“病院ラジオ”の源流を英国に訪ねて~“ケアするメディア”の現在地~

24/03/26まで

けさの“聞きたい”

放送日:2024/03/19

#インタビュー#医療・健康#ワールド

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24/03/26まで

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24/03/26まで

3月22日は放送記念日。そこであるユニークな放送の取り組みついて考えます。NHKテレビの『病院ラジオ』という番組、皆さんご覧になったことがあるでしょうか。お笑いコンビのサンドウィッチマンが病院の中に1日限りの特設ラジオ局を開設して、患者さんやご家族の、日頃あまり言えない、口に出せない思いを聞いていくという番組です。これを実際に行っている病院があります。メディアの研究を行っている、名古屋大学大学院 准教授の小川明子さんに聞きます。(聞き手・野村正育キャスター)

小川明子さん

【出演者】
小川:小川明子さん(名古屋大学大学院情報学研究科 准教授)

常設“病院ラジオ”フジタイム

――小川さん、その“病院ラジオ”のリアルなもの、常設型のものが、愛知県豊明市の藤田医科大学病院で2019年12月から行われているんですが、小川さんは、その立ち上げから見守ってこられたということですね。

小川:
はい。

――その放送の内容を、まず聞いていただきましょう。

(収録音声)
藤田院内ラジオ、フジタイム。(音楽)みなさん、いかがおすごしでしょうか。
看護師の斎藤です。臨床工学技士の近藤です。事務員の中根です。今回の台本担当は野末さんです。
今回も藤田モール2階ファミリーマート前から公開収録でお届けします。
オープニングは、病院食についてお話しします。

院内ラジオ『フジタイム』

――小川さん、オープニングトークは“病院食”についてなんですね。

小川:
そうなんです。この番組は職員と学生さんのボランティアスタッフで作っているんですけれども、オープニングトークっていうのは毎回、皆さん念入りに考えるんですね。多様な患者さんが聞いて、共通して楽しくなれる話題ってどんなことなんだろうか…と、季節の話題とか、病院内のおすすめスポットなどをテーマに話しています。この時は“病院食”の人気メニューのランキングということで、1位はハンバーグだったようです。

このようなオープニングトークだけではなくて、医療関係者の方による情報コーナーとか、ボランティアの本の朗読、そして、患者さんから届いたメッセージが紹介されることもあって、病気のことをひととき忘れてゆったりしていただける1時間程度の番組になっています。

――この病院は、およそ1,400床の病床で、日本では最大規模の私立大学病院ですね。この放送、当初は院内Wi-Fiで配信していたんですけれども、3年目からポッドキャスト、それからYouTubeで「フジタイム」というチャンネルを立ち上げて、毎月第1、第3水曜に配信。これ、スマホを持ってない方にも無料で端末を貸し出しているということなんですね。

小川:
この辺りも、最初は難しかったところだと思うんですけれども、そもそも、この藤田医科大学病院というのは、ロボットを使った医療など新しい分野に意欲的に参入していく病院といえるんじゃないかなと思います。院内ラジオも、患者さんや家族、それから医療者との相互理解とか信頼構築を目的に取り組みが始まったということです。

『フジタイム』収録の様子

4年間の成果と進化

――放送が始まって4年ですか。先日、放送回数100回を超えたということですが、その成果については小川さんはどうご覧になっていますか。

小川:
患者さんからのメッセージを見てみますと、「若い人たちの明るいおしゃべりで癒やされた」とか、「自分たちを気遣ってくれている番組があるというのはうれしい」とおおむね好評です。特にコロナの時期は患者さんどうしもなかなか話がしづらいという状況があったようなので、ラジオのトークに癒やされたという声がありました

――ただ、これ立ち上げの当初などは、病院内ですから、さまざまな配慮も必要で大変だったんじゃないですか?

小川:
そうですね。病院側は、プライバシーとか情報漏えいに配慮して非常に慎重な立ち上げだったようなんですけれども、最近は学生スタッフが入ったりとか、あるいはコロナがちょっと落ち着いて公開放送が始まったりと、徐々にやりたかったことが実現されてきているという感じがします。

――やりたかったことというのは?

小川:
病気を克服された方へのインタビューというのは、かなり前からスタッフさんたちの間で「やりたい」って言われていたんですが、それもようやく始まったんですね。

体験談が“ケア”するもの

――では、その実際のインタビューから聞いて頂こうと思いますが、64歳の時にくも膜下出血と脳梗塞を発症されて、その後リハビリを4年行っている患者の酒井さんへのインタビューの一部です。

スタッフ:
酒井さんは、突然の、この後遺症とか、いろいろ言われて、それでも、前向きに切り替えるきっかけっていうのは何かあったんでしょうか?

酒井さん:
まあ、あの私、本当はその、もう寝たきり(になるん)じゃないか…と。当時、リハビリを一緒にやっていた皆さんがですね。まあ、同じような気持ちを抱きながら頑張っている人がたくさんみえられました。それを見ていてですね、自分も、まあ、自分だけではないと、自分の気持ちを切り替えながらですね、リハビリしてったというのがよかったのかもしれません…。

『フジタイム』酒井さんインタビューの様子

――酒井さんが懸命に、ご自身の経験を語って下さっていますね…。

小川:
こういったお話を聞いて患者さんもご自分だけじゃないと、あるいは、退院する方々のスタッフへのお礼とかですね、そういうのを聞いてすごく安心するという感想が多いようです。
考えてみますと、入院するというのは、とても不安を抱えますし、それからこれまでの人生を振り返って今後どうするかということを考える契機になっているようなんですね。
科学的に“生存率”とか、“治療法”を知ることも大事なんですけれども、“回復した人の経験談”を聞いて、今後どうするかということを患者さんたち、自問自答して、また、その考えたことをラジオに向けてメッセージを送るというような、そういう姿も見えてきました。

――ここまでは病院ラジオ、国内で行われている事例についてお聞きしました。このあとは、その“発祥の地”とされるイギリスのことについて伺います。

100年前の“源流”を英国に訪ね…

英国の“ホスピタルラジオ”

――小川さんは2006年ごろから何度か、イギリスの“病院ラジオ”の先行事例ですね、現地では“ホスピタルラジオ”と呼ばれる放送をご覧になってきたということなんですが、イギリスにおけるその始まり、それから現状はどうなんでしょうか?

小川:
イギリスでBBCがラジオを始めたのは1922年なんですけれども、その後3~4年したところで、病院で闘病している人たちにラジオを贈って、外とつながってもらおうというキャンペーンが、学生とか、新聞社の主催ではじまったようなんですね。そのうち、日本の学校放送のような仕組みが病院内に出来上がって、音楽や教会の礼拝を流したりとか、電話で地元のサッカーチームの中継をしたりと、ボランティアの人たちが病院と関係なく番組を作って院内で放送する仕組みが出来上がったようです。
一時期300以上あったんですけれど、現在は合併で150前後なんですが、大きな病院にはだいたい放送局があるようです。

ボランテイア主導の“気軽な存在”

――そうですか。実際に訪ねてみた印象はどうですか。

小川:
ボランティアベースなので、まあ本当にさまざまなんですけれども、共通しているのはボランティアさんが、病室に行って患者さんからリクエストを募ってその曲を流すというリクエスト番組が主流であることです。日本でいえば、コミュニティー放送レベルのスタジオや機材が病院の中にあって、プロ並みの機材とお話しできる方っていうのがいるんですけれども、基本的にはアマチュアで、聞いていた患者さんがそのまま退院後にラジオでボランティアをして話すという、そういった親密な、気軽なラジオでもあります。

「サウザンプトン・ホスピタルラジオ」のボランテイアの皆さん

“リクエスト”が会話のきっかけに

――お話を伺っていると、リクエストとか、双方向というのは大事なポイントのようですね。

小川:
患者さんの病気について、ボランティアが聞くっていうことはできないんですけれども、曲について話すということで患者さんの気が紛れたりとか、昔を思い出したりして話が弾むっていう事があるようです。
歴史がありますので、とっても古い、ふだん聞けないようなレコードなんかもあってお年寄りに喜ばれていました。また食事後のビンゴが人気だという局も多いです。普段のラジオと違って、自分も参加できるというところが“ホスピタルラジオ”の存在意義かなと思います。

