元日の「新春!初夢スペシャル」でお届けする予定だった、山田洋次さんと源一郎さんの対談は1月21日に放送になりました。その内容を、前編・後編の2回にわたって、ご紹介します!
後編はこちら
ことし、2024年の1月は、山田さんが演出を手掛ける舞台「東京物語」の公演がありました。その稽古の合間に収録したこの対談では、山田さんが若かりしころに抱いていた、あの名監督への思いが語られますが、予想もしなかった答えに一同驚かされました。そこから話は、家族というテーマから、母の存在へと広がっていきます。
【出演者】
高橋:高橋源一郎さん(作家)
山田:山田洋次さん(映画監督)
対談は、東京・葛飾区柴又にある山田洋次ミュージアムで収録しました
舞台『東京物語』~小津安二郎監督と家族~
高橋:
山田洋次監督、あけましておめでとうございます。
山田:
おめでとうございます。
高橋:
録ってるのは2023年なんですけど、一応お正月の放送ということで、「おめでとうございます」と言わせていただきます。本当にありがとうございます。
山田:
いえ、いえ。
高橋:
ここしばらくですね、山田監督の作品をずっと観てまして…、
山田:
うわぁ~!
高橋:
僕、いちばんびっくりしたのは、監督の作品を初めて観たのは『馬鹿が戦車でやって来る』という、ハナ肇さんが…、
山田:
あ~、あの変な映画!
高橋:
僕の記憶の中では白黒だったのに、今回、見直してみたらカラーだった(笑)。
山田:
あぁ~。
高橋:
っていうのがあって、本当にここしばらく山田さんの世界に入って、非常に涙もろくなって…、えへへ(笑)。
で、あの~、実は「あけましておめでとう」と言うと嘘になっちゃうんですけど、昨日(収録の前日)、舞台『東京物語』の稽古場に行かせていただいて、稽古を見学させていただきました。
山田:
う~ん。まぁ緊張しましたよ、僕。
高橋:
ホントですか?(笑)。
山田:
こんな方に観ていただけるなんて(笑)。
高橋:
すごくやりにくかったとしたら、申し訳ありません。
山田:
やりにくかった。あはははは(笑)。
高橋:
あははっ(笑)。
あの~『東京物語』は、小津安二郎監督の名作を舞台にしたものなんですが、山田監督はそれ以前に、『東京家族』という映画で、実際に、すでにリメイクされていますし。『キネマの神様』では『東京物語』のシーンが…、
山田:
そうでした!
高橋:
そのまんま出てくる…、
山田:
いちばん最後にね。
高橋:
『東京物語』っていうものには、やっぱり戻ってくるっていう感じなんでしょうか?
あの~、山田監督にとっての『東京物語』っていうのは、なんなんでしょうか、というのを…。
山田:
「戻る」っていう言い方は、成り立つような気がしますね。
というのは、僕たちの若いときはホームドラマなんて、もっとも軽蔑していたジャンルでしたから。小津安二郎なんかなんだ、と思ってたから。「どこがいいんだ?」って。分かんないんですよ、値打ちがね。で、「あんな映画、誰が撮るか!」と思ってたんだけども、自分が監督になって、やっぱり何本も何本も撮るうちに、だんだん小津さんの映画の値打ちが分かってきたっていうか…、
高橋:
うん。
山田:
どんどんどんどん位置が高くなって、今は…、
高橋:
頂上の方に…(笑)。
山田:
だんだん見上げるようになってきちゃったっていうのが、今の…、
高橋:
あっ、なるほどね~。
山田:
小津さんの映画に対する僕の、まぁ考え方ですね~。1度ちょっとマネしてみようかと思って…、
高橋:
はい。
山田:
やってみたんですけどね、すぐ分かるんですね。
つまり、小津さんの作り方っていうのは非常に素朴な作り方ですから…、
高橋:
う~ん。
山田:
ひとつひとつが丁寧じゃなきゃいけないんですね~。だからもう画面の隅から隅まで、全部、自分でこう、例えば茶碗1つだって自分で選んで…、
高橋:
あはっ(笑)。
山田:
自分が気に入った茶碗を置くっていう…。
それは全てを支配してるから、役者の好みから衣装まで、何から何まで全部、小津さんの、なんて言うかな、好みの、好きな世界なんですね。
高橋:
う~ん。
山田:
そんなこと到底できる訳がないんですよ。
ここに、例えば、ビスケットの空き缶をなぜ選ぶのだろうか、っていうようなことを、そんなとこまでイメージのしようがないんですね、僕らはね…。だけど小津さんにとっちゃ~ね、全部それが、「ここはこうじゃなきゃいけない、こうじゃなきゃいけない」ってあるんじゃないでしょうかね。
そういうことがね、だんだん分かってきたっていうか…。
高橋:
う~ん。あの~、僕、最初に『東京物語』のお話をしたのは、監督の作品をここしばらく観てて、もちろん言われてることだと思いますけど、ずっと家族を描かれてきた。
山田:
ええ、ええ。
高橋:
で、ばらばらに父親だったり、母親だったりってこともあるんですけど、もうず~っと一貫して家族を描かれてきて。小津さんもそうで…、
山田:
う~ん…。
高橋:
小津さんはまぁ、今、世界でも評価されているじゃないですか。
山田:
う~ん。
高橋:
もう、No.1というぐらい。
山田:
No.1ですね~。
高橋:
それはなんでだろう、って言ったら、家族っていうものは、要するに世界中どこ行ってもあるんですよね。
で、そんなに違ったもんじゃない。
山田:
う~ん、そうか。
高橋:
父親がいて母親がいて、老人になって死んでいって、子どもたちが困る、っていうのは、これはどの時代の、どの国に行っても、全く同じ話が…、
山田:
う~ん。
高橋:
小さんの落語みたいなもんですよね。
それがやっぱり、そのことに気が付くまで、随分かかったのかなっていう気がするんですけども、山田監督自身は、最初から家族映画を撮ろうと思って作られてきたわけじゃないと思うんですが…、
山田:
ええ、ええ、ええ。
高橋:
結局そちらの方に、川が流れるように行ってしまったのは、自分ではなぜだと思われますか?
