聞こえているのに聞き取れない!? “聞き取り困難症”とは?

NHKジャーナル

放送日:2024/04/03

#医療・健康#カラダのハナシ

ジャーナル医療健康、きょうは「聞こえるのに聞き取れない “聞き取り困難症”」について。耳は正常に聞こえるけど、うるさい所や複数人数での会話、電話などの場面で「言葉が聞き取りにくくなる」症状があります。そのため学校や職場でうまくいかず、悩みを抱えている人が少なくないことが分かってきました。専門家で作る研究グループが大規模調査を行い、先月(3/17)日本で初めて「診断と支援の手引き」が発表されました。専門家に聞きます。(聞き手:山本未果ニュースデスク・野村優夫キャスター・結野亜希キャスター)

【出演者】
阪本:阪本浩一(さかもと・ひろかず)さん(医師・大阪公立大学大学院聴覚言語情報機能病態学 特任教授)

難聴との違いは?

――言葉が聞き取りにくくなるということでしたが、聞き取り困難症と難聴というのはどういう風に違うんですか?

阪本:
これがとてもややこしいんですけれども、音をちゃんと聞こえているかというのを評価するのが、いわゆる聴力検査で、それによって普通の状態よりも大きな音でしか聞こえないっていうことを「難聴」と言ってるわけですね。今回の「聞き取り困難症」の方に関しては、聴力検査では全く正常で普通に音は聞こえているわけです。ところがある状況、例えば複数の人で話しているとか、周りに雑音がある状況で普通の方に比べて聞き取りがとても悪い。このような自覚症状を持っていると言うことですね。

脳に伝わってきた音が、脳に到達した以降の問題によって処理がうまくいかなくて、さまざまな状態で聞き取りにくさを自覚してしまうと言う状態の事なんですね。主に脳の中枢の問題とされています。

診断と支援の手引きのポイントは?

――そこで先月「診断と支援の手引き」を出されたということですけれども、こちらのポイントというのはどこになりますか?

阪本:
まずこの「聞き取り困難症」の症状自体が一体どんなものなのかということが、耳鼻科の先生たちの中で統一されて診断するということが行われていなかったんですね。今回、初めて作られた「診断と支援の手引き」の一番のポイントは、聴力検査では正常なんだけど、実際あるシチュエーションで聞き取り困難を感じている人たちがいて、そういう人たちが非常に困り事を抱えていて、支援が必要であると言うことをはっきり書いたということが一番のポイントだと思っています。

――今は全国に「聞き取り困難症」の方は、どのくらいいると考えられているんでしょうか?

阪本:
これは我々の所でも正確なデータはないんですけれども、ざっくり見積もっても全国民の1%、つまり120万人程度はいるだろうと。それは最低限ということで、皆さんの周囲にたくさんおられる状況だと思います。

――ただ、診断を受けていない方も数多くいらっしゃるということですよね?

阪本:
そうですね。むしろ診断を受けてない人の方がはるかに多いということでしょう。

「聞き取り困難症」当事者の話

――具体的に聞き取り困難症の症状とはどういうものなのか、5年前に聞き取り困難症と診断された40代の男性に伺いました

仕事でパン屋で働いてるんですけど、モーターあるいは冷蔵庫のファンの音なんかが、職場にすごく響いている状態なんですね。ですので、両隣にいる人は会話が成立しているんですけど、間にいる僕だけ指示が全く聞き取れてなくて、何回も聞き返すっていうことがあったりもします。相手が発している音は聞こえるんですね、何か言ってる、抑揚、声のアップテンポはわかる。最後は「?」で何か聞いているなっていうのはわかる。ただ何を聞かれているのか全くわからないみたいなことが生じます。それが他の人が普通に会話が出来ている中で、1人だけそういう状態なので、そうすると「聞く気あるの? 他の人はわかってるのに…、なんであなただけわからないの?」みたいな感じになってくる。子供時代から授業中すごく困っていたのは記憶あるんですよね。子供のころから困っていた、自覚したのが大人になってからですね。

――音としては聞こえているのに、会話の意味が把握できない。周囲との関係にも影響してくるということなんですね、阪本先生はこの話をどのようにお聞きになりましたか?

阪本:
小さいときには若干そういうことがあったことかもしれないけれども、そんなに大きな問題とは思っていなかった。ところが就労ですよね、お仕事などで厳しい環境に出たときに、自分だけ電話を取っても聞こえないとか、他の人たちが聞こえている状況で聞きとれないということで、できない人と思われてしまって非常に傷つくということがあって初めて受診するという方が結構多いんですね、だから、今のような方のケースは多いと思います。

聞き取り困難症かな? と思ったら

――それでは、もしも同じような症状で悩んでいる方、自分は「聞き取り困難症」かな? と思ったらまずはどうしたらいいんでしょうか?

阪本:
まずは近くの耳鼻科に受診してほしいんですね。なぜかというと軽度の難聴というのは、いわゆる聞き取り困難症と同じ症状がでるんです。我々のところに聞き取り困難症ではないですか? と言われて、実際は軽い難聴だった方というのは一定の割合でおられるんですね。だからまずは難聴がないのか確認する必要があるので、そのためにはやっぱり耳鼻科に行って検査する必要があると思います。

――そこで難聴でなかったら、次はどうなるんでしょうか?

