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【8月9日放送】長崎原爆の日ラジオ特集「姉が遺した被爆の記憶~72年前の日記が伝える平和への願い~」

番組スタッフ

投稿日時:7月10日 (月) 午後 8時00分

日記の表紙

日記の表紙

裏表紙

裏表紙

 桜の花びらがあしらわれた、女性らしい日記。1945年8月9日、午前11時2分。当時20歳で被爆し、1か月後に亡くなった清野フミさんが書きました。17ページにわたり、原爆投下直後から9日間の心情がつづられています。被爆当時の長崎の惨状や、軍国教育を受けた若者として終戦を迎えた怒り、最後は好意を抱いていた男性への思いで終わっています。

“遂に長崎も焼野が原と化してしまった。忘れきれない生き地獄の世界だった”

“日本人なりせば此の仇必ず討ちてし止まぬだろう。くやしい、残念なり、
いつかはいつかは勝って勝ち誇って見せる時機も来るであろう”

“今の気持ちとしてはあの人以外に求め様とする人は居ないし、
今日の情勢を見て早くあの人の消息も聞きたいものなり……”

日記の一部

日記の一部

 

 この日記は、去年9月、長崎市の原爆資料館で初めて公開されました。市の担当者は、「原爆投下直後に書かれた直筆の日記は珍しく、一般の市民が残したものは数えるほどしかない。生の声に近く、歴史の溝を埋める貴重な日記だと思う」と話しています。

 

清野定廣さん

清野定廣さん

 清野フミさんの弟の清野定廣きよのさだひろさんです。日記は父親の遺品から偶然見つかり、「より多くの人の目に触れて欲しい」と市に寄贈しました。「姉の日記が平和活動の原動力」と語る清野さんは、今では語り部として、姉の日記も紹介しながら修学旅行生などに平和の大切さを伝えています。

 被爆から72年。清野さんは、ことしで80歳を迎えました。そうした中、改めて自身の平和活動を見つめ直そうと、日記には書かれていない姉の人柄を探る取り組みを始めました。背景にあるのは、「姉の生きた証を伝えたい」という思いです。
 さらに、その思いに共感した長崎の人々も立ち上がります。朗読を通して平和の尊さを訴えている団体が、清野さんと一緒に、日記をもとに制作した朗読劇をこの夏に公演しました。

 被爆者の平均年齢は80歳を超え、被爆の記憶をどう継承していくか課題となるなか、「72年前に残された日記」が今を生きる人たちに伝えるものとは何か。平和への思いを紡ごうとする被爆地長崎の人々を見つめました。

番組情報
姉が遺した被爆の記憶
~72年前の日記が伝える平和への願い
8月9日(水) 午後9時05分~9時55分
 

 制作者の私は戦争を知りません。しかも、平成生まれです。「被爆の記憶」を継承すべき若い世代の一人として、どう受け継ぐか悩みながら番組をつくっています。今回、取材を進めていくなかで感じたのは、「当時を知ろうとすることの大切さ」。被爆者ご本人も知らなかった「新たな被爆の記憶」が見つかるたびに、私自身、感銘を受けました。「被爆体験を直接語れる人がいる今だからこそ受け継げる記憶がある」のだと思います。

 8月9日午後9時5分からは、ラジオ第1。ぜひ、お聴きください。

長崎放送局アナウンサー 渡辺健太

筆者 長崎放送局アナウンサー 渡辺健太
(取材制作、ナレーションを担当)