苦境が続く大衆そば屋 立ち食いそば文化はどうなる?

けさの“聞きたい”

放送日:2023/11/23

#インタビュー#たべもの#カルチャー

「日ごろ慌ただしい朝やお昼休みに気軽に入れてありがたい」「安くてうまい」「よく食べに行く」というファンも多い大衆的な「そば屋」。ところが、その「大衆そば」は、今、大きな節目を迎えています。多くの店が直面している現実について、坂崎仁紀さんに聞きました。(聞き手・上野速人キャスター)

【出演者】
坂崎:坂崎仁紀さん(大衆そば・立ち食いそば研究家)

庶民の食べ物だった「そば」

横浜「桜木町」駅前のそば店

――坂崎さんは、これまで大衆そば・立ち食いそば研究家として、心に残るお店を紹介するコラムを書いたり、立ち食いそば文化を本にまとめたりしてきました。
そもそも「大衆そば・立ち食いそば」っていうのはどういうものなのでしょうか?

坂崎:
おそば屋さんというのは江戸時代の中期ぐらいからもう町の中にあったんですね。それで屋台で販売するなんてこともありました。つまり庶民・大衆の食べ物だったんです。

そのうち、おいしいおそば屋さんをいろいろ目指す中から格式の高い高級なお店っていうのが出てきた。そば打ちを極めて十割そばを打つ店とか、いわゆる老舗型のそば屋とかはそこから出てきて、自分で本格的なそば屋をやりたいという人がちょっと高級な流れを作っていきました。

一方、庶民や農民にとっては十割とかあんまり関係なくて、そばや小麦がとれるところでは、日常の「ケ」の食べ物としてそば粉と小麦粉を混ぜて打ったおそばをおいしく食べる文化があったんですね。その流れの延長線上にあるのが「大衆そば」とか「立ち食いそば」だというふうに私は位置付けています。

坂崎仁紀さん

――駅などにあるチェーン店もよく見かけますけれども、そういったものは?

坂崎:
チェーン店も基本的に同じです。そば好きな創業者の方に心意気があって、新幹線に乗って富士山を見て店の名前を付けちゃう人もいるし、それでちょっと規模を大きくしていってフランチャイズにしたりとかっていうのがある。

あと、製麺所をやっていたんだけどやっぱりそばをお客さんに食べてもらいたいと始めて大きくなったというのもある。だからマインドはチェーンも個人店もあんまり変わらないですね。

大衆店に通って感じる面白さ

「冷し天ぷらそば」

――坂崎さんは、そういうお店を対象にして本にまとめてきたのですね?

坂崎:
はい。そばの本っていうと、もう老舗型のおそば屋さんだとか、手打ちのすごくきれいなおそばとかばかりが注目されるんですけど、町のおそば屋さんも立ち食いそば屋さんもおいしいおそばを作りたいと思っている人がたくさんいるのに日が当たってないんですよ。店主は真面目で寡黙な方が多いですから。

だから「そういう人たちをもっと取り上げたほうがいいんじゃないかな!?」って食べているうちに思うようになったんですね。

――そんなふうに思いながら、これまで立ち食いそばをほぼ毎日食べ続けてきたのですか?

坂崎:
そうなんです。中学生の時に通学で神奈川県の大船駅で降りると、おじさんたちがみんなホームの横で食べているんですよ。そこを通ると、いつも醤油のお汁の匂いがほわーっと漂ってきて、「おじさんたちはいま何を食べるんだろう?」って思って。

それである時、匂いに誘われて突撃したわけです。そしたら汁がしょっぱくて、もう「何だ!?このハードボイルドな汁は・・」と驚いて。「大人っていうのはこういうものを食っているんだ」と衝撃を受けました。

高校生になってからも学校をサボって品川に行くと、品川駅にも立ち食いそば屋がある。「ここにもあるな!」と思って寄ると、そこでおじさんたちがブツブツブツブツ言いながら食べているんですよ。サラリーマンたちが「ちきしょー」とか「仕事でどうのこうの・・」とか言いながら、店のおやじにまで文句を言ったりしてね。

