映像業界で活躍 性表現の調整担当 “当たり前”は“当たり前ではない”

23/11/23まで

けさの“聞きたい”

放送日:2023/11/16

#インタビュー#映画・ドラマ

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ここ数年、映像業界で注目されている「インティマシー・コーディネーター」。「インティマシー」というのは、英語で「親密さ」や「愛情行為」という意味で、映像業界ではベッドシーンなどで密着したり肌を見せたりするシーンのことを指します。そうした描写をするシーンについて、制作サイドと俳優との間に入り、俳優が納得・同意して臨めるように橋渡しをする仕事をインティマシー・コーディネーターといいます。NHKのドラマ「大奥」でも導入されています。具体的なその仕事の内容をうかがいながら、性に対する捉え方について考えます。(聞き手:野村正育キャスター)

【出演者】
浅田:浅田智穂さん(インティマシー・コーディネーター)


【浅田智穂さんのプロフィール】
1998年、University of North Carolina School of the Arts卒業。2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳をしたことがきっかけとなり、映画業界と深く関わるようになる。その後、通訳として映画の舞台の現場に参加。2020年、Intimacy Professionals Associationにてインティマシーコーディネーター養成プログラムを修了。配信映画作品『彼女』において、日本初のインティマシーコーディネーターとして作品に参加。その後、NHK『大奥』など、数々の映画やドラマにインティマシーコーディネーターとして携わっている。

同意を得て安心安全な職場にする仕事

――まずこのインティマシー・コーディネーターの仕事。制作サイドと俳優さんとの間で橋渡しをするというのは、具体的にどんな事をするんですか?

浅田:
まずお仕事のご依頼を頂きましたら、台本を読ませていただきます。その中から、ヌードや疑似性行為、親密な身体的な接触があるシーンというのを抜粋していきます。台本を読んでみますと、例えば「愛を深め合う」とか、そういった“ト書き”があるんですけれども、どういうイメージか、それだけでは分からないので、監督にどのような描写を考えているかということをお伺いして、それを今度、俳優の皆さんにそれができるか、できないか、ということをお聞きしていきます。
監督のやりたいことというのが、俳優の皆さんのほうで問題なければそのままなんですけれども、何かできないこと、難しいことがある場合は、どこまでの表現なら皆さんが安心安全な気持ちで現場に迎えるかということを確認して、監督の描きたいことっていうのを形にしていく。そういったことを一緒に考えていきます。

――制作の上でとても大事なことだなと思いますが、これまでというのはそういう調整はなかったんですか?

浅田:
全くないわけではもちろんなくて、配慮されている現場もたくさんありました。ただそれが現場にいるスタッフの個人の意識や考えでの配慮であって、明確なポジションとして調整役が置かれていなかったんです。
多くの現場では、インティマシー・シーンに関しては「当日状況を見てから」とか、あとは「とりあえずやってみて」というような形で、俳優の経験値に任せていることが多かったようです。それによって俳優の皆さん、本当に大きな負担を感じていたということが事実だと思うんですね。

今はとにかく俳優の尊厳を守って、不安な部分をはっきりと事前に確認をして、不安を取り除いた上でお芝居に集中していただけるような環境をつくるということが、作品のクオリティーを高めることにつながっていくというように考えるようになってきていて、この仕事が導入されてきています。

――導入されたのはいつごろからですか?

浅田:
日本では、2021年に配信された作品が初めてなんですけれども、アメリカでは、このインティマシー・コーディネーターという職業が出てきたのは2017年というふうに言われています。

――新しいですね。

浅田:
そうですね。はい。

――アメリカの映像業界は、やっぱり、その辺はルール化というか、細かいんでしょうか?

浅田:
先日ストライキが終結した、「SAG-AFTRA」という全米映画俳優組合がとても強いんですね。そこでたくさんのルールがありますので、そういったルールに従って俳優もスタッフも、細かいそういったルールに従ってやっていくというのがアメリカの映画撮影になります。

――アメリカでは、2017年でしたか、MeToo運動、たしか映画のプロデューサーのセクハラ問題が発端でしたから、そういう中でやっぱりこういうインティマシー・コーディネーターの仕事というのも重要になってきたんでしょうね。

浅田:
そうですね。本当にMeToo運動が拍車をかけたというのは事実でして、そこからより導入が増えたということは聞いています。

尊厳を守る=良い作品作り

――日本ではなじみがなかった仕事だと思いますが、浅田さんはどうしてやってみようと思われたんですか?

浅田:
そうですね。
私はこの仕事に就くまでは映像業界だけでなくエンタテインメントにおける通訳の仕事をしていたんですが、自分が現場に出たときに、やはりいろいろ感じるものというのがありまして。そういったその映像業界に感じている自分の、なんていうか、不満というか、そういった部分に関して、なかなか1人では動けなかったんですけれども、このインティマシー・コーディネーターという仕事に関しては、それを私がすることで現場が少しずつ変わっていくんではないかなと思ってやってみようと思いました。

――でも、先駆者は日本ではいないわけですから、かなり戸惑うというか、大変だったんじゃないですか?

浅田:
そうですね。やはり日本に今まで存在しなかったポジションですので、映像業界に限らず、“新参者”というのはやはりなかなか苦労があると思うんですね。

その中で特にこの映画監督という、そういった立場の方とお仕事するって事になると、監督が表現したい事にストップをかけられたりするんじゃないかとか、検閲の立場なんじゃないかというふうに煙たがられるっていうのは、もう、始める前から分かっていたんですね。なので、そこがやはり自分の中で、どうやってこれをやっていくんだろうというような不安はありました。

――検閲とかっていう意味ではないんですね。浅田さんがやっていることは。

浅田:
違います。もう本当に俳優の皆さんの尊厳は守りつつ、スタッフも守って最終的には作品も守る。いい作品につなげるように、私が現場でいろいろなことを調整するというような感じです。

――ただやっぱり、現場では大変さはあるんでしょうね。

浅田:
そうですね。やはりまだ日本に入ってきて4年目の仕事なので、なかなか理解が進んでいないという事実もありまして。とにかく日本の映像業界というのは、アメリカと違ってルールがないんですね。インティマシー・シーンに限らず、労働時間が長いとか、休みがないとか、低賃金とかいろいろと改善していかなければいけない部分というのが正直ありまして。

そのたくさんのことを今後改善していかなければいけない中で、インティマシー・シーンのことだけ「特別にこうしていきましょう」というのはちょっと難しいと私も感じています。

――そういう環境の中で、どうやって仕事を進めたんですか?

浅田:
たくさんのルールがない中で、インティマシー・シーンに関してはやはりルールを守っていかないと俳優の皆さんを守れないので、最初に3つ、監督やプロデューサーと約束事を決めさせていただいています。

1つ目が「インティマシー・シーンは必ず事前に俳優に説明をして同意を得たことしかしない。強制や強要はしない」。それから2つ目が「性器の露出を避けるために、必ず前貼りなどをつける」。3つ目が「インティマシー・シーンの撮影はクローズドセットと呼ばれる最少人数の態勢で行う」という、この3つのルール。これが守られれば、本当にこれは基本中の基本なんですけれども、最低限の安心安全を担保できると思っています。

苦労の中にも感じる手応え

――この3年間ですか、携わる作品が増えてきていると思いますけれども、どんな手応えを感じておられますか?

