“不思議な条例”の問いかけ

マイあさ!

放送日:2023/11/01

#インタビュー#政治#経済

慶應義塾大学教授の大屋雄裕さんの専門は「法哲学」。ニュースなどに出てくる法が、どのような背景で生まれたのか、どうあるべきなのか、私たちの日常とどんなふうにつながっているのか、分かりやすく解説していただきます。今回は、先日話題となった“あの条例”について考えます。

【出演者】
大屋:大屋雄裕(おおや・たけひろ)さん(法哲学者・慶応義塾大学教授)
野村:野村正育キャスター
星川:星川幸キャスター

“あの条例”受け止めは?

星川:
埼玉県議会の自民党県議団が県議会に提出した、子どもを自宅に残したまま保護者が外出することなど放置を禁止する「虐待禁止条例」、その改正案です。
子どもたちだけの自宅での留守番、おつかい、登下校、そして子どもだけを残しゴミ捨てにいく行為なども虐待にあたる放置の例として挙げられました。これに対し、「ほとんどの保護者が条例違反にあたる」などとして、住民から反対の声が殺到、SNSなどを通じて全国でも波紋を呼ぶことになりました。

野村:
この提出された改正案、委員会で可決されたあと、県民はもとより全国的に「不安と心配の声が広がった」などとして、本会議前に取り下げるという異例の経過をたどりました。大屋さん、この改正案、どういうふうに受け止められましたか。

大屋:
批判されているとおり要求が過剰で、共働きとか介護の必要なお年寄りを抱えた家庭では実現できない、と。「アメリカではこうなんだ」という意見もありましたけれども、治安状況が全く異なるわけで。

野村:
前提条件が違うと。

大屋:
はい。「立法事実」と言いますが、こういう条例が必要な事態というのは本当にあったか、かなり疑問があります。

“不思議な条例”の特徴

大屋:
最近、こういった条例の内容というのが議論を呼ぶことが結構ありまして。2020年には香川県の「ゲーム条例」ですね、「子どものゲームを1日60分までに制限したい」というようなことが定められたり。

野村:
あー、ありましたね! 話題になりました。

大屋:
ほかにも、これは地域おこしですが、2014年の北海道中標津町ですが、「牛乳消費拡大応援条例」というので、「1杯目の乾杯は地場産の牛乳で」ということが呼びかけられたりしていました。

星川:
ほかにも番組で調べましたところ、全国には、「おにぎりを作るときは具を梅干しにするよう呼びかける」条例とか、「子どものいいところを見つけてとにかく褒めてあげる」条例なども。大屋さん、こうした条例、いろいろとあるんですね。

大屋:
いずれも「規制力がない」というか、「罰則であるとか強制力は定められていない」というのが特徴ですね。

問題はどこにある?

星川:
今回、埼玉で提出された改正案が大きな議論を巻き起こしたわけですけれども、なぜこうした問題が起きたんでしょうか。

大屋:
1990年代以降、「地方分権」ということがかなり重視されることになりました。2000年の「地方分権一括法」というので、国と地方が対等な協力関係と位置づけられた。その中で地方議会の活動も注目されるようになりまして、条例の議員提案というものも要件が緩和されてやりやすくなった
その一方で、逆に政務調査費のずさんな使用であるとか、最近でも無免許運転であるとか暴行が話題になりました。地方議員の資質が疑問視される例というのも残念ながら増えています。
両方を踏まえて、やはり「自分たちはきちんと仕事をしているというアピールをしたい」という空気はあるのではないかと思います。先ほど言及しましたが、特に義務を課したり権利を制限したりするものではない、いわば「政治的アピール」としての条例が広まっているのではないか、という印象はあります。

星川:
単なる政治的なアピールとして作られているものもあるかもしれない。でも、そうした条例で不利益っていうのは生じないんでしょうか。

大屋:
いえ、「そうではない!」というのが問題なんですね。

野村:
そうではないんですか!?

大屋:
はい。今回の事例でも「虐待だ!」ということを示すだけで、別に犯罪として扱うわけでもないし義務を課すものでもないという説明を提案者側はしているわけです。しかし、条例で虐待だと位置づけられたら、たとえばそれによって「民事訴訟において不法行為だと扱われる」とか、あるいは、「離婚を巡る紛争で不利になる」といった波及効果を想定しなければいけないわけですね。

星川:
なるほど。改正案では「県民に通報を義務づける」ことも明記されていたということで、隣近所での監視や同調圧力などを懸念する声も出ていたようですね。

大屋:
はい。さらに、こういう通報なり情報提供なりを受けるのは、都道府県で言えば児童相談所、あるいは各市町村のような現場なんですね。その現場に「通報が増えたものを吸収できる余力があるのか、対応できるのか」ということが問題になるわけですが、今回は事前にその辺も調整をしていなかったということで、現場側からもかなり困惑の声が出ていたようです。

なぜ問題を抱えたまま提出?