それを聞いていて「大人って大変なんだなあ」って思ったんですよ。「俺も大人になるのなんか嫌だなあ」みたいな気持ちになって。だからその頃の自分にとっては何か大人への入り口みたいなふうに見えて、その立ち食いそばの世界にちょっと憧れみたいなものを感じたんですね。

――いま立ち食いそばはテレビや動画の人気コンテンツで、結構取り上げられるようになっていますね。

坂崎:
そうですね。有名なお店はもう結構やり尽くしちゃっていますが、そうじゃないところで「やっぱりおいしいじゃん!」っていうお店がまだいっぱいあるからだと思うんです。

たとえば田舎で食べてきた人たちが東京へ出て来て「あっ、同じものがあった」と見つけて、それでまた立ち食いそばを食べて「懐かしいなぁ」ってふるさとの味を思い出すみたいなね。そんな感覚が各世代の記憶の根底にあるから人気があるんじゃないかと私は思っていますけどね。

東京「浜松町」駅近くのそば店

――坂崎さんの場合はいろんなところに思い入れがありそうですね?

坂崎:
ありますね。そば屋のおやじとかに話を聞くと、通う度に少しずついろんなことを話してくれるんですね。店主が関西の出身なんだと聞くと、だからちょっと汁が薄いような味にしているんだとか、こういう味になっているんだとか、その人のルーツに紐づいているんだなっていうのが分かって面白いなって思うことがありますね。

薄利多売でやっていけぬ時代

「コロッケ」120円、「舞茸天」が150円

――そのように多くの人が親しんでいる「大衆そば・立ち食いそば」について、ちょうど10年前に番組でうかがった際に、坂崎さんは「個人経営のお店はこれから5年、10年で相当きつい状況になる」と話していました。実際閉店するお店も少なくないと聞きます。今はどんな状況なのでしょうか?

坂崎:
10年前に本を出したんですけど、その本の中で100店舗のお店を紹介したんです。それで今回、現在の状況を調べてみたら43軒が閉店しているんですね。しかもこの3年、コロナ禍になってから加速度的に減っているんですよ。だからお店をやっている人は相当きついんだなって感じますよね。

――お店の方ともたくさんお話しをされていると思います。どんな声が聞かれますか?

坂崎:
新型コロナについて言えば、これはちょっと小ネタですけど、関西で鉄道系の立ち食いそば屋さんがあって、そこは食べる時に取るお箸が箸立てに刺さってタワーのように積み上げられているんです。それがコロナで駄目になって、注文したらお客さん1人ずつに包装されたお箸が置かれるようになったという変化がありました。

ほかにも、カウンターに10人並べるお店ではアクリル板を入れることによって8人しか立てなくなっちゃった。アクリル板を入れただけで時間単位で売り上げが2割減るわけですよ。だからもう今までにありえないようなことが起きちゃった。

とにかく薄利多売でやっていますから人がたくさん来ないと商売は厳しい。従業員代もバイト代も出ないみたいな。だから多少の利益は出ても、すごくきつい状態がこの3年ぐらいずっと続いてきたんですね。

――お店は苦渋の思いで値上げされているかと思います。それでもそんなに利益は出ないものですか?

坂崎:
うーん・・、ある知り合いのおそば屋さんでおかみさんが言っていたんですけれども、かけそばを360円で売っていて、「坂崎さん、これのざっくりとした利益(売り上げから仕入れ原価や光熱費などを引いて残る利益)いくらだと思います?」って聞かれたんですね。ちょっと分からなかったんですけど、その店では20円だったんですよ。

――えっ、そんなに少ないんですか?

