突然ですが、もしも車に乗るなら、あなたはどんな車を選びますか? 街乗りが中心ならコンパクトカー。アウトドアやレジャーを楽しむならワゴンやSUV。子育て世代はファミリーカー。ライフスタイルや用途によって選ぶ車は変わってきますよね。
では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか? 実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。
さあ、国語辞典を開いて、広くて深い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、漫才師「米粒写経」のサンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
本日も国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間マニアックな国語辞典トークにおつきあいください。恒例の街頭インタビューからスタートです。
街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。
もしもあなたが国語辞典ならこの言葉、何と説明しますか? みなさんが何について説明しているのか、想像しながらお聴きください。
- 丸い穴があいている甘い食べ物。
- 甘い、真ん中に輪があいた円形のお菓子。
- 小麦粉を発酵させて、成形して揚げたもの。
- 真ん中があいている糖質の塊。
- 輪っかになっていて、小麦粉を練って揚げたものに甘い味付けをしておいしくしたもの。
- 真ん中があいている甘いお菓子。サーターアンダギーの真ん中あけたバージョン。
タツオ:
街行く人が説明していた言葉はドーナツでした。柘植さんはドーナツ食べますか?
柘植:
糖質の塊だけど食べますよ(笑)。
タツオ:
柘植さんはドーナツというと、どんなものを思い浮かべますか?
柘植:
やっぱり穴のあいた、お砂糖をまぶしたシンプルなやつですね。
タツオ:
ベーグルについてはどうですか?
柘植:
私、ベーグルつくるんですよ。ベーグルはゆでて焼くんですよ。
タツオ:
でも原材料は同じ小麦粉ですよね?
柘植:
柘植レシピの場合は、強力粉でもちっとさせて、形も丸くしますが、ドーナツほどきれいにならないんですよ(笑)。
タツオ:
形のみで考えると、そんなに大きな違いがないですよね。
柘植:
穴があいていて、同じですね。
タツオ:
今回は、穴のあいていないドーナツについて、国語辞典編集者になって考えてみてもらいたいんです。頭の中で思い浮かべているドーナツと、実際にこの国で食べられているドーナツは、どんな形でどんなものと説明すればいいのか考えてください。
新選国語辞典 第十版には、小麦粉に砂糖・バター・卵・ベーキングパウダーなどをまぜて輪の形につくり、油であげた西洋菓子。西洋のお菓子じゃないドーナツって何が思い浮かびますか?
柘植:
あんドーナツ?
タツオ:
あんは日本のものですし、おじさんも食べますよね。
柘植:
おばさんも食べますよ(笑)。
タツオ:
ドーナツの専門店に行かなくても、スーパーやコンビニエンスストアで食べられているドーナツって、もしかしたら「あんドーナツ」かもしれない。しかも穴があいていない。ということをどう考えるかということなんです。
もちろん新選国語辞典には「ドーナツ現象」や「ドーナツ盤」の説明はあります。他の辞典でも、真ん中がぽっかりあいていて、まわりを埋め尽くしている。と書いてあります。「真ん中に穴があいている/輪の形」というドーナツの典型的なイメージについて、ほかの辞典ではどう説明しているのでしょうか?
三省堂国語辞典 第八版、小麦粉をこね、<輪の/まるい>形にして油であげた菓子。と「輪の形」と「まるい形」両方掲載しています。つまり、穴があいていないドーナツを頭に入れているということなんです。用例を見てみますと、1発目に「あんドーナツ」が載っているんです。つまり「あんドーナツ」があるから、「輪の形」が反例になってしまうんです。さらに、油で揚げずに焼いた「焼きドーナツ」も載っています。
また、岩波国語辞典 第八版、小麦粉にベーキングパウダー・砂糖・牛乳などを入れてこね、小さな輪形に揚げて砂糖をまぶした菓子。チョコレートを塗ったもの、球形で餡(あん)やクリーム入りのものなどもある。これ、岩波国語辞典もドーナツ食べてるね!
柘植:
クリーム入りも食べてますね(笑)。
タツオ:
球形も入っているから、ドーナツの中にも丸い球の形をしたものもある。つまり、すべてに穴があいているという前提は捨てなければならないということが、最新版の国語辞典にはしっかり反映されています。
明鏡国語辞典ではドーナツを「リング状」と説明書きしていますが、新明解国語辞典 第八版では、自動車のタイヤ形(球形)にして油で揚げた洋菓子。と書いてあります。
柘植:
タイヤだと誰もがイメージできますね。
タツオ:
新明解国語辞典の「自動車のタイヤ形」は、ものすごく価値があることなんです。なぜかというと「輪っか」は厚みを表現していないですよ。でもドーナツの厚みと形を両方同時に表現するのは、タイヤという言葉なんです。なので、ちゃんと「厚みと形」に関して、タテからヨコから見ても、確かにタイヤ形といって差し支えないということなんです。
柘植:
そうきましたか! って感じですね。
タツオ:
しかも、チュロスのようなねじったものもありますよね。
柘植:
最近では韓国のねじりドーナツ「クァベギ」というのもあるんですよ。
タツオ:
ねじりドーナツも存在しているので、「穴があく」という表現自体がちょっと古くなりつつあるのかもしれないですね。でも、一方で「典型的なベタなやつだけ、まず国語辞典に載せればいいんだ!」という考え方もあります。どの辞書がいいかは皆さんが決めることでございます。