山田:
う~ん、あの~、まぁ、面白いと思ったこと、つまり、興味のあること…を、映画にするわけですよね。
高橋:
そうですね。
山田:
あるいは興味のあるような人間を登場させて、その人間を描いていくっていうかな。
結局そんな広い世界のことを僕が知るわけないし、僕にとってよく分かる、納得できる、人間の心の中の感情のさざ波のようなものは、結果として、非常に狭い範囲の、親と息子とか、夫婦とか兄妹とか、そういう世界がいちばん納得がいくから、そこに最終的に絞り込むようにしないと、どうも物語が、こう、落ち着かないっていいますかね。
高橋:
う~ん。
山田:
僕、まだ助監督時代に、先輩に、いつもよく勉強で脚本を書いて提出したりしてたんだけども、どんな世界を描くにしてもね、「ちゃんと家族のドラマをそこに置いとけよ」と。
高橋:
うん。
山田:
「そうすると、脚本が落ち着くんだよ」という、そういう言われ方をしたことがあるんですよ。それ妙に僕、覚えてましてね。もちろん、あくまで撮影所の話ですから、商業演劇を作る、質の高い商業演劇を作るという上での彼の発言なんだけども…、
高橋:
うん。
山田:
だけど、なんか落ち着くっていうかな、錨(いかり)が海底に届くように。結局「家族のドラマ」なんですよね、それはね。そうでなきゃ物語が始まらないというか、僕の場合。
高橋:
結果としてそうなったという?
山田:
まぁまぁ、そうですね~。ええ~。
高橋:
お話を作っていくうちに、ということなんですね。
山田:
そう、そう。そうですね。ええ。
母への思い
高橋:
監督の映画を観てると、最新作になるほど母親の位置が上がってきてますよね。
山田:
あぁ~、そうか~。
高橋:
うん。今回(最新作の『こんにちは、母さん』)は特に、吉永小百合さんが演じられてるんですけど、母親、しかも、年齢は明かされないんですけど、まぁ70…、過ぎてるかもしれない。
山田:
もう後半ですよね。
高橋:
ですよね。その母親の恋愛っていう。なかなか描かれてない…。
山田:
あははは(笑)。
高橋:
それがまず面白いっていうことと、さっき『東京物語』の話をしましたけども、
山田:
ええ。
高橋:
あれは父親の話じゃないですか、まぁ。
山田:
ええ、そうですね。
高橋:
特に家父長で、あと小津さんも含めて、まぁ、父親の話は頑固で偉大な…、
山田:
ええ。
高橋:
それと別系列で、お母さんのお話が山田監督にはあって。特に今回のも含めて、ものすごくパーソナルな感じが…、
山田:
ほぉ~。
高橋:
お母様のことを、今になって、(新聞の連載にも)あれだけ強く書くようになったっていうのは、なぜなんでしょう? あはっ(笑)。
山田:
そうね~、今になって、まぁ今だから話してもいいかっていうか…、
高橋:
あぁ。
山田:
いわばプライベートなことですからね、そんなことを話すってのは、僕もその(新聞社の)担当の人には「自分のことを話すのはどうかね?」って、よく言ってたんだけども、まぁでも「その話はぜひ!」って言われてね。
高橋:
うん。
山田:
まぁ、もう何十年も昔の話ですから、じゃあいいかと思って…。
ただ、まぁ、僕の人生の中でも、僕の家族の人生の中で大事件だったことは事実ですね。母親に好きな人ができて…、
高橋:
離婚されて…。
山田:
離婚して家を出ていくっていう…。別の人と一緒になって暮らして、そのことで家族がみんないろいろ悩んだり困ったりするというようなことは、やっぱり、それ抜きにしては僕の人生は考えられないっていう気持ちがあるもんですからね、あんなこと書いたりしたんですけども…。
高橋:
受け入れるというか、受け止めるっていうか。それは、どういうことだったんでしょうかね?
