『劇的再建 「非合理」な決断が会社を救う』山野千枝著

24/04/22まで

著者からの手紙

放送日:2024/03/24

#著者インタビュー#読書#ノンフィクション#シゴト

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『劇的再建 「非合理」な決断が会社を救う』は、事業承継の支援活動を行ってきた山野千枝(やまの・ちえ)さんが、うまくいっていない家業を継いで業績を回復させた、後継者たちの奮闘を描いたビジネス・ノンフィクションです。山野さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
山野:山野千枝さん

アトツギたちの「どうにかしなきゃ」

――山野さんは、「我ながら、ずいぶん熱量の多い本になりました」と書いています。熱量が多くなったのはなぜだとお考えになりますか。

山野:
継ぎたくもなかった会社を継いで、どうにかしなきゃいけないという状態に追い込まれたときに人間が力を発揮することがあるのは、ドラマ以上にドラマチックです。スタートアップとかゼロから立ち上げた人に注目が集まりがちだけれども、実は後を継いだ人たちが日本経済を支えてきたんじゃないかなと思うようになったんです。

それはなぜかというと、会社を立ち上げた人は会社が自分の持ちものみたいな感覚になりがちですが、後を継いだ人は預かっているみたいな感じに捉えている方が多いんです。預かっているものはなくせないから、その中で生き延びていかなければならない、社会で必要とされる会社であり続けなければいけない、という思考の中から、新しい技術やサービスが生まれているとつくづく思います。それで何か「アトツギ」の世界に、ずるずると引き込まれてしまったという感じです。

――でも日本では、事業を引き継ぐ際に後継者不足が長年の課題になっていますよね。こうした状況のいちばんの原因は何だとお考えですか。

山野:
2つあります。1つは、厳しい経営環境の中で会社をなんとか存続させてきたけれども、この苦労を子どもたちにさせたくないという親側の遠慮です。もう、俺の代で終わっていい、と。もう1つは、若い世代のほうが中小企業の経営者になることに夢や希望をあまり持てない。この2つが相まって、今の後継者不在問題が起こっているんじゃないかと思います。若い世代に、親がやっている仕事をそのまま引き継ぐことが事業承継だと思い込んでいる人が圧倒的に多いというのが、最大の課題だと思っています。

未来を描いて共感する人を仲間に

――本に取り上げられている、「うまくいっていない家業を継いで、業績を回復させた後継者たち」についてうかがいます。まず、廃業寸前の家業を継いだミツフジ株式会社の三寺歩さんです。三寺さんはもともと会社が持っていた “世界最強の糸”の銀メッキ繊維で、ウエアラブル市場、つまり身につけて使う情報機器の市場に参入して、世界最大手規模のテクノロジー関連企業と協業するまでになり、医療機器にも事業を拡大させています。三寺さんは“熱い男”とお見受けしましたが、成功の秘けつはどこにあったんでしょうか。

山野:
三寺さんは、家業を継ぐ気がなくてパナソニックに就職して、そのあと六本木の外資系IT企業で高給取りのサラリーマンをして順風満帆な生活を送っていたんですが、ある日突然、お父さんから2000万円貸してくれという電話が入り、そこから家業を継ぐ決断をしていきます。

事業の再建中にもかかわらず、福島県に東京ドームの半分くらいの大きさの縫製工場を立ち上げたり、名だたる世界企業に、臆せず交渉で道場破りをしたり、最初はハッタリ半分かもしれないんですけど、そのハッタリをうそじゃない状態に合わせてくるんです。できるかできないかわからないから夢を語らない、ということを、三寺さんはしないんです。できるかできないかわからないけど実現したいので、ここで堂々と未来を語ります、ということをされている。そうして彼が描く未来に共感する人たちを仲間にしていくという、それは彼の経営センスそのものだなと思います。

社員を信頼。強い組織で業績回復

――山野さんが、全国のアトツギに手本にしてほしい経営者だと紹介するのが、木村石鹸工業の木村祥一郎さんです。木村さんは大学在学中にITベンチャーを起業し、副社長として社員が150人を超える企業を経営していましたが、2度の家族以外の事業承継に失敗した父に懇願されて家業を継ぐことになりました。木村さんは、他社ではやらない非効率な製法で作るせっけんブランドを立ち上げて成功に導いています。ユニークな経営手法をとっているように見えますね。