阪本:
私たちがアンケートのような質問用紙を手引きでも提供しているんですけれども、それによって聞き取り困難を点数化して、自覚症状の程度を評価できるんですね。だからある一定の症状があって、なおかつ聴力の検査が正常である場合は聞き取り困難症と考えてよいと思うんですね。

――確かに先月、診断と支援の手引きが出たということですから、まだ医療機関でも認知していないところもあるかもしれないですよね。そういう場合、見てくださる病院を調べる方法はありますか?

阪本:
私たちの調査でも、耳鼻咽喉科の先生の中で聞き取り困難症の認知っていうのは、3年前に比べると結構上がっては来ているんですけれども、でもやはりまだそんなに広がってはいないので、そういうときには、私たちのホームページで診ていただける施設っていうのを紹介しておりますし、大きな基幹病院では徐々に診療ができる体制が整いつつありますので、お問い合わせいただければと思います。

  • 阪本さんたち研究グループのHP「聞き取り困難症・聴覚情報処理障害(LID/APD)」

――今、先生からご紹介いただいたホームページは「聞き取り困難症」で調べると最初に出てくるということです。参考になさってください。

聞き取り困難症と診断されたら

――実際に診断を受けた後はですね、具体的な治療法と言うのはどうなるんでしょうか?

阪本:
これはいわゆる薬物治療をしたり、手術で直したりというのはできないわけですね。それでは何のためにこんなことするんだっておっしゃる方も多いんですけれども。
まず一つ、自分の聞き取り困難がこういう状態だと言うことを知っていただいて、それを自分で周囲に説明していただく。そして、例えば指示を短くしてもらうとか、文章でもらうというような、ちょっとした配慮でかなり過ごしやすくなる方が多いと言うのは事実です。

こういう症状がある方がいるっていうことをみんなが知っていれば、聞き直しをされても、もう一回しっかり言いますねとか、ゆっくりはっきり話しますね、といったちょっとした配慮ができるんですね。だから、できるだけ多くの方に知っていただくということも重要なことだと思います。

番組に寄せられたメッセージ

――SNSです。

聞き取り困難症、私も思い当たることがあります。我が職場の朝礼は、冷凍庫のファンや扉の開閉、手押し車などのバックノイズに満ちた中で上司が話すのですが、話の最後はわかるものの内容は十分に聞き取れません。来週職場の人間ドックを受診しますが、こういう場で医師に相談しても良いでしょうか?

阪本:
今のお話を聞くと聞き取り困難症の可能性はあると思うんですね。人間ドックで聴力検査もあるかもしれないので、それで何か引っかかったところがあるかどうか、またはないかということを含めて、お医者様にご相談されたらどうでしょうか。どのような結果としても、症状があるんであれば耳鼻科を受診して聴力を調べてもらうことがいいのではないかと思っています。

――続いて投稿フォームでいただきました。
神奈川県の40代の男性

聞き取り困難症、知りませんでした。目に見えない症状で悩まれている方はとても辛いと思います。もし診断された時は、周りのみんなに病気を知らせるうまい方法などはあるでしょうか。

阪本:
これはどういう風に伝えるかっていうのはとても問題だと思うんですけれども、一番簡単なのは「自分は少し聞こえづらいんです」ということを言って、「それに対して聞こえづらいので、よく聞き返したりするし、何か自分に言うときには、声をかけてから言ってください」っていうふうにお話しするのが良いのではないかと思います。

――さらに質問です。

自分も聞き取り困難症だろうな、数年前に聴覚情報処理障害という言葉を聞いたけど、同じかな?

というふうにいただいています。これについてはいかがですか?

阪本:
聞き取り困難症と言うのは、従来「聴覚情報処理障害(APD)」というふうに言われていたものなんですね、ただ私たち、こういう研究を進める中で、いわゆる聴覚情報の処理以外のいろんな要素っていうのも、この聞き取り困難症にはあるだろうと言うことを考えて、あえて広くAPDを含めて、もう少し広い概念として、「聞き取り困難症」という言葉を使おうと、今推奨しているところです。

――聞き取り困難症であっても、なかなか周りの方に言えない方も多いと言うことも聞きました。やはり周囲の皆さん、我々含めてですね。広くこの症状があるっていうことを知ることも大事かもしれませんね。

阪本:
そうですね、知らないと「なんで聞いてないんだ」とか「聞く気がないのか」とか言われてしまって、すごく傷つく方が多いんですね。だからこういうことがあるよっていうのを広くみんなに知っていただいて、お互いに困っている方のちょっと手助けができるような社会になるといいなと思って研究を進めているところです。

――今日の先生の話はその一助になったと思います。
そして阪本先生たちのホームページがあります。受診できる医療機関、全国でおよそ20カ所の病院リストを紹介しているということです。ホームページは、「聞き取り困難症・聴覚情報処理障害(LID/APD)」で「聞き取り困難症」で調べると最初に出てくるということです。

阪本:
ぜひご覧いただいて、そこに今回作成した「診断と支援の手引き」も載せておりますので、興味ある先生方もぜひ見ていただければと思います。

――ここまで阪本さん、ありがとうございました。

阪本:
ありがとうございます。


【放送】
2024/04/03 「NHKジャーナル」

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