直木賞受賞! 永井紗耶子著『木挽町のあだ討ち』

23/09/11まで

著者からの手紙

放送日:2023/08/13

#著者インタビュー#読書#直木賞

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第169回直木賞受賞作『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』は、あるあだ討ちを目撃した芝居小屋で働く面々の語りから、その真相が浮かび上がっていくミステリー時代小説です。著者の永井紗耶子(ながい・さやこ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
永井:永井紗耶子さん

芝居小屋を舞台に江戸の“雑多な人”を描く

――永井さん、直木賞受賞、おめでとうございます。

永井:
ありがとうございます。

――永井さんは、いま最も注目される歴史・時代小説家と呼ばれていますが、歴史を題材に書くようになったきっかけは何だったんですか。

永井:
中学生ぐらいから、歴史ものとかを書き始めていたんですけど、たぶん祖父がすごく時代劇が好きで時代小説も好きだったので、そのようなことを話していたのがきっかけなのかなと思います。そういう世界観が好きだったんだと思います。

――「世界観」と言いますと?

永井:
「電気とかがない世界」みたいな(笑)。同じ土地なんだけど違う世界が広がっていた時代があったんだというような、それを想像するのが好きだったと思うんです。わくわくして、それでいつのまにか、こっちの世界を描きたいなと思ってしまって、今日に至っている感じです。

――では、物語についてうかがっていきます。時は江戸時代の後期、ところは江戸の木挽町。現在の歌舞伎座の周辺ですよね。木挽町の裏通りであだ討ちを見たという芝居小屋の人たちに、ある若い侍が、その目撃談について話を聞いていきますが、芝居小屋で語るさまは、江戸の芝居小屋をのぞき見しているような感じで読めました。芝居小屋を舞台にしたのは、なぜだったんですか。

永井:
当時、芝居小屋というのは、江戸の中でも吉原と並ぶ“悪所”、ちょっと悪いところとされていたんです。身分がすごくかっちりした社会でしたけれども、その中で、“雑多な人たち”が出入りしている場所だったという意味では、芝居小屋を描けば、江戸のさまざまな階層の人たちの物語を書けるんじゃないかなというのがありました。江戸といっても、お侍さんだけじゃない、町人だけじゃない。いろいろなタイプの人たちが住んでいた場所だったということで、芝居小屋を舞台に書いてみようと思いました。芝居小屋を描いているんですけれども、その外側にどんな社会が広がっていたのか、芝居小屋の登場人物たちの話を聞くだけでも、時代そのものを輪切りにして見えてくるかなというのは、ちょっと思っていたんです。

――若い侍が話を聞いていくのは、木戸芸者、つまり客引きの男。それから、役者に振りを付ける立師(たてし)、女形兼衣裳係、小道具を担当する男の妻、そして芝居の筋を書く戯作者の5人です。侍が、あだ討ちよりも彼らの素性について手厚く聞き取りをしていく点が気になりますが、なぜ、芝居小屋の人たちに自身の人となりを語らせたんですか。

永井:
そこに秘密があるから、です(笑)。それがあるからこその結末というか、それがあるからこそのあだ討ちなんだということですね。

――登場人物それぞれの人物像が非常に浮き立ってきて、それがまさに江戸のいろいろな暮らしぶりだと読めたんですが、どうでしょう。

永井:
それぞれの出自がバラバラであることから、見えてくるものがあるかな、と。呼び込みの木戸芸者の一八は、もともと吉原で生まれて苦労をしてきた。立師の与三郎はもともと武士だったけれども、やむにやまれぬ事情で武士としてのお仕事を辞めた。筋書きの金治はちょっと放とう息子的な感じで、裕福な武士で旗本の家に生まれながら、その地位を捨ててなぜかこちらの道に来ちゃうという、そういう人もいる。バラバラなところから流れ着いたことによって、芝居小屋という場所に限っては、いま的な感じで言うと、多様性がある場所だったんだなとは思っています。それと同時に、これは私が歌舞伎が好きというのがあるんですけれど、お芝居などで話されている口調というのが自分の頭の中に残っていて、それがそのまま出てきたかなとは思っています。

あだ討ちによる英雄視と自身の思いに生じるズレ

――侍が話を聞いていくうちに、あだ討ちの真相が浮かび上がっていきますが、あだ討ちを決行した15歳の美少年、菊之助は、あだ討ちの相手を恨んでおらず、むしろ相手に恩義があるというんですよね。ここが大きな謎になっていきますが、恩義がある相手を討たなくてはならないという状況は、どんな着想から生まれたんでしょうか。

