『八秒で跳べ』坪田侑也著

24/04/15まで

著者からの手紙

放送日:2024/03/17

#著者インタビュー#読書#文学

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『八秒で跳べ』は、バレーボールに打ち込む男子高校生と漫画家志望の女子高校生の成長を描いた青春小説です。著者の坪田侑也(つぼた・ゆうや)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
坪田:坪田侑也さん

小説だけのかっこよさを求めて

――坪田さんは2002年生まれの21歳。現在、慶應義塾大学医学部に在学中です。まず、坪田さんが小説を書く原動力は何でしょうか。

坪田:
僕は小学校2年生のときに、児童文学作家の、はやみねかおるさんの児童ミステリーを読んで、小説ってすごくおもしろいな、すごいなという感覚を天啓のように受けました。それから小学校で書き始めたりして、ずっと小学生のころと変わらずに、小説だけのかっこよさを求めて書いています。
僕は、映画だったりドラマだったり漫画だったりユーチューブだったり、他のエンタメも好きなんですけど、何か小説だけのかっこよさみたいなものがあるという気はしていて、それは書きながらも追い求めています。いいシーンやいい文章が書けたときに、「おっ、この小説、かっこよくなったぞ」と思ったり、かつ、僕だけに書けるんじゃないかというふうに思ってしまう瞬間、それがかなり自分にとってうれしい瞬間です。

――それが原動力ということは、ふだんの医学部の勉強などのプレッシャーをはねのけるほどの力を持っているということですか。

坪田:
そうですね。その瞬間は非常に幸せな気分になります。

――中学生のときに夏休みの課題で書いた小説が、作家デビューにつながっているでしょう? ものすごいことですよね。

坪田:
そこは本当にいろいろな縁と運がつながって、なんとか受賞にこぎつけたかなという感じです。

いわゆるど根性物語ではありません

――『八秒で跳べ』は、高校の男子バレーボール部を題材にしていますが、坪田さんも中学・高校とバレーボール部に所属していたそうですね。高校のバレーボール部を描くことで、どんなことが表現できると考えましたか。

坪田:
バレーボールをやっていた身として、僕は悩んだり苦しんだりすることがかなり多くあったので、これはいつか小説にできるなと、中学生のころからずっと思っていました。特に高校の部活だと、将来のこととかを考えなければいけない時期ということもあるし、その反面、野球でいえば甲子園だったり、バレーボールでいえば春高(春の高校バレー)みたいな、その競技におけるゴールみたいな大会があったりします。その葛藤というか、高校の部活ならではの特殊性みたいなものを小説にしたらおもしろくなるんじゃないかなと、まず思っていました。

――ご本人もそういった思いで悩んだりしたんですか。

坪田:
そうですね。いつまでバレーボールを続けようかなというふうには悩んでいました。

――物語についてうかがいます。舞台はとある地方都市です。主人公は高校2年生の男子バレーボール部員、17歳の宮下景です。景の通う高校はバレーに熱心に取り組んでいて、レギュラーの景は、練習に試合にハードな日々を送っています。でも周囲には、「つまらなそうにバレーをしている」といった印象を与えています。「なぜバレーボールをやるのか」という問いに悩み続ける景を、どんな人物として描いたんでしょうか。

坪田:
まず、好きとか嫌いとかでバレーボールを捉えていない人物を中心に据えたかったというのはあります。好きとか嫌いとかに定めてしまうと物語の方向性も固定化されてしまう感覚があって、ケガとか特徴的な女子生徒との出会いとか、そういった事件によって変化していく様は、彼みたいな曖昧な人のほうがおもしろく書けるんじゃないかなと感じたのがまず1つあります。

――「これが大好きだ!」という、スポーツど根性物語ではないということですね。

坪田:
はい。そういう作品には絶対にしたくないなという思いはありました。なので、部活に打ち込んで仲間と絆を深めて勝利に向かってまい進していくというような小説ではないかな、と。

それぞれの切っても切り離せないもの

――重要な人物として、景の隣のクラスの女子、真島綾が登場します。綾は高校1年生のときに漫画雑誌の賞をとって以来、筆が進まず悩んでいますが、何とかして次へ進もうともがいています。綾と景の悩みは対照的と言えますが、坪田さんは綾の状況をどのようにお考えですか。

坪田:
綾は僕の環境をそのまま重ねて書いているというか、僕も中学3年生のときに賞を受賞して、高校1年生のときに本を出版したんですけれども、それ以降、2年ぐらいしばらく書けない時期がありました。どうして書けないんだろう、うまく書けていたあの時期はどうしたら取り戻せるんだろうともがいたことを、綾というキャラクターに託して思いきって書いてみました。

