直木賞受賞! 河﨑秋子著『ともぐい』

24/03/18まで

著者からの手紙

放送日:2024/02/18

#著者インタビュー#読書#直木賞#どうぶつ#明治

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第170回直木賞受賞作『ともぐい』は、明治時代の北海道を舞台に、熊に全身全霊で挑む猟師の生きざまを描いた物語です。著者の河﨑秋子(かわさき・あきこ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
河﨑:河﨑秋子さん

変化を嫌い山中でひとり獣を追う猟師

――河﨑さん、直木賞受賞、おめでとうございます。

河﨑:
ありがとうございます。

――河﨑さんは、この『ともぐい』を14年前に一度、書き上げていたそうですが、改めてこの物語に挑もうと思ったのはなぜだったんですか。

河﨑:
14年前に一度書いたのは、もともとは文学賞に投稿しようと思って書いたものだったんです。それは学生時代からすごく久しぶりに書いた小説で、やる気はあふれているけれども文章や技巧が全く追いついていなかった状態で、結果はとにかく残念なことになっていたんです。そのあと、違うかたちでもの書きとしてデビューさせていただきまして、その上で、出版社さんから「書き直してみませんか」というお声がけをいただいて、私自身も、文章的には稚拙な昔のものを、今、少しは上達したかなと思えるような文章で、さらに熱を込めて書き上げてみたいなと思いました。

――描写についても、相当突き詰められましたか。

河﨑:
私は熊と闘った経験はないんですけれども、実際に闘ったという猟師さんが文章にして残されたものですとか、実際の熊の被害などを参考にして書きました。

――作品についてうかがいます。舞台は明治時代後期の北海道。主人公は山の中で獣を追う猟師、名前は熊爪です。熊爪は街での便利な生活とは一線を引いて、厳しい環境の山の中での生活にこだわりながら、熊の狩りに身を捧げています。熊爪の人物像を描くうえで心がけたのは、どんなことだったんですか。

河﨑:
まず一つには、山の中でひとりで生きていけるフィジカルを持っている人間が他の者とコミットできないという前提で、いったい何を考えるかを逆算的に考えていくと、ちょっと寂しい、頭の中ではいろいろ考えるんだけれども他人とのコミュニケーションがうまくいかない、もしくは迎合するつもりも全くないという、そういった人物像ができあがりました。

――ふだんは山の中で暮らしながら、とれた獣の毛皮などを持って街のほうにたまに売りに行く。そのときにも、会話を交わすことはあまりないんですね。

河﨑:
そうですね。なるべく構ってもらいたくないし、ディスコミュニケーションが基本の人間を書きました。

――熊爪の人物像について、近代化を拒否している、という声もあるようですけれども、それはどう感じられますか。

河﨑:
近代化する、つまり、今の状態でとりあえずあるものを変化させることの意味がわからない。「近代化=プラス」だとも思わないし、むしろ変化すること自体が面倒くさい、という。

熊どうしの闘いに出る幕なしの絶望

――物語の一つ目の山場は、熊爪と、冬眠をしない「穴持たず」と呼ばれる熊が対じする場面です。熊爪は、阿寒湖の辺りからやってきた穴持たずが、熊爪の山に「自分の縄張りだ」とマーキングをしていることに、「なめくさって」と腹を立て、穴持たずに挑みます。ただ結果的に、穴持たずと別の若い赤毛の熊が格闘しているところに出くわして銃で応戦することになり、熊の争いに巻き込まれるようなかたちで大けがをしてしまいます。このシーンを描くうえで意識したのはどんなことだったんですか。

河﨑:
流れとしましては、熊爪自身は、自己認識が熊と近いようなテリトリー意識を持っていると規定して書きましたので、外部から入り込んで好き勝手をやろうとする熊に対しては縄張り意識から腹が立つし、かといって、よそから来た穴持たずに対して、山の中で正当に生きている本物の熊が闘いを始めてしまうと、「自分は出る幕ではないのだな」という、そういった絶望を書きたいなと思いました。本来であれば穴持たずと闘いたかったところを、結局自分はかやのそとに置かれてしまって、しかもけがをしてしまう。「自分は結局人間でしかないのか……」という葛藤を、主人公に持たせたかったというのはあります。

――この辺りの対決シーンも、非常にリアルに書いていらっしゃいます。私も北海道に勤務していたことがあって、熊に対して、音であるとかにおいであるとか、ものすごく敏感に感じるようになるんですよ。この本を読んでいると、そのことをすごく感じます。

河﨑:
そうですね。読んでいて、実際に熊のにおいをかいだわけではないのにかいだような気になる、そういったかたちで文章が読んだ人に作用できるのであれば、願ったりかなったり、本望ですね。

