直木賞受賞! 万城目学著『八月の御所グラウンド』

24/03/04まで

著者からの手紙

放送日:2024/02/04

#著者インタビュー#読書#直木賞#スポーツ

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第170回直木賞受賞作『八月の御所グラウンド』は、8月の京都を舞台に、大学生たちが草野球をする中で不思議な体験をする青春小説です。著者の万城目学(まきめ・まなぶ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
万城目:万城目学さん

書き上げたときの手応えは「2度と出会えない何か」

――万城目さん、直木賞受賞おめでとうございます。

万城目:
ありがとうございます。

――受賞後の会見で、『八月の御所グラウンド』について「これまでとは違うものが書けた。手応えがよかった」とおっしゃいました。どんな手応えがあったんですか。

万城目:
うっかりそう言ってしまったんですけれども、何かをやり遂げた感じがあったんです。今まで枚数的には、『八月の御所グラウンド』の6~7倍のボリュームの話を書いてきたんですけど、そのときは感じない何かがあって、それはもう、ひょっとしたら2度と感じることがない感覚のような気もします。編集者の人にこの原稿を送るときに、いつもと何か明らかに違った気がします、みたいなことを書き添えたんですけれども、2~3日たったら忘れてしまって。だからそれは何なのか、絶対に聞きたいと思うと思うんですけれども、僕もちょっと見失ってしまい、たぶん、2度と出会えない何かだったんだなと思っています。

京都御所のグラウンドで実際に野球をしていた

――作品についてうかがいます。舞台はとても暑い8月の京都、語り手は朽木という名前の大学生です。彼女にふられてやることがない朽木は、同じ大学に通う高校以来の友人・多聞から、草野球大会に誘われます。祇園のクラブでのバイトに精を出す多聞は、研究室の教授から、卒業と引き換えに草野球大会で優勝するという条件を出されて、ほとんど野球経験がない朽木を誘いました。そして試合が進んでいく中で、不思議な出来事が起こっていきます。万城目さんが今回、野球を題材にしたのはなぜだったんですか。

万城目:
自分が京都で実際に大学生をしていて、京都御所の中で野球をしたという実際の経験もありました。人に説明するときに、「京都御所の中で野球をしていた」と言うと、みんな食いつくんですよね。

――「えっ?」って、なりますよね。

万城目:
「なんだ、それは!」って。それで「誰でも自由に御所のグラウンドで野球できるんですよ」と言うと皆さん驚くので、これは使えるな、というようなことですね。でもやっぱり昭和生まれですから、小学校のときは毎日ナイターを見てラジオを聞いて、大阪出身なので世間は完全に阪神一色だったんですけど、僕は巨人ファンでして(笑)。そういう感じで、ちゃんと野球にアイデンティティーを委ねることが多かったですけれども。

真面目に書くとそれがおかしみにつながるみたい

――この野球大会は、青春時代に祇園のクラブの同じママに励まされた面々が、それぞれに野球チームを結成して試合をするという経緯で開催されています。優勝すると、その年配のママの口づけがご褒美でもらえるという(笑)。

万城目:
ほっぺに、ですけどね。

――万城目さんの作品は、読んでいてプッと吹き出すような場面が随所にありますが、読者を笑わせることについて、万城目さんはどんな意識をされているんですか。

万城目:
全然意識せずに書いています。僕はデビュー作が『鴨川ホルモー』という作品で、すごく真面目に書いたんですね。笑う部分なんて別にないと思って書いたんですよ。デビューが決まって、初めて出版社の編集者の方にお会いしたときの第一声が「本当に笑いました」で、結構、ムッとしたんですよね。僕はそんなつもりは全くなくて真面目に書いたつもりだったから、どこに笑うところがあるのかなと思っていたら、その後、そういう感想が本当に続々と来て。でも僕は、ほんま、無自覚でやっていて。

会社員時代も、先輩の結婚式があるから電報を書けって言われて真面目に書いたら、「お前、ふざけてんのか」みたいなことをやっぱり言われましたからね。

――そうなんですか(笑)。

万城目:
僕は真面目に書いているんですよ。でも基本的には、別に笑かすつもりなく真面目に書くと、それがおかしみにつながるという……。

――そういった部分が、この本にも随所に表れている?