山田:
う~ん。
あの、それはお袋が家を出ていく、好きな人ができて出ていくっていうのは、非常に混乱してましたけども、「間違ったことではない」っていうふうには一生懸命、考えてましたね。自分ではね。しょうがないって。そういうことはね、ありうることなんじゃないかと思って…。
でも、決してうれしいことじゃないし、僕の弟なんかは、かなり精神的にもつらい思いを、ず~っとしてたんじゃないかと思う。
高橋:
うん。
山田:
そんな話を昔、瀬戸内寂聴さんにしたら、弟のことを話したら、「そんなこと、しょうがないの!」って言われて…。あっははは(笑)。
高橋:
あはははっ(笑)。寂聴さん、言いそうですよね。
山田:
ねぇ。「それが人間なの!」って言ってね。そのとき僕も「あぁ~!」って思ったことありますけどね。
高橋:
「恋愛したって、いいじゃないの!」って。
山田:
そうそう。う~ん。
高橋:
あはっ(笑)。
実はつい最近、谷川俊太郎さんのお宅にお邪魔したんですよ。
山田:
へぇ~!
高橋:
谷川さん、たぶん山田さんと同い年だと思うんですよね。
山田:
そうです、同い年です。ええ。
高橋:
で、谷川さんが近年出された本で『母の恋文』という…、
山田:
ほぉ!
高橋:
要するに、お母さんが亡くなられたあと遺品整理をしていて、2人の間の過去のラブレターが出てきたんですよ。700通ほど!
山田:
ほぉ~!!
高橋:
それで、それを整理して本に…、
山田:
700!
高橋:
うん、それでまとめて、そういう本当に生々しいのを、一緒に入れてあるんですよね。
山田:
ほぉ~。
高橋:
で、「これ、なぜですか?」ってお聞きしたんですよ、そもそも。2人のラブレターなのに、『母の恋文』なんですよ、タイトルが…。
山田:
うん、うん。
高橋:
なぜですかって。
父はまぁ有名な哲学者で、著書も持ってるけど、母は無名の人で、世に出る作品もない、と。これはやっぱり「母がいた」っていうことを明かすものだ、っていうことで、『母の恋文』っていうのは、ものすごいデリケートなものじゃないですか。
山田:
そうね、う~ん。
高橋:
それを受け止めるっていうのが、90代、80代後半から、谷川さんの1つの大きいテーマ!
山田:
80代後半から!
高橋:
はい。
山田:
う~ん。
高橋:
僕ちょっと、「山田監督と谷川さんが同じことやってる」って!
山田:
あぁ…。
高橋:
父親のことは結構、途中で書いたりね、表現できるけど、母親って最後までアンタッチャブルで…、
山田:
うん、確かにそうだな、う~ん…。
高橋:
それを、なんか、できるようになるのに、ものすごく時間がかかるのかなぁ…、というふうに思ったんですけど、どうです、監督?
山田:
う~ん…。
結局ね、僕はお袋が好きだったんじゃないのかな~。
高橋:
う~ん。
山田:
子どものときからですよ。お袋と気が合うっていうかなぁ。僕には、ほら、快活な明るい…、
高橋:
モダンな方ですよね。
山田:
ええ。よく大声で笑う人でしたからね。そういうお袋がず~っと僕は好きだったんだと思いますよ。
だから思春期になっても、よくお袋といろんな初恋の話なんかをして、お袋と話をするのは、とても楽しかったんですよ。そのお袋が、ある日、好きな人ができて家を出ていっちゃった。でもやっぱり、お袋は好きなんですよ。依然としてね。
高橋:
あの~、最後にそのお母様は、山田さんのところに一緒に住まわれて、山田さんのところで亡くなられるんですよね。
山田:
そうです、そうです。
高橋:
お母さんの最後の言葉っていうのを、確か書かれていたと思うんですけど…。
山田:
うん、うん。まぁ最後っていうか…。僕が印象に残っているのは、「死ぬって、こわいの?」って聞いたんですよね。
高橋:
うん。
山田:
そしたら、「うん、こわいよ」っていうことが1つと、「でも、洋次、私は後悔してないからね」って。
高橋:
う~ん。
山田:
それは僕がね、あの、なんて言うかな…、複雑な気持ちでしたね。後悔してないってことは、やっぱりいろいろ辛かったんだってことも、まぁ、言いたかったんでしょうね、きっとね。
高橋源一郎の飛ぶ教室
ラジオ第1
毎週金曜 午後9時05分
詳しくはこちら
【放送】
2024/01/21 「高橋源一郎の飛ぶ教室」
後編はこちら