突然ですが、あなたはふだんどんなカバンを使っていますか? 買い物に行くならエコバッグ? 自転車に乗る日はリュックサック? 国内旅行はボストンバッグ? 海外だったらスーツケース? ライフスタイルや用途によって選ぶバッグは変わってきますよね。
では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。
さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、日本語学者で芸人のサンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
本日も国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間、マニアックな国語辞典トークにおつきあいください。
恒例の街頭インタビューからスタートです。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。もしもあなたが国語辞典ならこの言葉、何と説明しますか? 想像しながらお聴きください。
- その年の最後。クリスマス過ぎたあたりから31日まで。
- 12月の30、31日あたり。
- 年の瀬。12月の最終週。
- 1年の末の頃。12月15日以降。
- その年のおしまい。12月1日から31日まで。
- 1年間でいちばん忙しい季節。
タツオ:
何だと思います?
柘植:
「師走」か「年末」ですか?
タツオ:
街行く人たちが説明してくれた言葉は「年末」でした。「年末」は人によって感じ方が違うようで、時期がバラバラでした。柘植さんはいつからが「年末」だと思いますか?
柘植:
12月20日過ぎくらい、大そうじとかおせちを意識し始める頃かしら?
タツオ:
僕の場合、連載原稿の締め切りが12月1日までなんですよ。そうなると11月から忙しいんですよ。一般の人って12月の最終週は休むでしょ。そこに合わせて12月の3週目ぐらいまでに、仕事しなきゃいけないわけですよね。そういった意味で12月は、翌年の準備もしなきゃいけないので、“11月までが今年!”という考え方でいかないと動けないんです。
柘植:
タツオさんの場合、11月までが今年なんですね。
タツオ:
では、国語辞典さんたちは「年末」をどう説明しているのでしょうか。
集英社国語辞典 第三版では、一年の終わりの時期。歳末。年の暮れ。以上なんです。
明鏡国語辞典 第三版では、一年の終わりの時期。年の暮れ。歳末。「年末大売り出し」という用例がありますが、集英社も明鏡も時期が書いていないんです。
柘植:
何日からとは書いてないですね。
タツオ:
三省堂国語辞典 第八版は、一年の終わり〔=十二月〕。「年末まで〔=十二月三十一日まで〕と書いてあります。
新明解国語辞典 第八版では、一年の終りの時期。〔普通、十二月を指す〕。つまり12月1日から31日までが年末ということなんですね。
岩波国語辞典 第八版では、その年が終わりとなる時期。と説明していますが、注釈がポイントで、「年末までに」の形は、十二月三十一日とかその年最後の営業日とかまでを意味することがある。
年末って12月31日までが当たり前だと思うかもしれませんが、会社で働いてる人にとっての年末って最後の営業日を指すこともあるんですよ。人によって年末の感覚が全然違うので、12月が実際ないことになるわけですよ。
柘植:
ないことになっちゃうの(笑)。
タツオ:
あと、年末感が出るイベントや1年を振り返るニュース、新語・流行語などが発表されるのって大体12月1週目なんですよ。だから「M-1グランプリ」で優勝する芸人は流行語大賞に入らないんですよ。実質“11月中までを1年”としちゃってるから、12月がないことになるんです。だから短く感じるようにされちゃっているんです。
矛盾をいろいろ感じますけれども、やっぱり国語辞典たちも混乱しているということなんですね。
ただ、「年末」ってどういう言葉とくっつくかと考えると「年末年始」って言うじゃないですか。「年末年始」の「年末」って、12月ひと月じゃないよね。もっと短くなりますよね。そして、「年始」も1月全部じゃないでしょ?
柘植:
たしかに印象が変わってきますね。
タツオ:
街頭インタビューでは「年の瀬」って答えた人もいましたが、「年の瀬」を調べてみると、
岩波国語辞典の第八版では、あわただしい年の暮れ。▷年越しをするのを川の瀬に見立てて言う。と書いてありました。この「川の瀬」とは、流れが早くて浅い川の表面部分で、時の流れの速さ、慌ただしさを表しているんです。
新明解国語辞典第八版の「年の瀬」は、〔それをうまく越せるかどうかが問題である〕清算期としての年末。と書いてあります。
昔は、掛け売り(ツケ払い)が定着してたので、盆暮れに半年分まとめて払っていたんです。年末にお金がないと、借金の払いができないので、年を越せないというひっ迫した事情があったわけなんです。落語にも『掛取万歳(かけとりまんざい)』という演目がありますし、俳句でも「掛乞(かけごい)」というのは12月(冬)の季語なんです。新明解の用例には、「年の瀬も押しつまる(迫る)」と書いてあるので、12月初旬よりもっと後半で使ったほうがいいのがこの「年の瀬」ということらしいんですよ。
柘植:
「押し迫る」は聞きますが、「押しつまる」って何か大変そうですね。
タツオ:
年の瀬も押しつまるって、「あ~っ、流される! 流される!」って息苦しそうですね。
柘植:
年を越せるかどうか、昔ながらの切実さもあるんですね。
タツオ:
年末、あまり押しつまりたくはないですが、無事乗り切って、いい正月をみんなでいっしょに迎えましょう!