【飛ぶ教室】「きょうのセンセイ」政治学者・原武史さん

24/03/08まで

高橋源一郎の飛ぶ教室

放送日:2024/03/01

#文学#読書

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作家・高橋源一郎さんがオススメの本を教材に、 あなたの好奇心を呼び覚ます夜の学校「高橋源一郎の飛ぶ教室」。後半(2コマ目)は、さまざまな分野のスペシャリストを「きょうのセンセイ」としてお迎えし、源一郎さんが心の赴くままに語り合います。今回は、政治学者の原武史さんです。

【出演者】
原:原武史さん(政治学者、放送大学教授)
高橋:高橋源一郎さん(作家)
礒野:礒野佑子アナウンサー

「きょうのセンセイ」政治学者・原武史さん

高橋:
こんばんは。お久しぶりですね。数年ぶりです。

原:
そうですね。

礒野:
原武史さんのプロフィールをご紹介します。
1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、国立国会図書館、日本経済新聞社勤務を経て、東京大学大学院博士課程を中退。現在は放送大学教授、明治学院大学名誉教授を務めていらっしゃるとともに、鉄道好きな「鉄学者」としても知られています。

高橋:
あのね、足りないよ(笑)。これも言おう。2001年『大正天皇』で、第55回毎日出版文化賞。『滝山コミューン一九七四』で、第30回講談社ノンフィクション賞。『昭和天皇』で、第12回司馬遼太郎賞。

礒野:
失礼しました。数々の賞を…。

高橋:
しかも天皇に関する本でいっぱい! 1番多いですよね!?

原:
いや、いや、そうですかね(笑)。

高橋:
いや~、というわけなので「天皇のことで分からなかったら原さんに聞け!」と、いう方です。

原:
あはは(笑)。

戦後政治と温泉-箱根、伊豆に出現した濃密な政治空間

高橋:
実は原さんも新著を発表されました。

礒野:
今年の1月ですね。『戦後政治と温泉』。

高橋:
こんなタイトルで本を書くのは、たぶん原武史さんだけだと思うんですけど…。

原:
あ~、いや、いや(笑)。

高橋:
読んで、あの~、なんとなくうすうす感じてたことが、なんか初めて言葉にされたなっていう感じがするんですが、じゃあ一応、内容については、原さんから…。

原:
はい、私の方から。
1940年代から60年代、つまり日本が戦争に負けた後ですけれども、GHQに占領されて、そこから独立を回復し、経済は復興していく。高度成長の時代に入っていく。具体的には1960年代前半あたりまでの時期。だからだいたい15年ぐらいなんだけれども、この時期に歴代の首相が実は結構、東京を空けて箱根とか伊豆のですね、温泉地にかなり長く滞在していたんですね。

高橋:
みんなずっと逗留(とうりゅう)してますよね。

原:
逗留し、閣議もなんか、ろくに出ないでですね。

高橋:
あははっ(笑)。

原:
逆に政治家とか官僚を呼びつけて…。

礒野:
ええ?

原:
吉田茂なんかは、小涌谷の三井別邸でですね、三井財閥の。

礒野:
箱根の!

原:
そう、箱根ですね。広大な別荘があるんだけれども、そこを事実上、自分の別荘にしちゃって、どんどんどんどん、政治家や官僚を呼びつけるっていう…。

礒野:
いまではちょっと考えられないですよね。

高橋:
考えられないですね。

原:
そういうスタイルを実はけっこう築いていて、それを、その後の鳩山一郎とか岸信介とか、池田勇人とか、石橋湛山とかですね、こういう政治家たちも多かれ少なかれですけれども、継承していたっていう。そういうことを、まぁ書いてみたんですね。

高橋:
あのね、吉田茂が大磯に住んでたというのは知ってますよ。あの辺にちょっとまぁ、政治家の別荘があったりしましたけど。

原:
ありましたね。

高橋:
けっこう箱根あたり、熱海も含めて、まぁ政治家たちが、いつも居たと。それから軽井沢も有名ですけど。

原:
そうですね。

高橋:
そこが、ある意味「政治の中心地」になっていた。それは65年ぐらい前ですかね?

原:
だからまぁ、その後の佐藤栄作になると「軽井沢」一辺倒になるんですけれども、それまでは鳩山一郎も確かに軽井沢に別荘を持っていたんだけれども、でもやっぱり軽井沢一辺倒ではなくて、温泉の出る箱根、伊豆の、いろんな別荘とか旅館とかホテルとかですね。こういうところを、けっこう転々としていたっていう。

礒野:
政治の舞台だったんですね。

高橋:
だったんだね~。

礒野:
なんで皆さん温泉に行かれてたんですか?

原:
1つはやっぱり「健康維持」っていうのはあるわけ、ですよね。

礒野:
まずそれですか!?

原:
さっき言った鳩山一郎なんかは脳溢血(のういっけつ)で倒れていますので、その後はかなり体に留意して。吉田茂は鳩山をある意味「反面教師」として、やっぱり自分はちゃんと健康を維持しなきゃ…。

高橋:
だから長生きしましたよね。ものすごく長生きした。

原:
ものすごい体調管理に気を使ってたんですよ。

いまこそ「温泉政治」のススメ!?

高橋:
で、この本の面白いのはね、みなさんがもし読まれたらですね、読み終わったあと、もう1回最初から読んでもらいたい。というのが…。

原:
あははっ(笑)。

高橋:
終わりに結構、なんていうかね、びっくりするような提案みたいなのがあって。「温泉政治をどう継承すべきか」っていうのがあってですね。いま温泉なんか行ったら、ここにも書かれてますけど、大変じゃないですか。

原:
大変です。

高橋:
「ふざけんな! 真面目にやれ!」みたいな。

原:
そうです、そうです。

礒野:
批判されるでしょうね。

高橋:
それにもかかわらず、この「温泉政治」っていうのは何で、何をどう継承したらいいのかっていうのを、ちょっとぜひ!