浅田:
そうですね。俳優の皆さんには、本当に「自分は意見していいとは思っていなかった」とか、「助かる」っていう言葉は本当にたくさん頂くんですけれども、やはり監督からは最初は警戒されることもまだまだ多くてですね。そこは本当に頑張っていかなければいけないところなんですが、ただ、ご一緒した監督の中で「最初はこのポジションどうかなと思っていたけれども、一緒にやってみたら本当に必要なことがわかった」とか、あとは「自分が今までやってきた中で、監督から言われたらやっぱり演者は『NO!』と言えないよね。同意を取るということがいかに重要かということに気づかされた」というようなことを言ってくださる監督もいらっしゃって、本当にこれは意識を変えていくことが大切だなと思っているんですけれども、想定外だったこととしては、俳優のファンの皆さんから、好意的な声がたくさん寄せられているんですね。

――そうですか。

浅田:
はい。「クレジットにインティマシー・コーディネーターが入っていたから、安心して見られました」とか、そういったことがたくさん感想でいただいているんですね。その意識がお客さんにあるということが制作サイドに伝わると、“安心して見られる作品を作っていこう”ということの原動力になると思いますので、そういったお客さんからの感想というのは、とてもありがたいと思っています。

――お話しを聞いていますと、しっかりと同意をとって安心できる仕事環境を整えるということへの理解が広がってきているんですね。

浅田:
はい。そうだと思います。

確認しない・同意をとらない 日本独自の文化

――一方で、「同意を取らなくとも互いにちゃんとやってこられた」という意見もあるかとは思います。映像業界に限らずなんですけれども。それについてはどういうふうにお考えですか?

浅田:
やはり日本には、口に出さない文化といいますか、目が物を言うというような文化があるので、同意を得るという、その文化がまずありません。確認をしたとしても、やはり「NO!」とは言いづらいというのが、感じていることだと思うんですね。「同意や確認がなくてもうまくやってきた」という皆さんは、パワーバランスがそこに働いていたという前提、それに気づかれていないんですね。空気を読む方ほどやはり「NO!」と言えないですし、本当に何て言うんでしょう、今まで意識してこなかったことっていうのはたくさんあると思うんですね。
なので、おかしいと思ったり、よくないなと思ったりしたことに関しては、空気を読んで合わせるのではなくって、しっかりと自分の意見を発信していくっていう文化にこれからなっていくことが必要かと思います。

――同調圧力なんて言葉もありましたけれども、「昔からこうやるのは当たり前だ」ということで「NO!」とは言いだせない苦しみになっている場合もあるんですね。

浅田:
やっぱりこの日本では、我慢する事っていうことがプロ意識と一緒に考えられていることが多くて、そこは「我慢する=プロ」ではないと思うんですね。本当に人間の尊厳に関わることっていうのは、しっかり自分を守っていかないといけないと思いますので。

あとは、プロ意識だと思って頑張って我慢してしまった作品というのは、ずっと一生残っていくので。その我慢してやってしまったことが、結果として次に進めないようなトラウマになってしまうようなこともありますので、心と身体の安全を守った、そういった環境で仕事をするというのがプロであって、よい仕事をしていくためには何がどこまでできるかっていうこと、そういったことは大切だなと思っています。

これからの目標

――浅田さんが今後、インティマシー・コーディネーターというこの仕事を続けていかれると思うんですけど、目標になさっていること・目指していることということはありますか?

浅田:
はい。やはり、そういったインティマシー・シーンがある作品には、必ずインティマシー・コーディネーターが入っているというような環境にしていきたいと思っています。
アクションシーンのときには必ずアクションコーディネーターがいて、念入りに打ち合わせをして、けがをしないように、そういった環境を作っているんですが、インティマシー・シーンはまだそういった状況ではありません。今こうやってラジオに呼んでいただいてお話しさせていただいているんですが、この仕事が本当に特別視されないといいますか、そういったことを目標にしています。

今はやはり、話題にしていただけることは大変ありがたいんですけれども、話題にならないぐらい、全ての作品に入っているようなポジションになれることが目標ですし、本当にキャストだけでなく、スタッフや作品そのものを守っていくっていうことを目標にしています。

あとは本当に、この映像業界だけではなく、誰もが自分を大切にして、よい仕事ができるようになっていくといいなと思っています。


【放送】
2023/11/16 「マイあさ!」

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