永井:
江戸時代というのは、あだ討ちが認められていました。ただ復しゅうするということではなくて、届け出をしてあだ討ちをなしたら、家に帰っていいというか、お国に戻ることができるようなシステムがあった。でもシステムがあることによって、それをやることで英雄視されたり褒めたたえられたり、忠義と孝行という美徳が押し付けられてしまうような状況が発生していた。また逆に、あだ討ちを届け出てしまったばっかりに国に帰れなくなってしまった人もいたというエピソードを資料で読んで、あだ討ちものというのは、すごく人気があって歌舞伎や落語でも扱われていますけれども、これは討つ側も討たれる側も、結構きついシステムだなというのがありました。

あと、忠義とか孝行という美徳をただ褒めたたえてしまうことによって、その中心にいる人物はすごく追い詰められてしまうのではないか、と。そういうことの問題点は、いまにも通じている何かがあるんじゃないかなと思ったことが、あだ討ちを描いてみようかなと思ったきっかけでもあります。

――こうすることが美徳である、という中で暮らしていく、生きづらさとか息苦しさ、そういったことですか。

永井:
そうですね。「自分の中で本当に正しいと思っていること」と「世の中が正しいとしていること」の間にちょっとしたズレがあると、すごく苦しいんじゃないかなということが、物語の一つのテーマでもあるのかなと思っています。

――永井さんも、息苦しさを感じていた?

永井:
そうですね、多少(笑)。うまくいかないなと思うこともあるし、「頑張らなくちゃ!」と自分を追い立てなければいけないときって、周りの期待値と自分の思いとの間に、だいぶズレがあるときなのかな、と。

――わかる……。すごく苦しいですよね。

永井:
苦しいです。

――私はそういうことを期待していないのに、世の中がそれを期待しているからそっちに合わせなくちゃいけない、というような。

永井:
そうそう、「そっちをやらなくちゃ」って。「自分の心を置いといて……」とか、「自分を犠牲にして頑張ればいいんじゃないのかな」みたいについ思いがちですけれど、それはどこかでひずみが出ることだし、心を病んでしまったり、追い詰めてしまうことがあるなと思っています。いま現在、そういう思いをしている人たちに、「いや、もっと自分の心に正直でもいいんじゃないのかな。そこは違う、私が思っていることは違うんだよって、ちゃんと言ったほうがいい」という思いを込めたかったというのもあります。

――何か、ほっとしますもんね。それぞれの登場人物も、悩みを抱えて芝居小屋にいたりするでしょう? 誰かと自分が似ている、というような。

永井:
ありがとうございます。ご感想をいただいたりすると、「与三郎の苦悩がわかる」という方もいらしたりしてみなさんそれぞれで、そこが響いたんだっていうのがあると、うれしいです。それぞれ悩みが違うんですけれど、全然違うタイプの人たちが集まってきているところを書きたかったので。

――「歴史小説」なんですけれど、現代を見ているような感じもしますものね。

永井:
ありがとうございます。人間そのものはそんなには変わっていないんじゃないかな、なんて、勝手にこっちは思っていますね。歌舞伎なんかを見ていると、同じようなところで、泣いたりくやしかったりするのかなと思ったりしますので。

――なぜ菊之助があだ討ちを決行したのか、目撃者に話を聞いて回った武士は誰なのか、これは読んでからのお楽しみですが、芝居小屋の面々についての秘密が明かされる場面に、読者は驚かされると思うんです。このあたりはどんな意識をもって描かれたんですか。

永井:
この作品は、菊之助という少年が中心にはなるんですけれど、私は全員が主人公だと思っています。全員が脇役にならないような筋立てを考えて作ったので、ラストに向かっていったときに、それぞれがここまで積み重ねてきた輝きみたいなものが見えるといいなとは思っていました。もし誰かに感情移入してくださったら、ラストに向かって、自分が共感したキャラクターが、「おっ、うん。よしよし、頑張ったな」と思ってもらえるようになったらいいなと思って書きました。

――『木挽町のあだ討ち』の著者・永井紗耶子さんにうかがいました。永井さん、ありがとうございました。

永井:
ありがとうございました。


【放送】
2023/08/13 「マイあさ!」

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