――自分自身を投影しているんですね。

坪田:
そうですね、かなり投影されています。

――物語は、景と綾が知り合ったことで互いに生まれた気持ちの変化を描いていきます。まだ作品としては発表されていない、綾が賞をとった漫画を繰り返し読んだ景は、ラストシーンのせりふが頭から離れないと綾に告げます。このひと言で綾は救われて、景の心も波打ちます。このシーンで2人は何をつかんだとお考えですか。

坪田:
綾にとっての漫画や景にとってのバレーボールというのは、2人の中では言葉にできない、自分のすごく身近にあって取り組んできたものなんだけど、好きとか嫌いとかひと言では表せない特別なもので、それを言葉にしたのが、綾が賞をとった漫画の中にある「私にとって切っても切り離せないもの」というせりふで、その言葉に出会ったことで、綾と景は自分にとっての漫画であったりバレーボールであったりが、ふに落ちる感覚があったんじゃないかなと僕は考えています。

――2人は恋人どうしかなという感じもするんですが、そうはならないですね、この小説では。

坪田:
そうですね。2人をそのままくっつけていく小説にしてしまうのは、ちょっと安直かなというのが僕の中にはありました。そうはしないぞというのが、最初から決めていたことではありました。

――この物語は、マリオこと気さくな辻谷恭平、熱血漢の梅太郎、景の中学以来のチームメートの北村、チームのエースの遊晴、ライバル校の和泉といった、バレーボール部員たちの躍動も印象的です。こうしたサブキャラクターたちに坪田さんはどんな意識を置いたんでしょう。

坪田:
僕は今回バレーボール部を書くうえで、とにかく普通の部活を書きたいと思っていました。弱小校でもなければ強豪校でもない普通の高校、ちょっと頑張れば上を目指せるような高校を書いてみたかったんです。そういった高校の中にいる部員たちはどういうふうに部活と向き合っているかなと考えたときに、本当に勝利に貪欲に練習に打ち込む部員もいれば、面倒くさいなと思っている部員もいるし、楽しむことを一番に考えている人もいれば、いつやめようかと考えている人もいる。部活に対するそうした多様な向き合い方を書いてみたくて、そこをそれぞれのキャラクターに当てはめていきました。仲がいいグループも書きたくなくて、みんなうっすらちょっとずつ嫌い合っているような、それでもいいんじゃないかと思っているので、そうした微妙な関係性も意識して書いていました。

打ち込みつつ苦しめられた呪いが解けて

――物語は、景と綾が何か1つ乗り越えたのではないかと思わせるシーンで幕を閉じます。坪田さんは、景と綾はどんなことを乗り越えたとお考えですか。

坪田:
景と綾はどちらも打ち込むことにとらわれながら、その中の“呪い”みたいな部分にもかなり苦しめられていた2人だと思うんです。そうした中で2人は、バレーボールや漫画が自分にとってどういう存在なのかをはっきり理解することができたんじゃないかなというふうに思います。

――坪田さんが、この小説を書いて得たものというと何になりますか。

坪田:
得たもの……うーん、自信と技術かもしれないです。

――そうですか! じゃあ、坪田さんも乗り越えたんじゃないですか。

坪田:
そうですね、僕自身も、この登場人物たちと同じように乗り越えたのかもしれません。今後、小説家としていろいろな作品を書いていく中で、あまりこういう作品をたくさんは書かないだろうなとは思っています。でも、こういう作品をこんなふうに自分は書くことができるんだなという、ある種の“やってやったぞ感”というか、それはちょっとあります。

――坪田さんはこの小説を、読者の方にどういうふうに読んでもらいたいですか。

坪田:
まずはやはり、高校時代の生活であったり部活であったりをリアルに書いているので、そのあたりをみずみずしく感じ取ってもらえたらなと思います。また景や綾のように、実際に何か自分が打ち込むことに悩んでいる高校生や中学生に読んでもらって、あしたに向かって一歩踏み出せるような、あしたは何か気持ちがちょっとラクになるような、そんなふうな小説として読んでくれるとうれしいなと思います。

――坪田さんは今、医学部にいらっしゃいますよね。将来に向けて相当勉強が大変だと思うのですが、小説を書こうと思われる時間は取れるんですか。

坪田:
なんとか捻出して取っているような感じではあります。

――ストレスはたまらないわけですか。楽しいんですか。

坪田:
楽しいというか、小説は自分にとってはそれこそ切っても切り離せないものなので、楽しいとかでもなくて自然な頭の回路として考えてしまうところもあります。この作品を書いていたのは大学1年生のころなんですけど、ようやく自信の持てる作品がかたちになったなというふうに思いました。解放感にあふれて、ちょっと走っちゃったりなんかして。

――あぁ、そう! 走っちゃった(笑)。それは青春だね。

坪田:
はい(笑)。

――『八秒で跳べ』の作者、坪田侑也さんにお話をうかがいました。坪田さん、ありがとうございました。

坪田:
ありがとうございました。


【放送】
2024/03/17 「マイあさ!」

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