坂崎:
ええ。これじゃあね。その話を聞いた時に「駄菓子屋みたいだな」と思って、これではやっていけないよねって感じました。

番組リスナーの声

東京・江戸川区の道路沿いに立地するそば店

――「立ち食いそば最高!」という声など、たくさんのメッセージが届いています。坂崎さん、みんな本当に大好きなんですね。

坂崎:
そうですね。みんなそれぞれに俺の店みたいなところがありますから。

【旅するスワローズ男】さん
「栃木県の小山駅の名物だった老舗立ち食いそば屋さんも閉店してしばらくたちました。新しょうがをトッピングしたそばがおいしかったですね。」

【バラ色の人生】さん
「私はコロッケそばが好きです。香川県にはないので、お総菜の野菜コロッケとパックのゆでそばとめんつゆで自作しています。」

――というメッセージもいただいています。コロッケそばもいいですね。

坂崎:
ちょっと汁がしみて溶けるポテトが最高ですよね。

【ギレルモ・ヒゲトロ監督】さん
「ぼくは無言でカウンターに入ると勝手に【いつもの】が出てきます。 いま大変そうですよね。」

【たぬきねいり】さん
「注文した次の瞬間、サッと出てくる。閉店はとても寂しかったな。」

苦境の中で進む店の二極化

――お寄せいただいたメッセージに「閉店」という言葉が出てきました。これまでコロナ禍があったほか、 食材費や燃料費の高騰があり、立ち食いそば屋さんは大変な苦境が続いています。
坂崎さんはもうこの45年間、ほぼずっと通ってきたということです。この変化というのはどのように感じていますか?

坂崎:
そうですね。まあいろんなものが食べられるようになった今、食の多様化というのがもう根底にあるわけですよね。その中でそばだけを見ると、やっぱりちょっと先細り感は否めません。

ただ、近年はいろんな対策が行われていて、もっと高級な方向ともっと大衆的な方向の「二極化」が進んでいるっていう感じです。

たとえば今年、新型コロナが落ち着いてからインバウンドがまた増えてきて、神田の老舗のお店なんかには外国人の方が相当来ているんですよ。客のほとんどが外国人みたいなお店もあったりとかして。だからそんなちょっと明るい部分も少しあることはあるんですね。

ただ、海外の紛争などもあって外国産のそば粉の値段が上がっていますから、お店は対策が必要になっていて、立ち食いそば屋さんなどでも国産のそば粉を使って提供するということも実際に始まっています。今後そういうお店はもっと増えてくるかもしれません。まあ値段がちょっと高くなるってことも含めてですけれどね。

――実際に、二極化というか多様化する方向に結構進んできているということですか?

坂崎:
そうなってきていると思いますね。あとメニューも昔からの安いメニューだけじゃなくて、トッピングをたくさんのせたものや、チャレンジ型のメニューだとかが出てきて、なるべく単価を取れるような高い値段のものをアピールすることが最近はチェーン店とかでも結構多いですね。

薬味の生姜を入れた「冷しゲソ天そば」に、玉子とちくわ天をトッピング

――私もそういうのがあると、思わず行ってみようかなって思います。

坂崎:
みんなだいたいそうだと思います。天ぷらと肉をのせるとかね。それから天ぷらを2つ入れちゃうとか卵を入れちゃうとか。

そうやって今まで400円ぐらいだったのを600円とか700円ぐらいの単価まで上げるとか、サイドメニューを付けるとか。そうしてなるべく少ない人数でも利益を上げられるような工夫を多くのお店がやっていますね。

立ち食いそば文化はどうなる

「ゲソ紅生姜かき揚げ天そば」

――そういう苦肉の策かもしれませんが、利用者にとっては選びやすいということもあるかもしれませんね。
でもこれからが気になります。親しまれてきたこの立ち食いそばの文化はどうなっていくでしょうか?

