芥川賞受賞! 『東京都同情塔』九段理江著

24/03/12まで

著者からの手紙

放送日:2024/02/11

#著者インタビュー#読書#芥川賞

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第170回芥川賞受賞作『東京都同情塔』は、実際とは別の国立競技場が建つ東京を舞台に、犯罪者を収容するための高層タワーについての見解の相違を描く物語です。著者の九段理江(くだん・りえ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
九段:九段理江さん

バラバラの言葉をしゃべる4.5人

――九段さん、芥川賞受賞、おめでとうございます。

九段:
ありがとうございます。

――九段さんは『東京都同情塔』について、「ぐらぐらしている小説。今にも崩壊してしまいそうな危うさ、不安定な部分が、この小説の魅力ではないか」とおっしゃっています。どういう思いからこういうふうに発言なさったんですか。

九段:
この小説は、登場人物が主に4人……4.5人ぐらい出てくるんですけど、それぞれしゃべる言葉がバラバラで、本当に通じ合えているのかなというものなんです。ですから一貫した1つの話として受け取ってもらえるだろうかという不安を抱えながら、バラバラの言葉をなんとか小説にまとめたのか、まとめられていないのか、そういう思いから発言いたしました。

――バラバラにしたいと思った理由は、なんだったんですか。

九段:
それぞれの言葉でしゃべって通じ合わなくなっている今の人たちの抱えている言語的状況、言語的な混乱を描きたかったからです。

――物語の舞台は、オリンピックに向けてザハ・ハディドの設計による新しい国立競技場が建設された架空の東京です。まず、この舞台設定の着想について教えてください。

九段:
今は隈研吾さんが設計した国立競技場が建っていますが、架空の東京では、ザハ・ハディドさんの案が採用されたことによって、ザハさんの建築から人々の意識や思想が変容していって全然違う世の中の価値観になって、全然違う姿で、私たちが東京を見ているという世界を描きたかったので、こういった設定にいたしました。

――史実とすれば、当時、ザハさんのアイデアは近未来的な建物だったんですけれども、建設に非常にお金がかかるのではないかということによって、結果的にその案は採用にはなりませんでしたね。

九段:
そうですね。

美しい建物を作りたい建築家

――物語の主人公は、中年の女性建築家、牧名沙羅です。ザハ案で建てられた新しい国立競技場のかたわらに建設予定の、「シンパシータワートーキョー(東京都同情塔)」のデザインコンペに参加している彼女が、タワーのあり方に思い悩む場面から始まります。このタワーは、犯罪者は同情されるべきという観点から、彼らを収容する施設として建設されようとしていますが、こうした近未来を描いたのはなぜでしょうか。

九段:
「近未来」って、私としては、今の現実と接続していない架空のフィクションとは考えていないんです。今、私たちが感じている言葉の混乱ですとか、言葉が従来のような使われ方をしなくなって、どんどんいろいろな意味に拡大される……拡大してもいいし解釈してもいいという価値観が、まん延していると思うんです。

それはポジティブな面もあるけれどもネガティブな面もあって、そういったことをつきつめていくとこれはフィクションの話ではなくて、「犯罪者」というものが、従来の言葉どおりにはとらえきれなくなっているんじゃないかと想像しました。犯罪者というものに対して、私たちがどういう態度でいるのかもそれぞれ違うと思うので、実際に自分がどのように犯罪を見ていくかということで、だいぶ意見が分かれるところじゃないかなと思います。だからこのような設定にいたしました。

――建築家とすれば、発注者のコンセプトに沿ったかたちで建物を設計しなければいけないんでしょうけれども、その考えが自分と違うときに、どうするか、と。

九段:
そうなんです。この主人公は、美しい建築をとにかく自分の手で建てたいんです。建てたいんだけど、それが建築物として建ってしまってよいのかということも同時に考える。つまり、自分をどこかでごまかさなければいけないという部分があると思うんです。言葉で自分の心をごまかし、だましていきながら、自分の信念とどう折り合いをつけていくか。そこがこの作品の見どころじゃないかなと思っています。

