♪山下アナ現場リポート
「函館市の入船漁港です。岸には小型の漁船からイカ釣り漁船まで10隻以上がならんでいます。近年、網にかかる大量のマイワシに漁業者たちは悩んでいます」

山下:
漁業を営む熊木祥哲さん(43)の話です。

熊木さん:
市場まで運ぶにはガソリン代がかかりますし、競りでやっぱり場所代も手数料もかかるし、氷使ったら氷代もかかるし、おまけに売れないってなったら、ただマイナスになるだけです。網にイワシがかかっているとガッカリするんですよ。もうどうしようもない。

山下:
そんななか、函館市内で利用されてこなかったイワシを活用しようという新たな取り組みが始まりました。
プロジェクトのリーダーは、函館・五稜郭の近くで商業施設を経営する岡本啓吾さん(38)です。岡本さんが経営する商業施設には函館の地場産品を取り扱うコーナーが設けられているほか、特産品を販売するイベントを定期的に開催しています。そのなかで地元生産者が口にするさまざまな悩みや困りごとにも耳を傾けてきました。そうしたつながりを通じ岡本さんは、活用されていないマイワシを使ってなにかできないかと動きだしたんです。

岡本さん:
漁業者が大変な思いをして漁に出ても、収益にもなりづらかったり、見通しがたたなかったりって聞いたときに、すごく危機感を覚えました。『函館は観光のまちだ』といったって、漁師さんがいなかったらどうすんのって思うんですよ。

アンチョビ製造“ノウハウはゼロ”

山下:
2年前、マイワシに付加価値をつけるためのプロジェクトを立ち上げた岡本さん。アンチョビは、すり身やフライなどと比べて製造の手間が少ないといいます。カタクチイワシに代わる原料としてマイワシを活用するという挑戦。旧知の地元水産加工会社の社長と相談しながら開発が始まりました。

――もともと加工会社にノウハウがあったということですか。

山下:
いえ全然、ゼロからのスタートでした。でも、それがむしろ功を奏したようです。加工会社の社長、福田久美子さんの話です。

福田さん:
アンチョビを製造するための設備は全然ないので、マイワシを、漬物をつける袋に入れて、それを塩漬けにしました。

山下:
試行錯誤の末、塩漬けと発酵の過程で漬物用の大きめの袋を使ったところ、ふくよかで甘みのある味のアンチョビになりました。プロジェクトをはじめて1年、世界でも珍しいマイワシのアンチョビを誕生させたんです。
さらにこのプロジェクトは障害者の新たな雇用も生み出しました。瓶詰め作業は、市内の就労支援施設にお願いすることにしたんです。この施設では、利用者のやりがいにつながり仕事の幅が広がったと手応えを感じています。
マイワシのアンチョビは函館空港などで1,296円で販売していて、発売開始から1年で累計6,000個と想定を上回り、岡本さんたちは新たな函館名物に成長させたいと考えています。

地元が抱える食の問題に「当事者意識」を

山下:
さらに岡本さんは漁業以外の1次産業の課題にも目を向けています。去年9月に焼き菓子「フロランタン」を商品化。風味を出すのに、あるものが生かされています。

――何でしょうか。

山下:
はい。北海道は酪農が盛んですが、長期保存できるバターを製造する過程で大量の脱脂粉乳も生まれます。岡本さんは酪農家や乳業メーカーと話す中で、その在庫の多さに頭を痛めていることを知り、焼き菓子への活用を提案し実現させたんです。取り組みに関わる人たちも、その出来栄えとともに、自分たちの抱える問題に関心を持ってもらうきっかけにもなると期待を寄せています。
酪農を営み、このプロジェクトに関わる吉田知弘さんです。

吉田さん:
取り組みをきっかけに、脱脂粉乳とかバターとか、そういう酪農が抱える問題に目を向けるきっかけになってくれたら、そして酪農について考えてくれる人が増えてもらえたらっていう期待感がすごくあります。

山下:
こうして始まった函館の取り組み。食の生産を巡る環境は、温暖化や国内外の社会情勢の影響で今後どう変化するかわかりません。それでも岡本さんは地域のつながりやアイデアで、使われにくい食材に価値をつけていくことが大切だと話します。

岡本さん:
みんな当事者意識を持ってその有効活用を探っていく取り組みが広がり、これからよりよくなるような仕組みにしていこうということをメッセージとして伝えていくことが、すごく大事だと思います。

山下:
利用の進まない食材に付加価値をつけることで地域に新たな魅力を見いだせると感じました。この取り組みに今後も注目したいと思います。

札幌放送局
山下佳織アナウンサー


【放送】
2024/01/16 「NHKジャーナル」

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