原:
はい。特に「コロナ以降」ですけれども、「ワーケーション」っていう新しい形態が出てきましたよね。

礒野:
ええ、ええ。「ワーク」と「バケーション」。

高橋:
一緒に。

原:
で、さっき言った吉田とか鳩山はですね、そんな言葉はもちろん全然ない時に、実はいち早くそれに近いことをやってたんですよ。

高橋:
うん。

礒野:
なるほど。

原:
だからやっぱりその温泉地、さっき言ったように療養というかね、静養しながら、ちゃんといろんな、なんていうか、場面場面に応じてですね、かなり重要な会談をやったりとかですね。相当そこを「政治空間」として使っていたわけであって、いまで言えば「ワーケーション」的なことをやってたわけですけれども。で、それがまぁ、ようやくというか、いま時代がですね…。

高橋:
追いついた!

原:
追いついた、っていうんですか(笑)。そう、追いついたっていう面もあるんですよね。
だから逆にいまの方が、さっき高橋さんも言われたようにですね、とにかくもう危機管理とか、災害があったらどうするとか、そういう話がどんどん声が大きくなって。

高橋:
「とにかく東京にずっといろ!」ですよ。

原:
東京にいなきゃいけない。

礒野:
離れづらいでしょうね~。

原:
だから、裏金なんかもそうなんだけどさ、結局、東京から離れられないから、そこでなんか…。

高橋:
あはははは(笑)。

原:
おいしいものを食べたりとかさ。

高橋:
なるほど~。

原:
そんなことしかできない。

高橋:
そう、そう、聞きたかったんですけど、まぁ温泉政治っていうのは、ある意味、全く隔離されて、まぁ温泉に入るから裸になって、付き合いみたいなものもできて、もしかすると真の気持ちが通じ合う、分かり合うっていう側面もあるかもしれないけど、よく似た言葉で「料亭政治」というのが…。

原:
あ~、はい、はい。

高橋:
否定的な意味で使われていますが、あれはまさに東京でやるんですけど、料亭政治と、ある意味ちょっと似たところもありますよね?

原:
似たところもありますよね、確かに。

高橋:
どこが違って、どこが一緒、同じなんでしょうかね?

原:
やっぱりこうね、なんて言うんですか。箱根、伊豆っていうのは東京から離れてるわけですよ。つまり離れてることの意味って、多分あるんですよね。権力の中心から距離を…。

高橋:
あっ、なるほどね。

礒野:
物理的に。

原:
そう。距離を置いて、少しなんていうか、客観視するっていうかね。そういう機会でもあるわけですよ。冷静になって物事を考えるっていう。そういう時間でもあるわけであって、だから例えば吉田茂は朝鮮戦争が勃発した時は箱根にいたんだけど、東京に戻らないんですよね。

高橋:
すごいね。戦争が起こったのに、まだ。

原:
起こったのに。だけどやっぱりその時、吉田は結構正しくですね、ちゃんと予言してたんですよ。絶対、日本には侵略してこないとか、あるいは特需が生まれるとかですね。そういうことも、その時にもう見抜いていたので、箱根で多分ですね、そういう感覚を養ってたと思うんですよ。

高橋:
そっちの方が頭がクリアだったっていうことですよね。

原:
そうです。

礒野:
料亭ではじゃあ、お酒を酌み交わすのが、やはり?

原:
やっぱり東京でしょう、だって…。

高橋:
東京にいるのがいけない。みんなワーケーションやれ、と(笑)。極端なことを言うと。

吉田茂が意識した「権力」の在りか

高橋:
あと、原さんの研究で、僕ちょっと意外というか、「それだったのか!」と思ったのは、吉田茂ですね。三井別邸で最も強く意識したのは、ライバルと目された鳩山ではなく、同時期に那須御用邸に滞在していた昭和天皇ではなかったのか…。

原:
そうですね。

高橋:
要するに自分がいるってことで、天皇のこともちゃんと考えて、まぁ天皇との関係ですよね。そういうのもあったっていうことですか?

原:
あの~やっぱりね、そこは戦前から戦後の変化が大きくて。戦前は天皇が大権を持ってたし、統治権の総覧者だったわけで、ものすごく大きな権力を持っていた。

高橋:
うん。

原:
戦後それはもちろん否定された、憲法改正された。で、占領期であればGHQやマッカーサーがいたけれども、独立を回復すると、それもいなくなりますよね。その時にやっぱり吉田は、その強大な権力の空白っていうのをたぶん意識したんですよ。だから昭和天皇をものすごく意識していたというのは、やっぱり自分がいわば、それを埋める役割を果たさなきゃいけないというですね。

高橋:
天皇の代理人ですよね。

原:
そういう意味でね、そういう認識もあったんじゃないかと思います。

高橋:
そういう人はもういないですよね。

原:
ええ。

高橋:
残念ながらね。いい意味でも悪い意味でもね。

次回の課題図書とセンセイは…

次回、3月8日(金)放送の「飛ぶ教室」の内容です。
1コマ目「ヒミツの本棚」は、いとうせいこう著『東北モノローグ』を取り上げます。
2コマ目「きょうのセンセイ」は、ノンフィクション作家の高野秀行さんをお迎えします。

番組では、リスナーの皆さまからのメッセージを募集しています。番組のご感想、源一郎さんやゲストへのメッセージ、月イチ恒例の「比呂美庵」で相談したいことなど、ぜひお送りください。

高橋源一郎の飛ぶ教室

ラジオ第1
毎週金曜 午後9時05分

メッセージはこちら


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2024/03/01 「高橋源一郎の飛ぶ教室」

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