林真理子著『成熟スイッチ』

23/02/01まで

著者からの手紙

放送日:2023/01/01

#著者インタビュー#読書

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『成熟スイッチ』は、多くの連載を抱える小説家で、文学賞の選考委員や大学理事長としても大忙しの林真理子さんが、「成熟」とは何かについて考えたエッセー集です。林さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
林:林真理子さん

野心から成熟へ

――『成熟スイッチ』の表紙には、林さんが18歳のときの写真と現在の写真が隣り合わせで載っています。この表紙は、林さんの「成熟スイッチ」が、押される前と押された後を表していると思えばいいでしょうか。

林: ああ、なるほど。このころはひどかったと、思いますよ。私、大学時代、池袋の駅前のあんみつ屋さんでアルバイトしていたんですけれども、そこはいつも高校生と女子大生が5~6人いたんですね。チーフみたいな子が任命されるんですよ。いつも私、外されて、絶対にならなかった。前の人が辞めたときは大学生が私一人だったけど、やっぱり高校生が指名されて、本当にトロそうだし責任感なさそうだし、グズで仕事できなさそうで頭が悪そうで、信用できない人間だったんだなって思います、このころ。

――そのころから比べて、自分自身は少しずつ成熟してきたと?

林: ものすごく成熟したと思います。成熟度合いがすごかったと思います。世間がついてきてくれない(笑)。自分ではかなり変わったと思うんですけどね。

――デビューした頃は、いろいろ野心があった。実際に10年ほど前に『野心のすすめ』という本も書いてらっしゃいますよね。まさにそのころというのは、自分がもっと売れたいとか、どうすればいいかを考えて行動されていた林さんが、今は成熟という言葉に変わっている。何が変えたと思ってらっしゃいますか。

林: それはもう、いろんなものを得て、いろんなことに自信が出てきたということだと思ってるんですね。もう私がそんなことをする必要がないと思うことがいっぱい出てきたので、そんなにギラギラすることもないですし、「私が、私が」っていうこともなく静かに構えていれば人も仕事も寄ってくることがわかってくれば、余裕というものは成熟と同じものですから、そこで優雅に振る舞うことができるというのが、成熟じゃないでしょうか。

――若い頃は、自分でアピールしていくことが生きていくためのすべだと。

林: もちろんです、もちろんです。私がコピーライターの養成所に通っていた頃は、いつも一番前に座って「はい! はい!」って、当時はツンツン髪というのがはやっていたんですけれども、流行のすごくとがった格好をしていつも手を挙げていたと思います。やっぱり目立つ人がとってもうらやましかったですし、もっと私にチャンスがあればいいのにって、そういうことばっかり思っていたと思います。

出会いで開く新たな扉

――林さんが少しずつ変わっていく中で、多くの方々との出会いが書かれています。成熟のお手本として出てくる一人が、林さんが「成熟の完成型」と称する瀬戸内寂聴さんです。寂聴さんのどんな部分に成熟を感じられるんですか。

林: あの先生みたいになると、もう来るものは拒まずになるんですね。あるとき、すごくスキャンダラスな女性がいて、「私、こんな女、大嫌い」と思って悪口書いたりしてたんですけれども、瀬戸内先生のパーティーに行ったら彼女が来たんです。みんなが冷たい視線の中、先生だけが「○○ちゃん、よく来てくれたわねえ」って駆け寄って手を握ったりして、「先生、なんでこんな変な人と仲良くするんだろう」と思って。でも、さっき申し上げた余裕というか、ここまできたらすごいなと思いました。すべての人を受け入れて、そしてみんなに愛を注いでいる。そうかといって、そんなに聖人君子でもないし、お酒はお好きだしゴシップは大好きだし、そういうところもたまらなくすてきだなと思いました。聖と俗を併せ持っている大きさがありましたね。

――林真理子さんの成熟度合いを上げた人、もう一人は、渡辺淳一さんです。

林: はい。渡辺先生は本当にすてきな方で、いつも文壇のパーティーに行くと、あの先生の周りにはきれいな方々が二重三重でいたんですけれども、別にそういう色っぽいことだけではなくて自分の仲間として扱ってらして、きちんと節度と敬意を払っている様子がとてもよかったと私は思っています。私は、作家として成熟していくには、もっと歴史もの・伝記ものを書こうとしてあせっていたときがあったんですけれども、渡辺先生が、「林くんは、最近よくそういうものを書いているけれども、作家の本質はそういうことじゃない。いちばん難しくておもしろいのは男と女の情事を書くこと。これに尽きるんだ。もっと若いうちはこういうものを書きなさい」と。つまり何を教えてくださったかというと、作家としての歩み方には、ちゃんとした速度があるんだということを教えていただいた気がいたしますね。

――本の序盤で、林さんの心の中にずっと残っているという言葉が紹介されています。それは先輩作家の中上健次さんから言われた、「編集者とばかりつきあっていると、ロクな作家にならないぞ」という忠告です。 中上さんはどんな成熟スイッチを押してくれたんですか。

林: もっと広い世界を見るということだったと思いますね。私がこの間まで幹事長をやっていました文化人の団体は、学者さんですとかアーティストですとか作曲家ですとか女優さんですとかいろんな方がいて、もう20年やっていますけれども地方に行ってシンポジウムやコンサートをやってくるんですが、これは私にとって非常に大きな世界を広げてくれたと思っています。

――編集者以外の方とのおつきあいで、大きな出会いはありますか。

林: いちばん大きいのは、作曲家の三枝成彰さんときょうだいみたいなおつきあいが始まって、三枝さんから、チャリティーで歌を歌ってごらんと言われて、オペラの声楽を習いました。そしてオペラが大好きになって、世界の歌劇場に連れて行ってもらって、全く新しい扉が開いたんですね。私もオペラの台本を書いたりして、三枝さんと出会わなかったらなかったなと思います。

――それが成熟スイッチの一つ、ということなんでしょうか。

林: ほんとですね、誰と出会うかですよね。編集者とかたまっていて毎晩どこかで飲んで業界のうわさ話をしていたら、今の私はなかったなというふうには思っています。

――この本には林さんが成熟のお手本とする方たちがたくさん登場しますが、最も印象的なのは林さんの弟さんの存在です。「彼の生き方を見ていると感心する」とありますが、弟さんのどんな点に感心しているんですか。

林: ほんとお金がないのに、よくこんな楽しそうに生きていられるなあと。

――えっ、どういうことですか、それは。

林: 弟は海外勤務もあるそれなりのエリート社員だったんですが、母親の介護で早期退職をしました。そしてうちの弟は、バスなんですよ。やっぱりオペラが大好きで合唱をするんですけれど、「若い人と出会えてみんなでいろんな話ができて、めちゃくちゃ楽しいよ」って言うんですよ。うちの弟、どこの場所に行っても「楽しい」って言うの、すごいなと思うんですね。例えばワイン会。だいたい3千円くらいのワインを持ち寄ってものすごく楽しそうに飲んでいて、「こういうもの、飲みたい!」とか「お姉ちゃん、いいなあ」なんて全く思わないし、不平不満もない。とにかく今、自分のいる場所で非常に楽しそうに生きている弟を見ると、いいなと私は思います。

変われるって、とても幸せ

――この本は、林さんの「成熟とは何か」という問いに対する自問自答とも言えると思うんですれども。

林: はい、もちろんそうです。

――そうした中で林さんは、成熟とは、「昨日のままの自分だと、少しつまらないよ、ということ」と、本を締めくくっていらっしゃいます。このあたりの気分について教えていただけますか。

林: 年をとると1年が速くて、「もう新しい年?」という感じでございますけれども、年とってから、きのうと同じこと、おとといと同じことを淡々と、もう知っていることをやるから1年がこんなに速いんですけれども、私は昨年7月に日本大学の理事長になりまして、それからものすごく時間が遅いんです。毎日が初めてのことばっかりだから、「まだ1週間しかたってない、まだ1か月しかたっていない……そうか、ゆっくり生きるって、こういうことなんだな」と思ってきました。だからこういうことって、寿命が延びるということじゃないかなと思って。

――なるほど。つまり毎日ドキドキするようなことを、自分で体験していくと。

林: そうそう、そうです。初めての場所はなれなくて、用語もわからなかったりするんです。でも信頼できる人たちができて、そういう人たちといろんな話をしていくと、「ああ、私、2か月前とはすごい変わってるな」と思えるときって、とても幸せだなと感じます。

――10年前は「野心」、現在は「成熟」。あと10年後、林さんはどう変わってるんでしょう。

林: 生きてるかどうかはわからないですけども、たぶんもっとすごいことになってると思います。たぶん今やっている大学の任期が終わる頃には、鍛えられていると思う。いろいろたいへんなことを毎日やって、これを4年間やりとおしたら、自分で言うのもなんですけど、私は本当に成熟した大人の人間になれるだろうと、楽しみにしています。

――『成熟スイッチ』 の著者・林真理子さんにうかがいました。林さん、ありがとうございました。

林: ありがとうございました。

【放送】
2023/01/01 マイあさ! 「著者からの手紙」 『成熟スイッチ』 林真理子さん

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