列車の乗り降りを“カフェ店員”がサポート(長崎)

NHKジャーナル

放送日:2023/11/14

#ローカル#長崎県#鉄道

最近は利用客の減少から全国の鉄道の駅の半分が無人駅になっています。その中で長崎県内ではユニークな取り組みが始まっています。長崎放送局の長瀬萌々子(ながせ・ももこ)アナウンサーが取材しました。

カフェ店員が駅員!?

長瀬:
無人駅になってしまうと、特に高齢の方や障害のある方はとても困ることになります。例えば、車いすユーザーの方がサポートを受けられずに、場合によっては電車に乗ることをあきらめざるを得なくなったりしますし、目の不自由な方が無人駅で線路に落下するという痛ましい事故が起こったりもします。
長崎県は無人駅がおよそ8割。時間帯によって駅員がいなくなる駅を含めるとさらに多くなります。長崎駅から北に5つめの駅にあたるJR長崎本線の長与駅も、乗客の減少で正午から駅員がいなくなる時間指定の無人駅です。この長与駅では、ある職業の人がことし9月から駅員の代わりをしています。

♪機械で豆をひく音「ガリガリガリ…」
♪コーヒーをいれる音「ちょろちょろちょろ…」

――長瀬さん、この音はもしや?!

長瀬:
そうなんです。これはコーヒーをいれている音。実は、カフェの店員さんが駅員業務を行っているんです。

長瀬アナリポート:
「JR長与駅です。2階に改札があります。改札の目の前にはカフェがあります。ガラス張りで太陽の光が差し込む開放的な空間です。」

長瀬:
このカフェ。ことし9月、JR長与駅構内にできました。ガラス越しに見えるベージュのエプロン姿の店長、奈良崎博一さん(49)です。普段はこだわりのコーヒーを客に提供していますが、列車が到着する時間になるとコーヒーをいれる手を止めてエプロン姿のまま駅のホームに向かいます。

♪駅のベル音「ルルル‥‥」「(自動アナウンス)まもなく列車が参ります」

長瀬:
この日は、車いすの乗客が乗り降りする介助をJR九州から依頼されました。列車とホームの間にスロープを渡して乗客を降ろします。

奈良崎さん:
「はい、行きますね」

長瀬:
もちろん切符の回収も行います。さらに奈良崎さんは乗客が何時に帰る予定か尋ねました。そして乗客が降りる駅に電話で情報を伝えます。

☏奈良崎さん:
「長与駅『グッドステーション』の奈良崎です。車いすの介助をお願いしたいんですけれど。はい15時28分、こちらを発の運転手の後ろの方に乗ってもらうようにします。よろしくお願いします。」

長瀬:
無人駅の中には、列車に乗るために数日前に近くの大きな駅に電話をして予約しなくてはいけないケースもあります。鉄道会社が対応する職員を無人駅に派遣する必要があるからです。長与駅では介助をしてくれる人が常にいることで、臨機応変な対応ができるのです。介助を受けた女性は、駅に人がいてくれることはありがたいといいます。

介助を受けた女性:
なんでも聞けるから。言葉でちょっと調子悪いんですがとか、トイレの場所はどう行けばいいのかとか、カフェの方で介助してもらうことで『あぁ、いいな』って(思う)。

――駅に人がいるかどうかで生活が大きく変わる人がいるんですね。

福祉と出会える駅に

長瀬:
この取り組みが始まった背景ですが、先ほど駅員の仕事をしていたカフェの奈良崎さん。本来は、福祉施設で働く理学療法士なんです。

――そうなんですか。福祉施設で働く人がカフェ店員だったんですか。

長瀬:
そうなんですよ。奈良崎さんが勤める社会福祉法人で理事長を務めているのが、貞松徹さんです。貞松さんは去年新たに、地元の長与町で障害者を支援する事業所を立ち上げようと考えていたんですが、時間によって駅員がいなくなる状況では障害のある人を安心して迎えることができないと、状況改善に向けて動き出すことにしました。

貞松さん:
通うときには駅員がいるけれども帰るときには誰もいないという環境で『お金がない』とか『スマホの充電切れちゃった』とか。そしたら彼らはパニックですよね。私たちが駅運営に関わることによって未来の顧客の安心安全を担保することができるんだったらやろうと。

長瀬:
そこで貞松さんが関心を示したのは、去年JR九州が初めて行った「九州ドリームステーション事業」です。コロナ禍で失われた駅や沿線の町の賑わいを取り戻すためのアイデアを民間から募る取り組みです。貞松さんは、「駅で福祉施設の職員がカフェを運営して賑わいを生み出しながら、駅員業務を請け負う」という提案をしました。この案は40近くの応募の中から採用され、今年9月から駅員業務を始めました。

――なるほど。たしかにいいアイデアだと思いますが、この取り組みをどう継続していくかが課題になりそうですね。

長瀬:
そうなんですよね。取材を通して事業を継続するためのポイントは2つあると感じました。それは「費用」と「駅の業務を担う事業者のモチベーション」です。
一つめの費用ですが、JRに加えて貞松さんは町役場にも相談しました。その結果、町の管轄である駅構内の清掃を担うことで、町からも費用を受け取れることになりました。町としても駅がカフェによって活性化し、町全体の賑わいにつながればという思いで応じました。それにカフェの収益を合わせることで、費用面で継続していく算段がつきました。
もうひとつのポイントは、福祉施設側のモチベーションです。施設にとっては、多くの人に福祉に触れる機会を日常的につくれるという強い動機があります。いま、カフェでは障害者が制作した雑貨やアート作品が販売されています。駅構内という立地の良さを生かして福祉に興味を持ってもらい、健常者と障害者、お互いの理解を深めあうきっかけになったらと、貞松さんは考えています。

貞松さん:
ここは毎日コマーシャルを打つわけでもなく、それでも人は来てくれるので、福祉に出会いに来てくれるという環境。だから、もっとみなさんの日常のなかに福祉を感じてもらえる空間、環境を整備していかないと、みなさん福祉が自分事にならないと思う。

長瀬:
さらに来年度からは、障害者にカフェ店員として働いてもらうことで、障害者の社会進出の場にしていくことも考えています。鉄道会社、行政、そして事業者が知恵を出しあったこの取り組み。全国で広がっている無人駅の問題に対するひとつのヒントがあるように感じました。

長崎放送局
長瀬萌々子アナウンサー


【放送】
2023/11/14 「NHKジャーナル」

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