美しい建築物のような男性

――物語には、牧名沙羅の話の壁打ち相手として、彼女より15歳若い、拓人という青年が登場します。九段さんは、物語の中で拓人をどんな位置づけとして考えられたんでしょうか。

九段:
主人公の牧名沙羅の理想を追求した、理想が具現化されたかたちというのが、拓人くんの存在です。先ほど申し上げたんですが、牧名さんは、美しい建築を作りたいという欲求がものすごく強い女性なんですね。ですからきれいな若者、自分が理想とする美を見つけてしまったら、冷静ではいられない、絶対にそばに置いておきたいという人物です。拓人くんが何を考えているかとか、中身のことまでは全然気にしないというか、作中にも書いてあるんですけど、美しいフォルムとテクスチャーを持った男の子、みたいに、本当にフォルムとテクスチャーのことしか考えていないわけです。物体として、建築としてしかとらえていないという、そういう主人公なんです。

――なるほど(笑)。

九段:
そういう意味で彼を出しました。

“0.5人”的存在の生成AI

――作品には、AIが物語の道具として頻繁に登場します。ここにはどんな意図が込められているんでしょうか。

九段:
普通の今の私たちの生活においても、AIが入り込んでいる。というのは、イコール、AIが作ってくれる文章であるとかAIが発する言葉が、人間の使う言葉や意識にも入り込んでいる。もうほとんど侵食していると言っていいと思います。AIから言われた言葉を自分の考えのように信じ込んだり、そういうことが進んでいくと、自分の発した言葉が、本当に自分の内部から出た言葉なのか、あるいは、AIが言っているから正しいだろうということで、自分のものと錯覚してしまっているのかということを作品の中で描きたかったので、AIというものを使いました。

――実際に九段さんは、文章生成AIを使われたそうですね。

九段:
そうですね。1つのキャラクターとして、主人公が話しかけてそれに対する応答というかたちで、実際に登場もさせています。

――この物語では、登場人物がバラバラの考え方とか話し方をするとおっしゃいましたね。AIは結構重要な役割を果たしているように思いました。

九段:
そうですね。おっしゃるとおりと思います。

――0.5人分で登場している?

九段:
うんうん、そうです。0.5人分です。

言語的混乱、その果てに

――物語は、牧名沙羅のデザインによるシンパシータワートーキョーが完成した、2030年が描かれて幕を閉じます。その時点で、かつてはザハ・ハディドと伍(ご)した牧名沙羅は建築家を辞めていて、拓人はタワーに住んでいます。この小説は、「新種のディストピア小説」というふうにも言われていますが、こういう評価を九段さんはどうとらえていますか。

九段:
ディストピア小説というふうにおっしゃる方もいると思うし、あるいはユートピア小説というふうにお感じになる方もいらっしゃると思っています。意見の違い、ご感想の違いというものを、楽しんでお話しされたらいいんじゃないかなと私は思っています。

――こういう世界になっていたかもしれないな、と、思わせる小説ですよね。

九段:
私は常々思っているんですけど、今、私たちが見ている現実というのは、偶然と偶然のつらなりでしかないと思っているんです。偶然というのも、本当にちょっとしたボタンの掛け違いでできているものだと思うので、ザハ・ハディドの件で言えば、白紙撤回になってしまうのか、ならないのかということを、もうちょっと話し合ったり議論したり考えたりする時間があったら、全然別の現実が立ち上がっていたように思います。そういった偶然がどうして起こったのか、そのプロセスを、時間をかけて改めて考え直していくことを小説をとおしてやりたかったので、今回、多くの方に届いたことを、うれしく思っています。

――『東京都同情塔』の著者、九段理江さんにお話をうかがいました。九段さん、ありがとうございました。

九段:
どうもありがとうございました。


【放送】
2024/02/11 「マイあさ!」

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