こころの治し方~心理療法の種類と最新事情~

NHKジャーナル

放送日:2023/11/08

#医療・健康#ココロのハナシ

うつ病やパニック障害といった「心の病」の治療法であるカウンセリングの一種に、「心理療法」があります。2016年以降に保険適用範囲が広がったことや、近年の厳しい社会情勢で心を病む人が増えていることなどから、注目が高まってきました。心理療法の種類と具体的な手法を専門家に伺います。(聞き手:山崎淑行ニュースデスク、打越裕樹キャスター、結野亜希キャスター)

【出演者】
市井:市井雅哉さん(兵庫教育大学 発達心理臨床研究センター教授、臨床心理士、公認心理師)

1対1でことばを介して行う治療

――そもそも「心理療法」とはどういうものでしょうか。

市井:
1対1で、カウンセラー・心理士とご本人とのあいだで「ことば」を介して行うのが基本になります。ご本人が心の病と診断されたとき、治療していく柱としては「薬物療法」と「心理療法」の2つがあるわけですけれども、薬物療法と並行して心理療法を行う場合や、心理療法のみを選んで行う場合があります。

心理療法を行うのは、精神科医、それから、病院以外の施設でもカウンセラーや心理士と呼ばれる人が行うこともありますが、「公認心理師」や「臨床心理士」という資格を持った人が行うのが望ましいと考えています。

――私もこの分野を取材した経験があるのですが、患者さんから「薬物は処方してもらうんだけれども、結局心の根本的なところの悩みが解決しなかった」というような声もときどき聞きます。このあたり、現状をどう見ていらっしゃいますか。

市井:
そうですね。うつの気分を持ち上げる抗うつ剤、眠れないときの睡眠導入薬であるとか、薬も効果はあると思います。ただ、薬物療法はあくまでも対症療法にすぎない面もあります。そういう意味では、過去のトラウマであるとか問題を解決したいというような場合には、薬物療法よりも心理療法が役に立つと思います。

心理療法を受けるための診断と費用

――心理療法を受けるには、まず何の病気か診断してもらう必要があるのか、それから、保険適用になるのかどうかについて教えてください。

市井:
診断が下りていなくても、カウンセリングルームなどで心理療法を受けることができる場合があります。

保険適用になるのは、特定の病気と診断されて、かつ特定の条件に該当する場合に限られるわけです。そういう意味では、多くの場合が保険適用外ということになります。

――料金は例えばどんな感じになりますか。

市井:
50分~1時間くらいが基本で、数千円~1万円ちょっとというのが相場ではないかと思います。心理療法にはさまざまな種類がありまして、その種類によって、必要回数や費用などが異なることがあります。

考え方のクセを調整する「認知行動療法」

――たくさんある心理療法の中から、近年注目されている3種類を紹介していただきます。まず、「認知行動療法」とはどういうものでしょうか。

市井:
認知というのは、考え方のクセのようなものです。極端な考え方をしてしまう、例えばゼロか100か、失敗か成功か、100でなければ失敗であるという完璧主義みたいな考え方であるとか、相手の表情を見て「私のことを嫌っているんじゃないだろうか」と相手の心を読むかのような、読心術のような反応をしてしまう。このような認知のクセ、考え方のクセ、ゆがみを、心理士・カウンセラーとともに検討して調整していきます。それが認知行動療法です。

――どんな方に有効ですか。

市井:
「うつ病」「パニック障害」「過食症」、それから「社交不安障害」という対人的に不安だという病気に有効だと分かっています。

あえて触れる「エクスポージャー療法」

――続いて「エクスポージャー療法」です。

市井:
認知行動療法の1つと考えることもできますが、より行動面に焦点をあてた療法と考えるといいかと思います。エクスポージャー(exposure)というのは、日本語にすると「さらす」とか「暴露」という言葉にあたります。嫌だと思って避けている物や状況にあえて触れるのが、エクスポージャー療法です。

例えば「強迫性障害」といわれる、不潔を感じて手を洗い続けたり、それに非常に心がとらわれたり長い時間を使ってしまうという、大変苦しい病気があります。エクスポージャー療法では、例えば不潔だと思っている物を触ってもらう。そして洗いたい衝動に耐えて、カウンセラーが励ましつつ我慢してもらう。そうすると、ある一定時間のなかで段々とその衝動が弱まっていきます。そういう経験を繰り返して、不潔だと思っている物と共存できる状態を作っていくわけです。