坂崎:
駅のそば屋さんなんですけど、安全衛生上の観点からホームにあるお店は減っていくと思うんですね。もう新幹線のホームにあった店が減ってますし、在来線でも減っていて、それはしょうがないですね。

それでこれからは階段を上がったコンコースだとか改札の手前みたいなところに移っていく。旅情的な雰囲気はなくなってしまうんですけど、まあそれはしょうがないと思いますね。

逆にさきほど小山の駅そばの話が紹介されましたけど、あそこはあるアニメの中に出てきたことがきっかけでファンが殺到したということがあったんですよ。しかもこの小山の駅そばはもともと製麺所がやっていたんですけれども、その心意気を継いだキッチンカーを小山で作ったりとか、それから足利だとか宇都宮でその麺を使って同じような駅そばの味を再現したりとか。

つまりイベント的なことをやると利益が出るっていうことが分かってきたので、たとえば「去年閉店しちゃった北海道の音威子府の駅そばをイベントでやろう」というようなことがこれから増えるかもしれません。駅弁がはやっているのと同じように、「駅そばフェア」みたいなことをやるとかね。

だからそういうところも含めて、なるべく個人のそば屋の店主にはもうちょっとアピールしてもらいたいですね。皆さんちょっと控えめですが、もっと激しくアピールしてくれるといいですね。

あと、ちょっと話題にもなりましたが、人手が足りないのでゆで麺を機械でやるっていうお店も最近出てきているんですね。そういう流れもあるし、いろんな試みを何かやってみようっていう動きがあります。

――そば屋の中でもいろいろ系統に分かれているということでしたが、どうなっていくのでしょう?

「もり細うどんとあなご天」

坂崎:
そうですね。立ち食いそば屋さんは値上げするかどうか多くの店が苦悩されていますけれども、結局、日本人って、知らないうちにそば屋を使い分けているんですよ。

公式な時には老舗のおそば屋さんに行ったりとか、手打ちの遠いそば屋まで行ったりとか、町の中で食べたり飲み会に使ったり、ちょっと時間がない時にはチャッチャッて駅で立ち食いそばを食べるとか、みんなそばの文化をいろんな次元で使い分けている。

その中で立ち食いそばとか大衆そばっていうのはもう1つのジャンルとして成り立っているので、これをなくすとかなくなっちゃうとかっていうことは多分ないと思うんですよね。これからも1つの文化として絶対残っていくと思います。

立ち食い店だからこその魅力

――最後に坂崎さんが知る「大衆そば・立ち食いそば」の魅力や楽しみ方を教えてください。

坂崎:
立ち食いそば屋さんっていうのは、「そば食いの登竜門的存在」「入門編」と言われてきたんですよ。そこで食べることが入り口で、それからもっといいそばを食べに行こうと。

豚肉を、そば・うどんと密接にしようと考えられた新メニュー

ところが今は立ち食いそばの領域で、新メニューの開発とか動向調査とかを含めて「こういう麺がおいしいんじゃないか!?」というようないろんな挑戦ができることが分かってきたので、今はそんな新メニューの開発の場と言うか、ちょっと「ゆりかご」的な位置付けになっているんですね。そういうところを楽しんだほうがいいと思います。

コロッケ、紅しょうが天、春菊天、野菜のかき揚げ、ゲソ天

そういう意味で言うと、立ち食いそば屋にしかないメニューってあるんですよ。まあ絶対にないという話ではないんですが、たとえば春菊天そばって老舗のそば屋さんはあんまり出さないんです。香りが強すぎて、ほかの天ぷらが負けちゃうから。だけど立ち食いで食べる分には香りが強いのがすごくいいんですね。

それからさっき話に出てきたコロッケそばも老舗のお店にはないんですよ。紅しょうが天そばとかも。そういうものがいろんなところから入ってきてメニューに並んでいるので、立ち食いそば屋でしか食べられないものを楽しむっていう魅力はすごくあると思いますね。

だから伝統のおそば屋さんとは違う面白さみたいなものを楽しみながら、「このお店のルーツの味は何だ」とか「あそこのお店はどうだ」とか、味わいながらいろいろ知って楽しんでいくっていうのはあると思いますね。

いずれにせよ日本人はすごくせっかちだから、チャッチャッチャッと食べたいって人が多いんですよ。だからせっかちな国民がいなくならないかぎり、立ち食いそば屋は永遠に不滅です!


【放送】
2023/11/23 「マイあさ!」

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