『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』宮田珠己著

24/01/22まで

著者からの手紙

放送日:2023/12/24

#著者インタビュー#読書

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『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥(はる)かなるそこらへんの旅』は、宮田珠己(みやた・たまき)さんが、身近にある風景を一新させる散歩を提案する紀行エッセーです。宮田さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
宮田:宮田珠己さん

こんがらがった電線は情念の塊だ

――この本で展開されるのは、近所を、まだ誰も足を踏み入れたことがない“秘境”に変えるというコンセプトの「散歩」ですが、まず、どんな発想からこの散歩が始まったんですか。

宮田:
もともとはコロナですよね。コロナで旅行も行けない、人にもなるべく会わないようにと言われたときに、どうしようかな、と。時間も余ってしまって、散歩でもしようということで歩き始めたんです。毎日コースを変えながら歩いていると、時々、「なんだろう、これ?」というものに出会ったりして、そのときはそれだけなんですけど、後でまた似たようなものが出てきたりして、「あれ? この間見たのはこうだったけど、今度のはこうだな」とか、そういうことにいろいろ気を散らしながら歩いているうちに、町じゅうにヘンなものがいろいろあることにだんだん気づくというか、近所なのに全然知らなかったことがいっぱいあるなと、それがすごくおもしろかったですね。

――宮田さんは紀行エッセーなどを書くために、例えばヒマラヤ周辺なんかもトレッキングなさるわけでしょう?

宮田:
はい。

――あの圧倒的な風景にみせられている人間が、近所にそんなに魅力的なもの、ありますか?

宮田:
僕も最初、近所を散歩するというときに、自分のレベルを下げて妥協しているような気分もちょっとあったんですけど、海外に行ったときに、ヒマラヤも見るけれども、町なかの本当にちっちゃなものを「なんだろう、これ」っておもしろがることもよくあるなと思い出して、そっちの部分で日常を楽しめるんじゃないかなということですよね。

――そんな宮田さんが近所にどんな“秘境”を見いだしたのか。まず、浅草から北千住への散歩です。宮田さんは吉原で、想定外の“異界のもの”を発見したそうですね。それは“情念の塊”と表現される、ひどくこんがらがった電線。ここに、江戸時代に色街だった名残を感じたということでしょうか。

宮田:
あの……電線が、ものすごくこんがらがっているんです。電柱の上にそういうのをたくさん見つけまして、吉原というイメージが、自分にそれを情念のようなものに思わせた。ただの電線なんですけど、そういうふうに見せた、というんでしょうか。

――この本には、宮田さんが撮られた写真も載っています。まさに電柱の上のほう、その周辺に集まっている電線が、ぐちゃぐちゃになってる!

宮田:
そうなんですよ。アジアとかの発展途上国なんかにいくと、“盗電”っていうんですかね、電線を勝手に家に引き込んだりして、そういう人たちの電線がぐちゃぐちゃになっているところがわりとあるんですけど、なんかそれに似ていて、ちょっと異境のかおりがしたというか。

――それがいわゆる情念というか、いろいろな人たちの思いというか。

宮田:
まぁ、そうですね、あえて言えば。

――そういうふうに見ていくと、おもしろく見えてくるということですねぇ。

日本庭園にビルとエイ、見事な台なし

――宮田さんは、道中で妙な遊具がある公園を何度も通りかかっていますが、中でも王子から赤羽までの散歩で見つけた遊具には、見えた瞬間、「いい!」と心の中で叫んだそうです。その遊具は、ロボット型の滑り台なんですね。どんなところに射ぬかれたんですか。

宮田:
児童公園の遊具は結構いろいろなタイプがあって、見ているだけでもおもしろいなとは前から思っていたんです。タコの滑り台とか、ありますよね。

――ありますねぇ。

宮田:
でもこのとき見たのはロボット型の滑り台で、昭和時代の古いロボットっていうんでしょうか、われわれが下手な絵で描くロボットみたいだったんです。その下手ウマな味わいと、ちょっとノスタルジーみたいなものと、自分の中ではすごく珍しかったので、「わっ、このロボットの滑り台、いいなぁ」と思ったんですけどね。

――そして、こういった散歩もありましたよ。麻布十番から築地本願寺への散歩で、途中に立ち寄った浜離宮恩賜庭園。ここは有名ですよね。

宮田:
そうですね、はい。

――「日本庭園に高層ビルという、借景台なし感が逆によい」というふうに書いていらっしゃるんですが、もう一つびっくりしたのは、庭園の池ではエイが泳いでいて、宮田さんは日本庭園とエイの組み合わせを「すてき」と書いています。これはどういうふうに理解すればいいですか。

宮田:
日本庭園の借景というと、ふつうは京都の東山みたいななだらかな山が向こうにあって、それで正しい風景になるんですけれども、そこには高層ビルが建っていて、しかもものすごく大きくて台なしになっているんですけど、そのズレを楽しむというか、これはこれで風景なんじゃないかなと思ったんです。さらに、この恩賜公園の池は海とつながっていまして、海水が入ってくるから海の生き物がいるんじゃないかと思って、まさかと思ったんですけどちょっとのぞいてみたら本当にエイが泳いでいたんですよ。

――あの平べったいのが?

宮田:
泳いでたんですよ。「うわっ、ほんとにいるわ」と思って、日本庭園とエイって、今まで一緒に見たことがないというか、かみ合わないじゃないですか。しかも高層ビルがあって、高層ビルとエイもかみ合わない。全部かみ合わないんですよ。これほどかみ合わないものが三つそろっているのは、逆に見事だなと思ったんです。

――そして宮田さんは、かつて住んだことがあるという阿佐ヶ谷界隈を散歩します。ここで、意味不明な看板、「無言板」というものをいくつも見つけて、今までその豊かな世界に気づかなかったと、後悔の念を口にされています。この無言板は、宮田さんにどんな気づきを与えたんですか。

宮田:
無言板というのは、伝言板の逆ですね。伝えたいことがない看板というか、もとは何か書いてあったんでしょうけれども、あせてしまって読めなくなっている看板があるわけです。

――よく道路なんかで、「とまれ」と書いてあったのが「ま」が消えて「とれ」になっていたりしますが、ああいうことですか。

宮田:
そうそう、そうですね、そういうのも無言板の一つですね。だいたい赤い字が消えちゃうんです。注意させたいから赤くしているのに赤から先に消えちゃって、黒だけ残って意味がわかんなくなっているみたいなのがよくあります。それを「無言板」と名付けて、回っている人がいたんです。

いろいろな方が、坂なら坂ばっかりとか、暗きょをずっと追いかけているとか、道路標識を追いかけているとか、いろいろな方がいろいろなものを発掘している。自分も何か見つけられないかなと思って、でももうたぶんどれもみんなやっているだろう、もうないだろうと思っていたんです。そのときにこの無言板というのを教えられて、「まだあったのか」と。

言われてみれば、自分も無言板をいっぱい見ているはずなんです。いっぱい見ているのに気づかないでいたということに、ちょっとこう、負けたというかやられたなというか、まだまだあるんだな、と。だからそれが、気づきですよね。今、無言板を知って、これで全部かなと思ったらたぶんそうじゃなくて、まだ気づいていない何かがあるんじゃないかな、それを探してみたいなというのは思いました。

――無言板というのを見ても、ふつう僕らは、書き直せばいいとか捨てればいいのにとか思っちゃうんだけど、そこに意味を見いだすというところが?

宮田:
そうですね。味わいが逆に出てきた。そういうおもしろさがあるような気がします。

そこらへんのセンス・オブ・ワンダー

――では最後に、何の変哲もない町や近所の風景を楽しむための秘策をうかがいたいのですが、本のタイトルにある「センス・オブ・ワンダー」がキーワードになりますか。

宮田:
「センス・オブ・ワンダー」というのは、レイチェル・カーソンが大自然の不思議を感じるみたいなことで定義した言葉(The Sense of Wonder)なんです。僕がここで「センス・オブ・ワンダー」(Sense of Wander)と書いたのは、人工物でも、散歩の中で何か不思議を感じるという意味で風景を楽しむ秘策ということなんですけど、もう、ランダムに、なんでもいいんです。路上に生えている人間みたいな形になっている植物とか、ガスタンクとか鉄塔とか、なんでもいいんです。

例えば、ゴムホースを追いかけている人がいるんです。「ゴムホースって、おもしろいのかな?」と思うんですけど、その方は、いろんな家の前にちょっと置いてあるのをずっと写真に撮っていて、いろいろなゴムホースを集めておられるんです。そうすると、ゴムホースのおもしろさみたいなものがだんだん浮かび上がってくるというか、たくさん積み重ねていくと何かが立ち上がってくる。

あとシャッターとかをやっている人もいて、いっぱいシャッターの写真を集めて、それをジグソーパズルにしたりしているんです。ですから、そうやって何か一つ決める。自分はそれほど好きじゃないかもしれないけど、決めちゃうんですよ、一つ。そればっかり追いかけて写真を撮り集めていくと、自分の内側から、何かが盛り上がってくるときがあると思うんです。

――「散歩」というふうにおっしゃっていますけれども、本当にこれは「旅」かもしれない。自分自身の楽しみを探す旅だったり、あるいはそれを気づかせてくれるような旅だったり。それが近所にある、ということでしょう?

宮田:
そうですね。ないかもしれないけど、あるかもしれない……うん。

――『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』の著者、宮田珠己さんにお話をうかがいました。宮田さん、ありがとうございました。

宮田:
こちらこそ、ありがとうございました。


【放送】
2023/12/24 「マイあさ!」

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