――エクスポージャー療法は他の病気にも有効ですか。

市井:
「パニック障害」「社交不安障害」「PTSD/心的外傷後ストレス障害」などに有効です。PTSDの場合も、事件や事故のことをしっかり語ってもらって、あえて被害を受けた場所に近づくことを考えてもらったり、実際に行ってもらったりします。ちょっとしんどそうな治療……と感じられるかもしれませんけれど、効果が高いことは分かっています。

記憶の再処理を行う「EMDR療法」

――続いては、アルファベット4文字で「EMDR療法」というのがあるんですね。どういう療法ですか。

市井:
EMDRというのは、日本語にすると「眼球運動を使って記憶の再処理を行う」という意味の英語です。

そもそも、人間が情報を適切に処理する力を持っていることが前提にあります。われわれは嫌なことを経験しても、段々と自分の心の中のどこかへ落とし込んでいくことが、基本はできるわけですね。ところがトラウマに関してはそれが滞ってしまいます。それをもう一度、処理の過程に載せる。それが「再処理」なんです。

トラウマとなっている出来事の場面を考えてもらいながら、ご本人の前で指を左右に水平に振っていくんです。それを追いかけて目を左右に動かしてもらうんですけれども、眼球運動が脳を活性化して、よい記憶との連想が起こります。

ちょっと例を出しますと、交通事故の衝突の場面がいつまでもフラッシュバックするような人が、周囲の優しさや、他の苦しい状況を乗り越えた記憶を思い出したりして、「今回も乗り越えられるな。そういう力を自分は持っているな」と、そんなふうに感じられるようになったりするわけです。

――EMDR療法は、どういった症状や病気に効くと言われていますか。

市井:
もっとも効果があるのは「PTSD」です。それ以外にも、最近は「うつ病」や「パニック障害」への効果も証明されてきています。PTSDに関して言うと、つらい経験を語る負担が少ないことや、心理療法に通う回数が少なくて済む利点があります。WHOが2013年に推奨して以来、非常に注目されている療法です。

――さまざまな種類がある中でどの心理療法を受けるか、自分で選ぶこともできますか。

市井:
1つの医療機関にさまざまな心理士がいて、さまざまな方法が得意というかたちになっているのがベストかもしれませんけれども、なかなかそうなっていないのが現実です。1人のカウンセラーがどの方法も適切に使えるかというのも、なかなか難しい面があります。

医療機関やカウンセリング施設のホームページ等に、いろいろな技法の説明が載っていると思いますので、「この方法を受けたい」ということで、選ぶことができるのではないかと思います。

ありありとヒーローになりきってみる

――番組に寄せられた質問にお答えいただきました。

「勝ち組・負け組が言われ始めたから、心の病が増えていった感じがします」(SNS)

――きょうは専門的な心理療法の話をしていただいたんですが、現代社会、病気というほどではないけれど、「息苦しいな」「心が重いな」ということが多くあると思うんです。そうした人に対して、何かいいやりかたはありますか。

市井:
元気が出るというか、勇気だったりやる気だったり、そういうものを引き出すときには、ご自身の成功体験とか周りに支えられた体験なんかを思い出すのがいいですね。その場合、ただ懐かしんで「あぁ、あのときはよかったな」という感覚だと、なかなか本当の勇気につながりません。タイムスリップしたかのようにそのときに戻って、本当にそのときのありさまをありありと感じてみるのがよいと思います。

あとは、お手本になるような、例えばスポーツ選手であるとか映画のヒーローであるとか、そういう人たちからエネルギーをもらうというのも、やりかたとしてはあります。この場合も遠くから眺めるのではなくて、その人になりきるくらいの距離感で、ありありと感じるのが大事です。

――過去の成功体験などをより具体的にイメージしたり、自分のヒーロー、例えば大谷翔平選手のように自分がさも投げたり打ったりしているのをイメージして肯定感を高める、そういうやりかたですか。

市井:
そうですね。五感を使ってしっかり感じてみるのが大事だと思います。

「かなり前の話ですが、カウンセリングが1回7,000円~8,000円と言われ、利用を断念した覚えがあります。病気で収入と貯蓄が減っているのに、効果が分からないカウンセリングに高いお金は出せないですよ」(SNS)

――料金が心配な人は、どうすればいいでしょうか。

市井:
病気によっては保険が利く場合がありますので、医療機関に尋ねて保険の範囲でやってもらえるかを調べるのが1つ。

それから、先ほどEMDR療法を紹介しましたけれども、比較的回数が少なくて済む心理療法もありますので、そういうのであれば金銭的には少し楽かもしれません。

あとは大学によっては、臨床心理士や公認心理師を養成するために、大学院生が地域の方の相談にのることがあります。そういう中では比較的安価でカウンセリングが受けられる場合もあります。


【放送】
2023/11/08 「NHKジャーナル」

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