突然ですが、もしも車に乗るなら、あなたはどんな車を選びますか? 街乗りが中心なら、コンパクトカー。アウトドアやレジャーを楽しむならワゴンやSUV。子育て世代はファミリーカー。ライフスタイルや用途によって選ぶ車は変わってきますよね。
では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか? 実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。
さあ、国語辞典を開いて、広くて深い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、いろいろやってる芸人のサンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間マニアックな国語辞典トークにおつきあいください。
恒例の街頭インタビューですが、今回はある言葉の用例を考えていただきました。その言葉は「せっかく」です。回答率が80%以上だったそうで、ありがたいですね。
みなさんせっかくという言葉をどんなとき、どのように使っているのでしょうか? 街の声をお聴きください。
- せっかく大阪に来たならタコ焼きを食べよう!
- せっかくここまで来たのに、お店が閉まっていて残念だった。
- せっかく公園に来たので、アスレチックで遊んでください。
- せっかく作ったのに、食べてもらえなかった。
- きょうはせっかくなので、みなさん一人一人から発表していただきます。
- せっかくだから一緒に遊ぼうよ。
- せっかく家まで来てくれたなら、お茶でもどうですか?
タツオ:
柘植さんは「せっかく」を使うとしたら?
柘植:
「せっかく作ったご飯、誰も食べてくれない」ですね(笑)。
タツオ:
うちの母親もよく言っていました(笑)。
では、国語辞典ではどのような用例が出ているのでしょうか。
三省堂国語辞典 第八版、①〔それが むだになるのはおしい、という気持ちをこめて言う〕ⓐわざわざするようす。「せっかくのご指名なので、一言ごあいさつを」。「せっかく来たのにお休みだった」のように、自分の行動について言うと、不満の気持ちが出る。ⓑ〈めったにない/だいじな〉ようす。「せっかくのチャンスをにがした」と書いてあります。つまり、自分に使うと残念な気持ちで、自分以外のもの(場所やタイミング)に使うと、むだになるのは惜しいという気持ちになるんですね。たしかに誰に対して使うのかで意味が違ってきますね。
柘植:
そうですね。
タツオ:
②では〔古風〕な表現として、じゅうぶんに。つとめて。という意味があって、「せっかくご自愛ください・せっかくおはげみなさい」と書いてありますが、こんな使い方しませんよね? この古風な表現は、ほかの辞書にも載っています。
柘植:
昔はそんな使い方してたんですね。
タツオ:
岩波国語辞典 第八版では、①努力して動作をする様子。㋐自分が骨を折ること。「せっかくの努力が無になった」「せっかく用意したんだから食べて行ってくれ」。㋑相手の努力を謝する気持ちで使う。骨を折らせて。「せっかくの厚意」「せっかく来てくれたのに留守にして」と書いてあります。㋒十分気をつけて。せいぜい。「せっかく勉強したまえ」「せっかくごきげんよう」「せっかく御身お大切に」と書いてあります。
柘植:
㋒は古風バージョンですね。
タツオ:
以上が努力して動作して説明ができる用例です。②の意味の㋐では、努力・好意等による効果がうせるのを残念がるさま。「せっかくの休日を雨に降られた」。㋑他人の申し出を断る時に好意を無にするおわびにはさむ語。「せっかくだが断る」と書いてあります。つまり、“わざわざ”みたいなニュアンスが一個乗るのが「せっかく」なんです。「休日の雨に降られた」と言うよりも「せっかくの休日を雨に降られた」と言った方が残念な気持ちが乗っかっているんです。「休日」にも「雨」にも「降られる」にもそんなに“残念”なニュアンスが入っていないので、「せっかく」でそれを表現しているんです。
新選国語辞典 第十版では、①望ましい事態になりさらにそれに好ましいことを加える気持ちをあらわす。「せっかく鹿児島に行くならば沖縄に足を延ばしたらいかがですか」「せっかく好きな人と結婚できたのだからお幸せに」という用例があります。「せっかく」は、後にくる言葉によってニュアンスが変わるんです。「せっかく好きな人と結婚できたのに」だと、「幸せじゃなかった」になるんです。
柘植:
そうですね。
タツオ:
これは冒頭のインタビューにもあったのですが、「せっかくここまで来たのに」「せっかくつくったのに」のように、期待していることと逆のことが起こった残念な感じを「のに」で表現しているんです。つまり、「せっかく」という言葉は、後で受ける言葉がある程度決まっている不思議な言葉なんです。②では、相手の行為が望ましいものであったり好ましい状況を招いたりしたのにもかかわらずそこから期待どおりに運ばないようすをあらわす。と書いてあります。
柘植:
ちょっとむずかしいですね。
タツオ:
そして、「せっかく迎えに行ったのだが行き違いになってしまった」「せっかく来てくれたのに留守にしていて申しわけなかった」「せっかくのおすすめですがお断りします」という用例があります。最初は望ましい状況かと思っていたけど、期待どおりに運ばなかったときには「のに」「だが」「が」という“逆説”が付きやすいということなんですね。③は、相手の行動が望ましく運ぶことを願う気持ちをあらわす。「せっかくご自愛ください」「せっかくお大事に」とありますが、これって使わないよね。
柘植:
この古風な表現は、どの辞書にも載っているんですね。
タツオ:
「せっかく」という言葉は、みなさんうまく使いこなしているんですが、意味がいろいろあって、その時の状況や、そのあとに続く言葉によって意味がだいぶ変わります。それを瞬時に判断して的確にみなさんは使っているんです。でも「せっかく」という言葉を説明するとなると、むちゃくちゃ難しいんです。
柘植:
何気なく使っている言葉ですけど、我々はいろいろと用途を変えているんですね。
タツオ:
こういうことが国語辞典にはたくさん載っているんですよ。
柘植:
せっかく国語辞典があるのであれば、上手に使ってください。
タツオ:
そういうことです!