野村:
条例ができたことによる間接的な影響とか効果に対する目配りが十分でなかったかもしれない、と。ではなぜ、そういういわば問題を抱えたような条例案でも提出できてしまうんですか。

大屋:
はい。これは国会でもそうなんですが、行政の側、官僚の人たちとかが作る「内閣提出法案」というものに対しては、「内閣法制局」というところが合憲性、合法性を含めて極めて厳しいチェックをしているので、こういう問題は起きにくいわけです。これに対して、国会議員の方々が作る「議員提出法案」の場合には、どうしてもそういうチェックが行き届かない。国会の場合には、それでも衆参両院に「法制局」というのが置かれていて、法律づくりの専門の職員がサポートしてくれるので問題が起きにくい、支援が受けられるわけですが、自治体にはそういう組織がないんですね。

野村:
えっ!

大屋:
「議会事務局」というのが頑張って支援しているんですが、実態としては。これも、実は必ず置かなければいけないのは都道府県までということで、市町村の場合にはそういうバックアップ組織、あるいは法案づくりのプロフェッショナルというのが欠けている面があるわけです。

野村:
はぁ。

大屋:
もちろんですね、民主政治の理念から言うと、選挙で選ばれた議員というのが我々の代表なんですね。だから、彼らが法律や条例の内容を作るのが本来の立法方法なんだ、と。

野村:
そうですね。

大屋:
議員提出法案が一番いいのだ、という声もあるんですけれど、やはり先ほどのような間接的な波及効果も含めた“専門的な検討”という観点から見ると、ちょっと限界がある、というのが残念ながら事実なわけです。

野村:
今、国が作る法律などたくさんありますから、法律の間の整合性とかいろんなバランスを検討しなければいけない。ところが、地方自治体の条例の場合はそこまでちゃんとチェックできる機能がない、まだ不十分である。

大屋:
自治体によるけれども、実力の差が激しいということです。

本来の地方議会の仕事とは?

野村:
そんな中で、ある種の政治的アピールを目的とするような条例ができてしまうという状況、大屋さん、どのようにご覧になりますか。

大屋:
そもそも「条例作りを地方議会の“本来の仕事”だと思い込みすぎる」のもどうかと思うんですね。

野村:
どういうことですか。

大屋:
国会議員とか自治体の首長さん、県知事さん、市長さんというのは、地域の外から立候補されて構わないんですね。外から連れてくることもできる「行政や政治のプロフェッショナル」であることが期待されているわけです。
ところが地方議員さんは、その地域の住民しか立候補できないですね。まさに「その地域の代表者」であって、「大規模な財産処分とか契約が地方議会の同意なしには行えない」というのが“国会にはない独自の権限”なんです。
たとえばですが、昨年、ある町で行政が公共工事を入札で発注しました。ところが「受注した企業の代表者が極めて問題の多い人物である」ということが議会側から指摘をされた。収入制限を超えて町営住宅に住み続けているとか、しかも無断で改修して立ち退きを求められているのに応じていないとか、こういう地元ならではの情報をもとに、この件では議会が契約案件を否決したということなんですね。こういう形で、地元住民ならではの立場から財産管理をきちんとするというのがかなり独自の役割なんです。

野村:
これは地方議会にとっては極めて重要ですし、住民にとっても利益がありますもんね。

大屋:
地方議員さんは、やはり「住民たちが納めた税によって作られた自治体財産の使われ方を監督するのだ」と。これは本当に先ほど言ったとおり、地方議会の議員さんだけが持つ特別な役割なんです。

地方議員 果たすべき役割

星川:
そういう本来期待されているところで仕事をしていることを示すのが大事ということですよね。そうすると、条例づくりというのはほどほどにしておくべきということでしょうか。

大屋:
地域の行政のために必要なルールをちゃんと作る、条例で作るっていうのは必要ですし、立派なことなんですね。典型的には「景観条例」のように、「地域の特性を守るためのルールを定め、自分たちも守るし、まわりにもちゃんと強制しようよ」っていう、こういう条例には“地域づくり”という観点からも大きな意味がありますし、自治立法としての条例制定権もそのように使うのが本来の目的だと思います。
しかし、無害無益だったり、あるいは副作用の強い条例をアピールのために作ったりというのは、それを逸脱してるのではないかなと思うところはありますね。

野村:
そうしますと、今回の事例から我々が学ぶべきこと、また、地方の議会などが考えるべきこと、改めて大屋さん、どのように指摘されますか。

大屋:
今回の条例案に対して、県知事さんにはかなりの声が寄せられている。1,007件意見があって、1,005件が反対だったというようなことがあったわけですが、他方で、提案された県議団の方々のほうは「意見公募したけれどあんまり意見が来ませんでした」みたいなことをおっしゃっているんですね。
「そもそも住民からきちんと見られていない、自分たちがやっていることが住民に伝わっていないのではないか」ということを、ちょっと反省していただいたほうがいいのではないかと。「住民と行政をつなぐ」のが議員さんの役割なのに、それよりむしろ行政に直接声が入っている。これでは議員さんの役割が十分満たせないのではないかなとは思うところです。


【放送】
2023/11/01 「マイあさ!」

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