課題の食料安全保障 日本の「カロリー作物」増産を考える

23/11/22まで

けさの“聞きたい”

放送日:2023/11/15

#インタビュー#経済#たべもの#世界情勢

放送を聴く
23/11/22まで

放送を聴く
23/11/22まで

去年から続いている食品の値上げや、改善されない食料自給率。日本の食料安全保障が課題となる中、農林水産省は世界的な穀物の不作や紛争などで極めて深刻な食料不足に陥った場合、国内の生産者に対し、サツマイモや米といったカロリーが高い作物への転換を指示できる制度を検討していくことになりました。
これらの日本の食料問題について、盛田清秀さんに聞きました。(聞き手・野村正育キャスター)

【出演者】
盛田:盛田清秀さん(元 東北大学教授)

エンゲル係数が過去最高に

――盛田さんには、今年(2023年)3月にこのコーナーで食料品の値上げについてうかがいました。
そのときの放送内容をまとめてNHKサイト『読むらじる。』に掲載した「もはや食料品価格は下がらない! 日本の食料確保は大丈夫か?」の記事は、8か月たった今もインターネット上でとてもよく読まれています。

もはや食料品価格は下がらない! 日本の食料確保は大丈夫か?(2023/03/13放送)

食料品価格の高騰が今も続いている状況を、改めてどのようにご覧になっていますか?

盛田:
“失われた30年”で日本は豊かさの目安となる1人当たりGDPが大きく後退し、昨年は残念ながら29位にまで下がっています。この間、国民の実質所得や可処分所得も減少を続けていて、勤労者世帯収入はこの1年で実質マイナス5.8%と大きく落ち込んでいます。
こうした中で皆さんは食料品の値上がりをすごく強く実感しているのではないかと思います。実際この1年で食料品価格は9.0%も上昇しているんですね。

子どもの頃に習ったかと思いますが、家計支出に占める食費の割合「エンゲル係数」が1980年以降、過去最高の29.1%まで占めるようになったんですね。
残念ながらこの食料価格の高騰は短期的なものではなくて、長期間続くと考えなければならないのが現状です。

前回(2023年3月)の放送では、この値上げの背景となる3つの原因をあげました。
1つは、世界人口の増加に加えて、インドや中国などの新興経済大国の経済成長で食料需要が大きく伸びたこと。人口が増えたうえに豊かになって食料消費が増えるわけですから、全体として食料需要が大幅に増えるのは当然です。ただし、これは20世紀にすでに予想されていたことで想定内だったんですね。

問題なのは、想定外の要因が2つ新たに現れたことです。

このうちの1つは「地球温暖化」です。干ばつ、洪水、台風、熱波。こうした激甚災害が世界各地で頻発し、これが食料生産の脅威になっているんですね。
先月(10月)、FAO国連食糧農業機関が報告書を出して、その中で「この30年間の気象災害で3.8兆ドル、日本円にして約570兆円もの農畜産物が失われた」と報告しています。

それからもう1つは、これも地球温暖化と関連するんですが、穀物などを使って「バイオ燃料」を大規模に生産するようになりました。食料を食べるのではなくて燃やしてしまうんですから影響が大きくなりますね。

こういう理由で食料は特に穀物需給がひっ迫するようになってしまい、価格が上がって下がらなくなりました。

残念ながら、これら3つは構造的あるいは固定的要因と考えられますので、容易に解消できるものではない。21世紀になって食料需給は≪過剰から不足へ≫抜本的に転換しました。これは当分続くと見たほうがいいと思います。

食料価格の上昇については、「円安」や「ウクライナ戦争」が原因だと思っている方も少なくありません。確かにそれは食料価格の極端な上昇につながっていますけれども、この戦争が終わっても価格が大幅に下がって元に戻るということはもはやないと考えていいと思います。

「輸入」頼みのリスクを実感

――そうすると、世界的な食料問題が顕在化して、日本は今後も必要な食料を確保できるのかが課題になります。日本の食料安全保障の問題は、今どういう状況にあるのでしょうか?