――読んでいて、後ろのほうから熊がふっと来ているんじゃないかとか、そういう感じになるシーンがいくつもありました。

河﨑:
そう感じていただけるように書きました。

オーバーキル。勝って覚えた後悔と喪失感

――二つ目の山場が、穴持たずを倒した若い赤毛の熊と、熊爪が対決する場面です。熊爪は赤毛と死闘を繰り広げて高揚感を得ますが、結果、後悔します。この闘いの中での熊爪の心の動きを、読者はどう受け止めればいいでしょうか。

河﨑:
基本的には、読んだ人の感想とか感性にお任せしたいところではあるんです。作者の意図というのはあくまで物語の一翻案として聞いていただきたいんですけれども、私としましては、熊爪が対決する赤毛をオーバーキルしてしまった状態として書いています。

――オーバーキル?

河﨑:
つまり、本来熊に殺されるくらいの気持ちで闘いに挑んでいったところが、勝ってしまったことによって、ものすごく喪失感を感じる。勝ちたいんだけれども負けてほしくはなかった、というような。

――ほう……。どういったところから、熊爪はそういう気持ちになるんでしょう。

河﨑:
自分が「熊とイコールでありたい」という願望が、ベースにあったものとして書いています。ところが実際は勝ってしまった、きちんと殺せてしまったというのが、ある種の絶望かなと思っています。

――そういう気持ち、ふだん私たちはどういったところで感じるんでしょう。

河﨑:
どうなんでしょうね。熊と一対一で闘えば感じるのかどうか(笑)、ちょっと私もわからないんですけれども、仮に物語の世界で、こういう立場で生きてきた人間がこの状況になったらというのを、なるべく言葉を尽くして描写したつもりではあります。

熊を超えてあらわになった本能の末に

――赤毛との死闘を終えた熊爪は、以前から見知っていた街の資産家の屋敷で働く少女、陽子(はるこ)を、「もらう」と言って山の小屋に連れて行って一緒に生活を始めます。これまで他者を受け入れなかった熊爪の新しい生活を、物語の中のどんな位置づけとして描かれたんですか。

河﨑:
赤毛に勝ってしまったことで、人間でありつつも熊を超えてしまった、熊をオーバーしてしまった存在として、そうなると自分がどう行動するのかを客観視できなくなっている状態を書きたいと思っていました。そうなると本能がどうしてもむき出しになりますし、つがうことを考え始めるし、ただし人間の伴侶を求めるというのはコミュニケーションが大事になりますから、それが根本的に軸がずれている状態で、その結果として、強奪したのに近いかたちになったかなと思います。

――物語の結末では、熊爪が山での生活と決別して陽子とともに生きる道を見いだした……かと思いきや、驚きの展開が待っています。河﨑さんはなぜ熊爪に、「ともぐい」というタイトルを想起させるような運命を背負わせたんですか。

河﨑:
他人と一緒に生きて、客観的に見れば幸せに生きながらえるというのは、物語中の主人公のどの段階でも、それは幸せではないだろうなという意識がありました。なので、こういった結末になりました。あとは陽子のキャラクターの強さと言いますか、熊爪ではない登場人物の欲望なり本能なりというものを突き詰めて考えてみると、お互いこういう結果が一番よかろう、と。大きな意味で、読んだ人なりの「これが“ともぐい”か」というご感想を、それぞれ持っていただければうれしいなと思います。

――その発想は、例えば世の中の動きであるとかが影響したことはありますか。

河﨑:
いいえ。むしろ世の中の動きから、いかに距離を置いたところで物語を考えて突き詰めるかというところがあったかと思います。なるべく現代の、今の令和の価値観だとかが、通用しない世界を突き詰めたところはあります。

――それはなぜですか。

河﨑:
結構、暴力とか書いてしまっているんですけれども、人間の本質はどういうものかを考えたときに、なるべく今の価値観とかをおいたほうが、ノイズが入らないで物語が作れるといったところはあるかと思います。

――『ともぐい』を書くにあたっていろいろなイメージをされたと思いますけれども、河﨑さんの頭の中にはどういう風景がずっとあったんでしょう。

河﨑:
季節的に冬のシーンが多いですので、ナラですとか広葉樹の葉っぱが落ちた裸の木が、山の中で雪に埋もれているようなイメージですね。その中を、人間のことわりから少し外れた男が、犬一匹だけ連れて歩いているような、そんなイメージで書いています。

――『ともぐい』の著者、河﨑秋子さんにお話をうかがいました。河﨑さん、ありがとうございました。

河﨑:
ありがとうございました。


【放送】
2024/02/18 「マイあさ!」

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