山野:
木村石鹸さんは組織づくりが非常に上手な会社で、家族的なんですよね。会社にうかがうと、学園祭みたいな感じで皆さんで新しい商品を開発されている。会社の決済処理というと、ちょっと何か買うにしてもハンコをたくさん押さなきゃいけないみたいなことがあると思うんですが、そういうのも撤廃していますし、給料も自己申告制なんです。社員を信頼しているからこそできる制度がたくさんあるんです。そういう意味でいうと木村さんの場合は、組織を強くすることによって結果的に業績を回復した事例だと思います。

本業のその先へ。地続きの多角化

――続いては、電車や航空部品など巨大なものを運ぶ大型物流を手がける、アチハの4代目社長・阿知波孝明さんです。阿知波さんは民事再生も不能なくらいの経営状況だった会社を引き継いで、「会社が潰れそうなときに、そんな小さい仕事を請けてどうするんだ」と役員から非難された仕事を請け、そこから業績を回復させたそうです。阿知波さんのどんな考え方が会社を救ったとお考えですか。

山野:
アチハさんは、大きなものをA地点からB地点まで運ぶという仕事をしているんですけれども、いわゆる「地続きの多角化」というものをされています。本業のその先には、例えば施工があったり貿易があったりするんですが、なぜ、自分たちは運ぶだけで終わっているんだろう、その仕事を、どうしてしてはいけないんだろうと考えるんです。

阿知波さんは嗅覚といいますか商売に対する勘みたいなものがあって、それを実際に行動に移すところがいちばんすごいところだと思います。例えば納品して終わりなのに、納品したところにいた人たちに、なぜ僕たちはその仕事に混ぜてもらえないのか、みたいなことを聞きにいったりする。そういう“空気の読まなさ”といいますか、それも阿知波さんらしいところかなと思ったりします。どうやったら自分たちができるんだろうと考えて、やってみるところまで行動を起こしてしまう強さがあると思います。

電卓をたたいても合わなかった決断が

――山野さんはあとがきで、事業承継を支援してきたご自身の活動を振り返りながら、どうして自分がそこまでアトツギにこだわるのかと自問自答しています。そこでたどり着いたのが、本に繰り返し出てくる「非合理」ということなんでしょうか。

山野:
私が知る限り、多くのアトツギは電卓をたたいても合わない選択をして家業を継いでいるんです。これからの時代、中小企業の経営者になるのは本当に大変なことなので、特権だと思って継いでいる人に私は会ったことがないんです。かといって、非合理だった決断が長い目で見ると合理になっていくんじゃないかということを、この本に登場している経営者の皆さんの営みを見て確信しているところもあります。彼らが時間をかけて合理にしていった会社の強さは、一朝一夕に他者がまねられるものではないので、結果的に合理になっているというふうに思っています。

拡大とか成長みたいなことがどうしても優先される社会になっていて、一時的な損得で決断をすることが多いと思うんですけれども、彼らのように、わざわざ非合理な、電卓をたたいて合わないような決断をしていながらも、時間をかけて結果的に会社の業績なりにつなげている姿は、これからの時代を生きていくうえで、実はすごく大事な考え方じゃないかなと思っています。

――世界的に見て、同族が会社を承継していく例は日本にかなり多いそうですね。

山野:
そうですね。その特徴的なものの1つが、規模が大きくないことです。長く続く会社のほとんどが、規模の拡大より存続を優先してきて、規模が小さい。小さくて強い会社がたくさんある状態が日本の強さだと思っているので、今、すぐM&Aとかの流れができているんですけれども、もう一度、存続って何なのか、持続性って何なのか、いちばん存続してくれるのは誰なのか、そういうことを社会が考えて、社会全体でそういう人に会社を託していく。そういう世界になったらいいなと思います。

――『劇的再建』の著者、山野千枝さんにお話をうかがいました。山野さん、ありがとうございました。

山野:
ありがとうございました。


【放送】
2024/03/24 「マイあさ!」

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