“患者”でなく、個人を尊重

――リスナーの患者さんにとってはどういう意味があるんでしょうか。

小川:
患者さんの家族の方のメッセージなんですけれども、「病院で最期を迎えたお母さんが、亡くなる2日前にリクエストが読まれて、自分の名前が読まれたということを本当に喜んでいて、最後の思い出としてとってもよかった」っていう声がありました。自分らしさっていうものを保てるということですね、そういう意味でも“ケアしてくれるメディア”という意味でとても重宝されているような気がしました。

――“ケアしてくれるメディア”、“〇〇号室の患者さん”というのではなくて、“〇〇さん”という個人としてケアをしてくるメディアということなんですね。

「レッド・ドット・ラジオ」リクエストにこたえて

“ケアするメディア”の現在地

――小川さんは、この病院ラジオについて、イギリスでの調査研究、それからラジオの可能性についてもまとめた本(『ケアする声のメディア ホスピタルラジオという希望』)を4月に出版される予定だということですが、出版を通じて改めて伝えたいことはなんでしょうか?

小川:
メディアといいますと「情報を伝える」ということを私たちは主眼に考えてきたわけなんですけれども、“ケアする”という側面もあるなんていう事を感じるんですね。特に私たちの社会の中で、孤立してしまったりとか、家族も今少ないですし、1人暮らしの方とか、あるいは何らかの事情でコミュニケーションから疎外されがちな方もいらっしゃると思うんです。そういった物理的な空間を超えて、疑似的に誰かと出会わせてくれて、自分の会ったことのない人とか気づかなかったこととか、そういう事を教えてくれたり、自分が気付かなかったこと、言えなかったことを誰かが代わりにしゃべってくれたりという、新しい世界や物事の捉え方を教えてくれたり、ケアしてくれたりする、そういった広場のような場所がラジオなんじゃないかなというふうに私は思っているんですね。

つながるラジオの可能性

――そうやってお話を聞いているところ、“病院ラジオ”の話を今日はしているんですけれども、病院だけではない、さまざまな場所にも、そういう“ケアするメディア”として、ラジオの可能性というか期待がありますね。

小川:
そうですね。ラジオもそうなんですけれども、最近、デジタル化で誰もが配信ができるとか、そういう状況っていうのは整ってきているんじゃないかなと思います。
実際、刑務所とか、矯正施設に入っている人の更生を支えるラジオ番組であるとか、あるいは障害であるとか依存症の方が、自分で何か番組を作って、つながったり、それから支援を求めるようなケースっていうのも、日本でも各地でコミュニティラジオなんかを中心に生まれてきていると思います。
こうした普通の人たちが、自分たちがどういうふうに社会に向けて発信できるかとか、コミュニケーションできるか、あるいはケアしあえるかっていう事を考えていくのは、世界的に見れば、意外と主流な研究領域であったり、あるいはラジオの使われ方であったりするというところもあると思います。

関係者へのメッセージ

――お話を伺っていて私もラジオに携わる一人として、放送を、毎日毎日、より丁寧に、届くように、そして、つながるように、何かこう力を頂いたような気がします。

小川:
よかったです。
日本では本当にラジオの聴取率って、そんなに高くはないんですけれども、「ラジオは終わった」とかっていう方もいてですね…、私もすごくラジオが好きで、朝から晩まで聞いていますけれども、やっぱり、“声のメディア”の可能性ってまだまだあると思うんですね。ラジオをはじめとして、声の“ケアするメディア”としての可能性とか、誰もが関われるコミュニケーションを考える一助になったらいいなと思って本を書きました。

――ありがとうございます。“ケアするメディア”、覚えておきます。
名古屋大学大学院情報学研究科 准教授の小川明子さんに伺いました。どうもありがとうございました。

小川:
ありがとうございました。


――リスナーの方からたくさんの声が寄せられました。

山本アイ子さん
誰かをつなぐという意味では、院内でなくても普通の街の中にいても同じだと思います。大事なコミュニケーションメディアだと思います。

わかばさん
ラジオは友達! 大好きです。多くの皆さんとつながれる。終わってないよ。

長崎のクニクニさん
“ひきこもりラジオ”もすてきなアクションだと思います。

――といただきました。栗原アナウンサー頑張っています…。


【放送】
2024/03/19 「マイあさ!」

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