声を出せるだけでも人間の体の構造ってすごい! その感動をみんなと分かち合いたくて

24/02/12まで

眠れない貴女へ

放送日:2024/02/04

#インタビュー#学び#絵本

音声学者の川原繁人(かわはらしげと)さんに、そもそも言語学に出会ったきっかけ、留学したアメリカで刺激を受け、中でも音声学に興味をもったこと、人が声を出すためにさまざまな筋肉を使っているという人間のからだの不思議を知り、そのすばらしさに感動してさらに研究を深めたいと考えていること、さらにはゴスペラーズの北山陽一さんと声の不思議について意気投合し、共同で絵本を制作したことなど、興味深いお話を伺いました。

【出演者】
川原:川原繁人さん(ゲスト)
和田:和田明日香さん(ご案内)

川原繁人さん

【川原繁人さんのプロフィール】
慶應義塾大学言語文化研究所教授。2000年、カリフォルニア大学へ交換留学のため渡米。1年間の留学生活を通してアメリカの大学の言語学研究に触れ刺激を受け、2002年に大学院進学のため再渡米。2007年マサチューセッツ大学より博士号(言語学)授与。ジョージア大学、ラトガーズ大学にて教べんをとった後、現職。音声学をわかりやすく解説する著書も多数執筆。『音とことばのふしぎな世界』『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか? 言語学者、小学生の質問に本気で答える』『言語学的ラップの世界』など。そして今年1月にはゴスペラーズの北山陽一さんと制作した絵本『うたうからだのふしぎ』を出版。

音声学はからだの仕組みを知るところから

和田明日香さん

和田:
まずは、川原さんが「言葉」というものに興味をもったきっかけから伺いました。

川原:
一番最初はですね、単純に英語に興味を持ったんですね。英語を勉強したいっていうふうに思って、いろいろ自分なりに勉強してたんですが、そのうちその英語をちゃんと理解するためには、日本語を理解しなきゃいけないなっていうふうに思うようになって。日本語と英語の比較、どこが一緒でどこが違うんだろうっていうことに興味が湧いてきて、そうすると、言葉って何だろう? 言語って何だろう? っていう、もうちょっと抽象的な疑問に興味が移ってきまして、それで言語学という分野を真剣に勉強することになりました。
大学3年生の時にアメリカのカリフォルニア大学というところに交換留学に行ったんですね。そこが言語学の学部教育では非常に充実したプログラムを持ったところで、そこでいろいろなクラスを履修しているうちに、音についての学問が非常におもしろいなというふうに思って、交換留学が終わる頃にはもう音の勉強のためにアメリカの大学に進学しようというふうに決心してましたね。

言葉の学問っていうと、文系的なイメージを持つ方も多いかと思うんですけれども、アメリカではしっかりとですね、例えば生理学、生理学っていうのは、口の中にどのような筋肉があって、どのような筋肉がどう収縮すると、どういう音が出るとか、肺を動かしているのはどういう筋肉だっていうような、生物学医学に近いような授業もありましたし。あとは音響学ですね。音響学っていうのは、私たちの言葉って空気を振動させて、その空気の振動が聞いている人の耳に届いて、それを理解するわけですけども、じゃあその振動をどうやって捉えるかっていうのを、物理学の手法を使って分析するんですけれども、そういうのを勉強しましたし。
あとは知覚で言うと耳の中の構造ですね。耳の中には実はテコのようなものが入っていて、耳に入ってきた音の大きさを20倍以上に増幅させる装置が我々の耳の中に備わっているんですよ。外の世の中で鳴っている音の20倍以上の音を我々は聞いているっていうような授業を受けてですね。人間の体ってなんてすばらしいだろうっていう感動から、音についてもっともっと知りたいし、自分でも研究してみたいなっていうふうに思うようになりました。

和田:
言語学、それから生理学、音響学、物理学…うーん、難しいのかなと思ったんですけど、でもなんかこう自分の体のことというかね、この体の中で起きていることなんだなっていう感じで、そう言われたらちょっと話を聞いてみよう(笑)みたいな気持ちになりますね。

私たちの「声」はどうやって出ている?

和田:
川原さんが音声学を研究する理由のひとつとして、人間について深く知りたい、すなわち自分についてより深く知りたいという思いがあるそうですが、川原さんが研究されている音声学とはどんなものなのでしょうか。

川原:
私たち「話す」っていうことが当たり前のことじゃないですか。物心ついた頃からしゃべれるようになっているので、声を出すということが当たり前に感じられてしまうんですけども、その仕組みをしっかり考えてみると、実は全然当たり前じゃない、っていうことが研究を通じてわかってくるんですね。例えば、声はどこから始まるかっていうのを考えると、多くの人は「声はのどで出す」っていうふうに思っていると思うんですが、やっぱり肺が大事なんですよね。肺から出てきた空気がのどの奥に入っている声帯を震わせることで、我々は声を作っているんですね。

声帯っていうのは、喉頭(こうとう)っていう器官の中に入ってるんですね。喉頭って簡単に言えば、のどぼとけを触るとふれる箱のようなものが喉頭で、この中に声帯っていうものが入っています。で声帯って左右に一枚ずつ付いていて、声帯が近づくと振動するんですね。だけど例えば「スー」とか「パパパ」とか、サ行、タ行、カ行、パ行を発音する時っていうのは、声帯を開かなきゃいけないんですね。だから我々はもちろんその声帯を閉じる筋肉も持ってるし、声帯を開く筋肉も持っている。しかも声の高さを変えるのも声帯の仕事なんですね。基本的に声帯を引っ張って伸ばすと高い声が出ます。というふうに我々がこういろいろな音を出せること、そして音程を変えられることっていうのも声帯のおかげで、その仕組みを詳しく知っていくだけでも、またやっぱり驚いてしまう。

