小泉悠 著『終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来』

23/11/27まで

著者からの手紙

放送日:2023/10/29

#著者インタビュー#読書#世界情勢#戦争

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『終わらない戦争』は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の現状と今後について、軍事評論家の小泉悠(こいずみ・ゆう)さんが、3人の専門家と議論した対談集です。小泉さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
小泉:小泉悠さん

終わる気配のない戦争

――ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めたのは2022年の2月でした。小泉さんは、戦争が始まった当初、どんな見立てをしていましたか。

小泉:
かなり短期間のうちにロシアが勝利してしまうのではないかと思っていました。ただそれが、結果的に1か月、ウクライナ側が粘り続けてロシア側がキーウ攻略をあきらめて北部から撤退した。この辺でどうも、そう簡単にこの戦争は終わるわけではないなという確信を持てた気がします。ですので、1つは、われわれが思っているほどにはロシアは軍事力が圧倒的ではなかったということ、もう1つは、われわれが思っているほどにはウクライナ人は弱くはなかったということですね。

――本の中で小泉さんは、「終わる気配のない戦争」になってしまっていると書いています。終わる気配がない要因は、どんなところに感じますか。

小泉:
ロシアもウクライナも、両方ともこの戦争でものすごいダメージを受けているんですが、かといって戦争を継続する能力が、両方ともなくなるという見込みが当分見られないというのが第一です。やろうと思ったらどちらも相当長く戦争を続けられてしまうだろうということです。
そこで問題になるのが、「やめる」という意志が生まれないのかということなんです。ロシア側の言い分を見ていると、やめそうもないという気が私はします。「ウクライナのゼレンスキー政権は許しておけない連中なんだ」という言い方であるとか、「ウクライナは本来ロシアの一部だったんだ」という言い方、それから、「ロシアが手を緩めるとNATOが拡大してきてしまうんだ」という言い方、いずれにしても、妥協の余地が非常に乏しい。
これをウクライナ側から見てみると、抵抗をやめるということは、今の独立したウクライナを放棄せざるをえなくなるわけです。ですから今、抵抗をやめるのはなかなか難しいであろう。ということですので、能力と意志の両面において両方ともやめそうにないのを考えると、長引くのではないかなと見ています。

――小泉さんは本の前半で、「プーチンがいなくなっても、今のロシアは変わらない」と指摘しています。つまりロシアのプーチン大統領が失脚しても、戦争は終わらないということでしょうか。

小泉:
今、例えば仮に突然プーチン大統領が病気で執務不能になるとか、暗殺に遭うようなかたちで政権を手放した場合、恐らく最も可能性が高いのは、“プーチンのいないプーチンシステム“のようなものができることだと思うんです。例えばプーチンの昔からのKGB時代の仲間たちとか、そういう人たちが政権を継ぐ可能性が高いであろう。そうなると、決してプーチンがいなくなればこの戦争は終わるだろうという見通しを簡単には持てないという意味で、こういうふうに書いています。
プーチンが圧倒的独裁者であるというイメージがあるんですけれども、決してそうじゃないと思うんですね。プーチンをある程度国民が支持しているから、独裁権力を振るうことができている部分があると思うんです。プーチンが今のロシアを作ったとも言えるし、今のロシア社会がプーチンを作ったという、両方の側面があると思います。要するに、プーチンさえ排除すればすべての問題が解決するという考え方は、私はできないと思っています。

寄せられる支援と関心の行方

――この戦争に関しては、アメリカなど西側諸国のウクライナに対する“支援疲れ”も指摘されています。こうした変化は戦況にどういった影響を与えると思われますか。

小泉:
現状を見ている限りで言うと、西側の国々が疲れてきているのは間違いないと思うんです。疲れてきてはいるけれども、かといってウクライナ支援を放り出しちゃおうという方向にはまだなっていないと思いますし、当面、西側の支援は持つだろうと思います。さらに言うと、ちょうどこの戦争が600日を過ぎて、いよいよ西側の軍需産業の増産体制が立ち上がりつつあるところなんです。そもそもウクライナにも工場を作って、そこで装甲車なんかを生産する体制がぼちぼち出来上がろうとしているところです。
ですから、物理的に言うとまだ支援は続けられるだろうと思うのですが、わからないのは民意ですよね。「もうウクライナにそこまで支援すべきではない」という民意が爆発的に増える、あるいは特に有力国で、政権交代を機に地滑り的にウクライナ支援をやめるということが出始める、こうなった場合はわからないです。これはなかなか予測もし難いんですけれども、多くの人々が言っているのは、来年のアメリカ大統領選がなんらかの引き金になる可能性があるんじゃないかということですね。

