突然ですが、あなたはふだんどんなカバンを使っていますか? 買い物に行くならエコバッグ? 自転車に乗る日はリュックサック? 国内旅行はボストンバッグ? 海外だったらスーツケース? ライフスタイルや用途によって選ぶバッグは変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。
さあ、国語辞典を開いて、広くて深〜い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、ふだんは漫才師をやっている米粒写経のサンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間マニアックな国語辞典トークにおつきあいください。寒くなりましたね。大丈夫ですか、柘植さん、ひざ痛くなっていないですか?
柘植:
失礼な! 大丈夫です(笑)
タツオ:
いま、“大丈夫”って言いましたね?
柘植:
はい。
タツオ:
今回は大丈夫という言葉に注目します。最近、大丈夫って結構聞きますよね?
柘植:
日常的に使いますね。
タツオ:
例えば「食事に行きませんか?」と誘われたけど、行きたくないとしたら、何て言って断りますか?
柘植:
「ちょっと私、大丈夫です」って言いますね。
タツオ:
「行きません」とか「行きたくないです」だとちょっと強いですね。大丈夫には、けががなくてちゃんと生きている(元気な)意味と、断るときに使う用法があって、後者についてはどうなんだ? という議論がここ20 年ぐらい続いています。今回は、その用法をみんなが認めているのか、「大丈夫という言葉を使って用例を作ってください」とお願いしました。自分だったらどう作るのか、考えながらインタビューをお聴きください。
- 「お兄さん、きょうは寒いですけど大丈夫ですか? その服装で」
- 「何でも大丈夫」
- 「この仕事は明日でも大丈夫」
- 「転んでも大丈夫」
- なんくるないさー的に「大丈夫できるよ」
- インターネットで服を買ったけれど「サイズ大丈夫かな?」など、思ったより悪かったりするかもしれないときに使う。
- 「トッピングは大丈夫です」とか、自分には不要なときに使う。
柘植:
「トッピングは大丈夫です」って、乗せていいのか悪いのか、店員だったら迷いそうですね。
タツオ:
「飲みに行きましょう」と誘われて「大丈夫です」と言った場合は、「時間があるし、飲みにも行けるよ」ともとれるし、「結構です」ともとれますよね。でも、日本語って“どっちなんだよ?”というのが結構多いんです。例えば「向こうから来たあの男の子やばい!」みたいに、カッコイイ意味なのか、ちょっとどうしようもない感じの意味もありますよね。その言葉内だけで意味を判別するよりも、文脈やシチュエーションで意味が確定するというのが、とても日本語的なんです。では、国語辞典さんたちはこの大丈夫をどう説明しているのか見てみましょう。
集英社国語辞典 第三版の大丈夫は、①立派な男子。ますらお。だいじょうふ。②しっかりしていて危なげのないさま。危険や心配がなく安全なさま。「体はもう大丈夫だ」という用例が載っていますが、これで終わりなんですよ。つまり近年の「いや大丈夫です」「トッピングは大丈夫です」の例をこれだと説明できないんです。ほとんどの辞典がこういう感じなんですが、改訂が頻繁な辞典は最近の用法に対応しています。
岩波国語辞典 第八版の最初の意味では、安心していられる(任せられる)ほどに危なげない(確かな)ことと書いてありますが、近年、応答に用いることが増えている。「おかわり大丈夫(不要)ですか」「大丈夫(不要)です」「かゆいところありますか」「大丈夫(問題ない)です」。という用例をちゃんと載せています。断る以外、質問(問いかけ)にも使われていることを拾った岩波国語辞典はすごいですね。
三省堂国語辞典 第八版では、①不安や心配がないようす。問題が起こりそうでないようす。②病気やけが、損害などが(深刻で)ないようす。無事。③さしつがえがないようす。かまわないようす。「おさらをお下げしても大丈夫ですか」・〔電話で〕水木さんのお宅で大丈夫ですか。④いらないようす。えんりょしたいようす。と書いてあります。
明鏡国語辞典 第三版には、最近の用法として〔新〕相手の勧誘などを遠回しに拒否する語。結構。「『お一ついかが?』『いえ大丈夫です』」「『砂糖は二個?』『いえ、大丈夫です』」と載っていて、使い方として、そんな気遣いはなくても問題はないの意から、主に若者が使う。危なげがない場面で使う用法で、本来は不適切。と怒っていらっしゃる。
柘植:
本来は不適切なんですね。
タツオ:
主に若者が使うから取り上げていますが、明鏡国語辞典は、本来は不適切をバシッと言うタイプなんです。他の辞書は不適切とか誤用とか言わないで「最近、こういう使い方がある」にとどめています。
柘植:
大丈夫の守備範囲は広いですね。
タツオ:
一つの言葉でいろいろな用法やシチュエーションをカバーできるのが日本語の進化のあり方なので、この大丈夫は非常に日本語的な進化をしているといっても差し支えないんじゃないかと思います。なので、いろいろな大丈夫を聞いたときにムカッとするのではなく、「このタイプの大丈夫は初めて聞いた。うれしい!」と思うと寛容になれますので、皆さんも大丈夫に耳を澄ましてみてください。