万城目:
恐らく、はい。

草野球の頭数合わせで生者と死者が交わった

――『八月の御所グラウンド』の序盤に、シャオさんという中国人の女子留学生が登場します。野球大会の観戦に来ていたシャオさんは、メンバーが足りない朽木のチームに請われて、野球経験ゼロで試合に出ます。彼女は物語の展開における重要なカギを握っていますが、万城目さんはシャオさんに、どんなことを背負わせたんですか。

万城目:
シャオさんは野球経験が本当にゼロで、三振がわからないからずっとバッターボックスに立っているとか、デッドボールのあと三塁側に歩き出すとか、要は、全員が全員、読者の方は野球を知っているわけではないし、野球のルールを知らない人はいくらでもいると思うので、その人の目線の代わりになる。全く野球を知らない人もそこにいることで、本を読んでいるときの垣根を下げるという、そういう役割を果たしています。

――シャオさんがこの野球チームに誘う人物が、物語の中で大きなキーを握りますね。シャオさんがいきなり誘った、えーちゃん。えーちゃんが連れてきた、遠藤君と山下君。この3人の若者がチームに加わります。人数が足りなくてもなぜか試合前にはメンバーが揃うこの野球大会、3人がいったい誰なのかという謎解きが、物語のポイントになります。この3人がまさか……というアイデアは、どこからやってきたんでしょうか。

万城目:
物語の真ん中を通る芯として、京都を舞台に死者と生者が交わるというのが1本つらぬいていまして、死者と生者が交わるというストーリーを入れたいときに、草野球で往々にして起こりがちな人数が揃わないというところに、死者がふらっと交わってくる。こちらとしては9人揃ったら御の字ですから、とりわけ複雑なやりとりなんか存在しないんですよね。「野球やってください」「ええよ」っていう、それだけで成立するので、話の中に非常にすっと入ってもらえますし。

死者として、誰もが知っている有名なプロ野球選手で、でも戦争のために野球を諦めざるをえなかった人を一人入れて、その人が誰かがわかることによって、普通の草野球の風景が、色合いというか見方が急に変わっていく、というふうになっていたらよいなと、僕は思うんです。

現実+非現実。ざっくばらんに言えばそれが個性

――おととし、この「著者からの手紙」で万城目さんにお話をうかがったときに、こういうお話をされました。「自分が書く非現実は、ありえない世界ではなくて現実と隣り合わせにあるもの」。今回も万城目さんお得意の、実際にはありえないことが起きますが、こうした非現実は、どんな着想からやってくるんでしょうか。

万城目:
これはですね、本当に現実の話を書こうとしているんですけど、勝手に非現実が入ってきて話が膨らんでいってしまうところがありまして、自分の中ではあまり区別していないというか……。でもそれを入れないと、僕はたぶんプロとして勝ち抜けないんです。

――他の作家との違い、ということですか。

万城目:
そうですね。もし現実1本だけでやっていたら、たぶんデビューもできなかったし、デビュー後もちゃんと作家としては生き抜いていけなかっただろうなと思うので、ざっくばらんに言うと「個性」ですよね(笑)。

――今のお話だと、自然にこうなるということですか。

万城目:
いや、くせなんですよ。

――くせなんですか。

万城目:
そうなんです。勝手にボールが曲がってしまうのに近いです。矯正できない。でも時々、ちゃんと現実だけの話を、短いエッセーであったり、そういうのが入りようのない文章を書くときはあるんですけど、「なんか膨らまへんな」と思いながら書きますね。

書いている自分のあんばいとしては、現実は9割で非現実が1割程度です。この話も、京都の実際の街並み、生活、実際にいそうな大学生というところが9割です。1割だけ非現実を混ぜて書きますと、それを読んだときに読み手の心には5割ぐらいに膨らんで残るんですよね。それがちょっと不思議で、なぜそうなるのかも自分ではよくわからないです。

――今回それが直木賞というかたちで認められて、これならいけそう、という方向が見えたんじゃないですか。

万城目:
そうですかねぇ(笑)。あんまり自信ないですけどね。いや、でも、そういうところに安住したらダメだなと思いますので。

――あっ、そうですか。

万城目:
はい。賞を取ったから安心するとかお墨付きをもらったとか、そんなのにのっかっとったらダメだろうとは思うんですけれども。すいません、生意気言って。

――いいえ! まだまだ楽しい作品が出てきそうですものね。『八月の御所グラウンド』の著者、万城目学さんでした。ありがとうございました。

万城目:
ありがとうございました。


【放送】
2024/02/04 「マイあさ!」

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