この間の授業の時なんですけど、この声帯の仕組みをしっかり授業で教える時に、紙で模型を作ってみるっていう実習をやるんですけども、そこで学生が「こんな複雑な模型、私作れません」っていうふうに文句を言ってきたんですね(笑)。だけど、君はその紙で作れない模型というものを既にあなたの体の中に持っているし、まさに私に「作れません」って文句を言っている瞬間、その器官は動いているんだよ! っていうことを伝えたら「おー!」というふうに感動してましたけれども。でも本当にそういうことだと思うんですよね。模型すら作るのが難しい器官が私たちののどの中に入っていて、それによって声を出せるんだよっていうことのすばらしさっていうのは、音声学を研究する魅力の一つになってますね。

和田:
おもしろいですね。まさに今この瞬間も本当に無意識に当たり前にしている言葉を発するっていうこと、私たちが声を出すっていうこと、そのために自分の体の中では一体何が起こっているのか、実は知らないどころか私は考えたこともなかったです。その模型を作るのが難しいぐらい複雑な体の仕組み、体に取り込まれた空気が声や歌になるまでっていうのをとってもわかりやすく解説した川原さんの絵本『うたうからだのふしぎ』が先月出版されました。まんがを担当されている牧村久実さんの絵もすごくかわいくて、子供はもちろんなんですけど、大人もね、先入観なしに体の仕組みを学んでいけるようなとっても読みやすい内容になっています。筋肉の名前とかたくさん出てきて一つ一つ見ると難しいんですけど、でも本当に絵でわかりやすくしてくださっているので、ぜひ見てみてほしいなと思います。

ゴスペラーズ北山さんと絵本を制作

和田:
絵本『うたうからだのふしぎ』は、川原さんとゴスペラーズの北山陽一さんで制作されました。北山さんは慶應義塾大学の大学院生として川原さんの授業を受けていらっしゃるそうです。そんな出会いから北山さんと絵本の制作に至ったその思いを伺いました。

川原:
こういう研究、教育をしている中で、ゴスペラーズの北山陽一さんと出会いまして。簡単に言えば意気投合したんですけれども。私は子どもがいる身として、子どもたちにその肺が動いて声帯が振動して口を動かして話せるっていうことはすごいことなんだよっていうのを伝えたいっていう思いがあったんですね。で、北山さんは北山さんで、声のプロたち、歌手とかアナウンサーとか演技をする人たちが、自分の体がどう動いているかを知らないでレッスンを受けて辛い思いをしている人がいるっていう経験をしていらして、たぶんご自身もそうだったんだと思うんですけれども。そういう科学的な、肺の動き、声帯の動き、口の動きっていうのを理解した上で歌に臨むと、全然違うんじゃないかっていうふうに賛同してくださって。大人にも子どもにもわかりやすく音を出す仕組みを知ってもらうためにはどうしたらいいんだろうっていうことで、絵本を一緒に出版することになりました。

学問をやっていて、この学問がどういうふうに役に立つんだろうなっていう思いはずっとしてきたんですね。もちろん人からもよく聞かれます。言葉の研究してて何の役に立つの? って。特に日本語を研究してますって言うと、日本語もうしゃべれるじゃない、と。日本語もうしゃべれるのにそれのしゃべる仕組みを研究するってどういうことなの? っていうふうに聞かれてた。
私としてはいろいろな言い訳というか、まあこういうふうに役に立つよ、英語を学ぶ時もこう客観的に知ってるといいよ、とかいうふうな、まあ正直言い訳ですね、を用意してたんですけれども。やっぱり北山さんのように、その人の声によって多くの人を感動させられる人たちが、この音声学を知ることってすごく大事なんだよって証言してくれたことによって、やっぱり自分はこの学問をやっていていいんだ、この学問をやることで音楽をやっている人、アナウンサーの人たち、演技をする人たちの役に立って、その人たちがより効率的な方法で声を出すことができるようになれば、私の学問も報われるなというふうな思いには非常になりましたね。

番組からのメッセージ

  •  ♪ 娘たちの成長過程を愛(め)でていると研究のヒントになる現象がいろいろ起きておもしろい、と言う川原さん。世界的に自己肯定感の低い若者が多いと言われるけれども、自分の体がすごい、ということを知って感動してもらえたら、それだけでも自分を大切にしたくなるのではないか、そうなることで少しでも心豊かに過ごしていける人が増えたら何よりの喜びだし、それが研究を続けることの魅力でもある、とおっしゃっていました。
  •  ♪ この番組は、らじる★らじるの聴き逃しでお楽しみいただけます!
    放送後1週間お聴きいただけますので、ぜひご利用ください。

放送を聴く
24/02/12まで

放送を聴く
24/02/12まで

  •  ♪ 番組では皆さんのおたよりをお待ちしています。
    2月のテ-マは「心にしみたひと言」です。お礼も言えないままだけれども、いつまでも心に残っている何気ないひと言など、「心にしみたひと言」にまつわるエピソ-ドをリクエスト曲とともにお寄せください。

眠れない貴女へ

NHK-FM 毎週日曜 午後11時30分

おたよりはこちらから


【放送】
2024/02/04 「眠れない貴女へ」

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます