六車由実 著『それでも私は介護の仕事を続けていく』

23/12/18まで

著者からの手紙

放送日:2023/11/19

#著者インタビュー#読書

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『それでも私は介護の仕事を続けていく』は、「介護民俗学」の提唱者である六車由実(むぐるま・ゆみ)さんが、日々の仕事で得た気づきをつづった手記です。六車さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
六車:六車由実さん

介護現場でいかす民俗学の聞き書きの手法

――六車さんは自宅に開設しているデイサービスの施設で、管理者・相談員として介護の仕事をされています。まずうかがいたいのは「介護民俗学」についてです。これはどういうふうに理解すればよろしいですか。

六車:
これは私の造語なんですけど、介護の仕事をする前に民俗学の研究者として大学で働いていたんです。民俗学のおもな手法というのは聞き書きなんですね。お年寄りにお話を聞いて、そこから地域の歴史を研究していくという方法なんです。

介護の世界に入ったときに、お年寄りたちが私にいろいろな話をしてくれたんです。これは聞き書きできるな、というふうに私はすごくワクワクして、メモをとりながら聞き書きをしていったんです。そしたらお話をしてくださる利用者さんたちがみんな生き生きとされたので、民俗学でやってきた手法やアプローチのしかた、考え方を介護の世界で生かせないかと思って、あえてそれを「介護民俗学」と名前を付けて皆さんに紹介したのが始まりです。

利用者さんが困っていることを助けてあげるという、ある意味、上からの立場ではなくて、聞き書きというのは、むしろお話をしてくださる方と聞く側が対等な関係なんですね。それが実は介護の世界ではあまりなくて、やっぱり助けてあげるという立場になってしまうので、そういう関係性を変えていくためにも、意味のある活動だったかなと思います。

「カッパ見たよ」は荒唐無稽ではありません

――この本には六車さんと利用者のやりとりがさまざま紹介されていますが、六車さんは90代の利用者、千恵さん(仮名)の「カッパ、見たことあるよ」という発言に魅了されたと書いています。「カッパ、見たことあるよ」のような発言を荒唐無稽と捉えるのではなくて、こんな発言を楽しめる環境でありたい、とも書いていらっしゃいますね。

六車:
はい。まずカッパというものについて、民俗学をやっている人間にとっては、初めて「カッパに会った」と言う人に出会ったのですごくうれしくて、細かく聞いたんですね。そうしたら、人間に何か悪さをするわけではなく、ただそこに存在している。そこにカッパがいるね、というぐらいに自然に思っているという話を聞いて、すごくそれが驚きだったんです。

話をしていったら、その利用者さんだけじゃなくて、他にもカッパを見たことがあるよという人が何人も出てきたんですね。私が働いているのは「すまいるほーむ」というデイサービスなんですけど、実はここでは今もカッパブームがありまして、いろいろな人が「カッパを見たよ」と言っているんです。

それって、人から見たら荒唐無稽な話かもしれないんですけど、みんなで共有できる話題であり、みんなで楽しめる話題なんです。特にコロナの時期においてはすごく緊張状態が続いたので、「カッパ、見たことあるよ」という千恵さんのひと言によって、ぱあっと霧が晴れたような、そんな瞬間でしたね。

それを単に「認知症の方だから、わけのわかんないことを言ってるよ」と切り捨てるんじゃなくて、「すごーい、おもしろい」って、実際におもしろかったから聞いたんですけど、スタッフ全員がそうだったんです。利用者さんも誰も「えっ、それ、おかしいよ」と言う人がいなくて、そういう環境ってすごく大事だなと思うんですね。

――しかも「すごい」と喜ぶだけじゃなくて、六車さんはどこで見たのかを聞いて、その場所まで行っちゃってますよね。

六車:
そうですね(笑)。それは民俗学者の習性です。

――それがね、たぶん介護されている側にとって、すごく共感できることだったんじゃないかなと思いました。

六車:
あぁ、そうですね。あのときはただ聞くだけじゃなくて、地図まで持ってきて「どこなの?」というふうに聞かせていただきました。

居場所は1つではないという希望と願い

――一方で、六車さんの施設では悩ましい出来事もあったようです。この本にたびたび登場する認知症のあゆみさん(仮名)は、七夕の短冊に「死にたい」と書いたり、施設を飛び出したり、他の利用者を攻撃することもあったそうです。六車さんはこのあゆみさんの行動から、どんなことを心に刻まれましたか。

六車:
あゆみさんはちょっと年齢の若い方で、コロナの時期に結構急激に、と言ったらいいんでしょうか、できないことがどんどん増えていきました。彼女自身が落ち込んじゃったり自分を責めたり、あるいは自分を責めることの裏返しで、認知症の進行した方に対して、「ああはなりたくない」とか「あんなふうになったら終わりだよね」と発言したり、「もう、こんなところにいられない。私、帰ります」と言って飛び出してしまったり、そういうことがあったんです。

この施設に来ることでみんなが心地よく過ごせればいいな、そういう場所を作りたいなという一心で今までやってきたんですけれども、ここに来ることで苦痛を感じたり、飛び出さざるを得ないような心境になってしまう人がいるんだということに気づかされて、自分自身の至らなさも感じましたし、何が彼女を刺激してしまうのかが私たちにもわからないところがあって、対話がうまくできなかったというのが一番残念なところだったんです。

今はあゆみさんはいらっしゃらないんですけれども、今の場所をいかに心地よく保っていくか、みんなの居場所として維持していくかということと、誰も排除しないということを、私はなんとか両立させたかったんですけど、そこがやっぱりどうしていったらいいのかなというのがわからないところなんです。

ただ1つ思うのは、居場所というのは1つではないと思うんですね。今いる利用者さんにとっても、「すまいるほーむ」だけが居場所ではなくて、いろいろなところに居場所があっていいと思うんです。そのほうが行きやすいと思いますし、あゆみさんにとっても、「すまいるほーむ」だけじゃなくて他のところにもきっと居場所があるんじゃないかという思いで、それが1つの希望になっているというか、願いとして持っています。

「迷惑OK。この関係性が大事なの」

――この本には繰り返し、「迷惑はかけていい」という六車さんのメッセージが出てきます。そのエピソードの1つとしてこういったものがありました。「もうボケ老人でしょうがないよ。どうしてこんなになっちゃったんだろう」と嘆く認知症の女性の利用者に、「安心してボケていいのよ」と声をかけたそうですね。これは、できないことがあったっていいじゃないか、ということですね。

六車:
「できないと価値がない」という意識が社会にもあるし、利用者さん自身の中にも強くあると思うんです。でも、別にできなくたっていいというふうに私たちは思っています。誰もが平等に、老いていってできないことが増えていくわけですよね。そういう中で、ご本人たちにとっては、できなくなるということが人に迷惑をかけることだという意識がすごく皆さん強いんです。私も子ども時代から「迷惑かけちゃいけないよ」と育てられてきたので、私の中にもそういう意識は強いと思うんです。

でも人とのかかわりというのは、迷惑をかけたりかけられつつ、お互いに支え合っている関係だと思うんですよ。だから、迷惑はかけたっていいんだよ、この関係性が大事なんだよということを私は言いたいし、この本でも特に主張したかったところです。

それから利用者さんたちは、自分が誰かの役に立てなくなることを、迷惑をかけるという意味で言っていると思うんですね。役に立たない人間はもういらないみたいな発言があると思うんですけど、私はそれは絶対に違うと思っています。そこにその人が存在するだけで実は他の人が励まされたりとか、役に立つとか役に立たないとかではなくて、ここに存在して生きていること自体、それがすばらしいので、迷惑かけたっていいんです。できなくなったっていいんですよ。と、言いたかったんです。

――生きざまがそれぞれですから、居場所もそれぞれということですよね。

六車:
そうですね。

これからも生きていこうと思える場所に

――本の後半には、六車さんの「私はこれからも介護の仕事を続けていくだろう」という宣言が出てきます。六車さんはこれを決意ではなく予感と書いていますが、今、どんな予感をお持ちですか。

六車:
辞めたいと思うことは何度もあるし大変なこともたくさんあるので、でもそのつどみんなに助けられて、また頑張ろう、救われたなと思うことが本当に毎回なんです。そういう意味で私が生きていくということは、つまりこれはもう私はこれからも介護の仕事を続けていくだろうという、そういう予感です。

――いずれは六車さんもお年を召して、介護の対象者になるかもしれませんね。世の中がこういうかたちになってくれていたらいいなという思いはありますか。

六車:
生きてもいいんだと思える場所、そういう場所があってほしいです。

――死にたいではなくて、私はここで生きてもいいんだ。役に立つとか立たないとかではなくて、生きていいんだ、と?

六車:
生きていいんだ。これからも生きていこうと思える場所が、介護現場にあってほしいと思います。

――『それでも私は介護の仕事を続けていく』の著者・六車由実さんにお話をうかがいました。六車さん、ありがとうございました。

六車:
ありがとうございました。


【放送】
2023/11/19 「マイあさ!」

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