――この本には、ことしの6月に始まったとされるウクライナの反転攻勢について、細かく言及があります。先日プーチン大統領は、「ウクライナの反転攻勢は完全に失敗した」という声明を出していますが、小泉さんはこれをどう受け止めたでしょうか。

小泉:
まだそう判断するのは早いのではないかなと思っています。確かに、進展はものすごく遅いですね。この秋中にどれだけウクライナ軍がうまくやったとしても、当初言われていた、ロシア軍を完全に東西分断してしまうような戦果をあげるのは難しいだろうと思っています。ただ、今、ウクライナ軍がロシア軍の防衛線をある程度食い破りつつある箇所があって、この先、ここの突破が成功すれば、ロシア軍を鉄道網では東西分断できる可能性があるんですよね。そういうところまで進めば、反転攻勢しただけのかいがあったという話にはなると思うので、今見えているものだけでは、成功か失敗かを判断する材料は少なくとも私にはないです。

――こうした状況の中で、イスラエルと、パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの戦闘が始まりました。この武力衝突はウクライナでの戦争にどんな影響を与えるでしょうか。

小泉:
いろいろな影響があると思っていて、最も純軍事的な影響としては、アメリカの支援のリソースが分散するということです。特に今、ウクライナが切実に必要としているのが弾です。でもイスラエルも弾がある程度必要だから送ってくれと言っていて、こういうリソースの食い合いが発生してしまうことがあると思うんです。
もう1つは、ウクライナと中東で言うと、明らかに世間の目は中東に集まりがちなわけです。アメリカの中のロビー勢力としても、ウクライナロビーよりもユダヤロビーのほうが圧倒的に強いわけですから、そうするとやはり国際的な関心が低下してしまうのではないか。結果的に、ウクライナで何かそんなことをやっていましたね、どうしてそんな何百億ドルも出して……というような話になってしまうと、ウクライナにしてみたら非常に苦しい状況になってくるわけです。

戦争の4年目が見えてきた

――小泉さんは、本に収録されていることし7月時点の対談で、「戦争の4年目が見えてきた」とおっしゃっています。今は始まって2年目にいるわけですけれども、この見方に変化はありますか。

小泉:
残念ながら、ないですね。もう1か月ぐらいすると、地面がぬかるんできて大規模な軍事作戦がやりにくい時期がやってくると思います。来年の春ぐらいに、また新たに大規模な作戦ができる時期がやってきて、そこでロシア側が優勢になるかウクライナ側が優勢になるか、わかりませんけれど、たぶん来年のシーズンだけでは決着がつかないであろうと。そうすると、その次が見えてきてしまう、つまり4年目が見えてしまう。こういう季節性と両軍の力のきっ抗具合を考えると、4年目が見えてきてしまうんですよね。

――いずれにしましても、戦争が続く限り犠牲者の数は増えていくわけです。そういったものが国民の世論を変えていくとは考えられませんか。

小泉:
私はそのことを期待したんですけどね。実際、ロシア軍の戦死者は10万人の大台に乗っているんじゃないかといわれています。ただこの600日間、ロシア社会の中でそのことに対して強い抗議の声は上がっていない。どこの誰かも知らないロシア軍兵士が戦場に行って戦って死んでいるうちは、市民は関心を示していない。恐らくそのあうんの呼吸をプーチン政権はかなり読んでいて、特に都市の中産階級の人々を怒らせないようなかたちで人間を集めて戦争を継続すれば、少々兵隊を死なせてもそんなに強い反発を受けることはないだろうと考えている。実際、どうもこの読みが当たってしまっているということだと思うんです。
それから、ロシアの戦争のせいでものすごい数のウクライナ人を死なせているわけですね。この事実が、やっぱりロシアの情報空間の中にはあまり入ってきていない。特にテレビなんかではまったく見せていない。私は、これは非常に残念なことではあるんですけれども、ロシア人たちがこの戦争を自ら止める見込みは、なかなか薄いんじゃないかと見ています。

――上げた拳を下ろさせるための方策というのは、なかなか見つからないですね。

小泉:
そうですね。

――『終わらない戦争』の著者、小泉悠さんにうかがいました。小泉さん、ありがとうございました。

小泉:
どうもありがとうございました。


【放送】
2023/10/29 「マイあさ!」

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