盛田:
食料確保のために、どの国も基本的に3つの方法で対処しています。1つは「輸入」。次に「備蓄」。それから「国内生産」です。

日本もこの組み合わせでこれまで食料を確保してきていて、特に「輸入」に大きく依存してきました。その理由はいくつかありますが、1つは安く輸入食料を調達できるということ。国際価格は変動があるんですが、時々大きく変動したとしてもこれまでは数年で元に戻っていたんですね。だからリスクをあまり感じることもなくて輸入に頼ってきたわけです。

ところが今世紀に入って事情が大きく変わり、食料価格は高止まりしました。そうなると輸出国を中心に多くの国が食料の輸出規制とか輸出禁止措置をかけるようになったんですね。

その結果、これまで有利なうえにリスクもたいしたことはないと思われてきた輸入が、これまで通りにはならなくなりました。現在、ウクライナ戦争でそれが目に見えるようになり、初めて国民レベルで輸入頼みのリスクを実感しているのが現状だと思います。

おまけに日本経済が低迷して食料調達市場で競争力を失い、日本が買い負けるようになってしまったんです。この点からも輸入への依存を改める必要に迫られているというのが実態です。

2つ目の「備蓄」はどうか。日本は米とか小麦とかトウモロコシを若干備蓄していますが、保管コストがかかるので、備蓄をこれ以上拡大していくのは難しい状況です。

3つ目の「国内生産」は、これまでは不利だと思われていたんですが、実際はコストの面からも、あるいはそれ以上に供給の安定性・持続性からも、これからは最も頼れる方策としていま見直されています。

こうした理由で、これからは国内農業の振興・活性化を図ることが王道なのではないかと私自身は考えています。

「カロリー作物」増産指示?

――では、国は今後どうするのか?
農林水産省は今月8日に開いた食料安全保障の強化に向けた有識者会議の中で、世界的な穀物の不作や紛争で輸入が滞るなどして必要な食料が確保できない場合の対応案を示しました。

それによると、国民が最低限必要なカロリーの確保が重要だとし、極めて深刻な食料不足に陥った場合には総理大臣をトップとする政府対策本部を設置して、国内でサツマイモやコメなどの作物を作る生産者に対し、増産を指示することが考えられるとしています。

この対応案について、盛田さんはどのようにお考えですか?

盛田:
世界の食料事情を見ると、日本政府として想定しておかなければならない話ではあると思います。ただ、目指すべき総論は良くても、それを実現するための具体的な手順や有効な手だては現時点で必ずしも明らかになっていません。
たとえば、必要とされる農畜産物の増産や品目転換についての検討では、生産者への要請措置が示され、それで足りない時は「指示」が行われるとされています。
ただ、その「指示」の中身は検討事項とされていて、今のところ具体的に示されていないんですね。

いま日本国内には175万戸の農家がいます。その農家を動かすためには、それを裏付ける法律や制度が必要になってきますが、これまでは市場価格をシグナルにし、個々の農家が品目や生産量を自己決定してきました。政府はそこに補助金という経済的インセンティブを用いて、国として望ましい方向へと農業生産を導いてきました。

でもここに来て、政府は来年の通常国会に「要請」や「指示」を行う法案を提出する方針だということです。「要請」というのはお願いですからともかく、「指示」という強制措置が可能なのかどうか疑問がありますし、そういう「指示」が発動される事態は見たくないというのが個人的な思いです。むしろそれ以前に、安定した食料生産を可能にしたり持続したりできる国内農業の再生・活性化に、政策資源を集中すべきではないかと思います。

いきなり要請や指示が出ても、現場がそれに対応できなければ全く意味がないわけですね。だから現場が対応できるような体制を整備することが大事ではないかと思っています。

農林水産省は、「食料自給率」とともに、2015年から「食料自給力」という指標を掲げています。この「食料自給力」は「農業の生産基盤をどれぐらい維持していくのか?」ということを問題にしているわけですが、具体的にそれを示すことが求められると思います。
特にこの中で大事なのは、「人」と「農地」の問題です。この2つを日本農業がどうやって維持していくのか? 展望を示すことが何よりも大事だと思っています。

若い人が魅力と思える仕事に

――盛田さんは、国内農業の振興・活性化を図ることが王道であり、「人」と「農地」がポイントだと指摘されていますが、日本はどうしていけばいいとお考えですか?

盛田:
食料安全保障が課題となった現在、日本はやはり地道に国内農業の再生に努力すべきです。そこで何より必要なのは農業の担い手となる「人」ですね。若い人が農業を魅力的な仕事だと感じられるようにしなければいけません。

人手不足と言われる介護産業の問題とも共通するんですけれども、若い人が職業を選択したら、その職業・産業で安定した生活を送り、家族を養っていける。これは私の持論なんですが、お子さんが「大学に行きたい」と言った時にはちゃんと大学を卒業させてあげられる。そういう収入を得られるような産業にしていく必要があると思っています。そうでないと若い人が人生をかけて農業分野に入っていくことはあまり期待できないのではないでしょうか? 私はそのように考えております。


【放送】
2023/11/15 「マイあさ!」

放送を聴く
23/11/22まで

放送を聴く
23/11/22まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます