2010年03月23日 (火)訪問看護師 秋山正子さん

訪問看護師というのがどんな仕事なのか、
あまり聞き慣れない仕事だったのだが、
秋山さんの仕事ぶりを拝見して驚いた。
だって、カバーしていることが多いのだ!
病院のように、設備の整った、
“自分たちのホームグランド”に患者さんが来るのではなく、
相手のホームグランド、つまり、ご自宅を訪問する。
だから、患者さんによって、環境はバラバラ。
もちろん、それに加え、病気の種類や病状、
訪問していないときにどんな生活をしているかも、人それぞれである。
 
「日常生活をしている中で、
 病気を持ったり、障害を持ったりしている人のところに
 出ていくわけですから、
 生活を支える部分も一部は含まれるんですね。
 そうすると、個人個人の生活ってそれぞれ違いがありますので、
 境界線があるようなないようなところも少しはありますね」
 
驚いたのが・・・

病状や状況を読み解く秋山さんの観察力だ。
前回の訪問時からなにか変化はないか、
病状などはどうか、家庭状況はどうか、など、
看護師としての豊富な経験に裏付けられた
鋭い観察力を発揮する。
独り暮らしの方の場合など、
病状の変化に誰も気づかないということだってあり得るので、
その観察はかなり大事になってくる。
訪問して具体的にどんなところを観るのかが、いろいろ、興味深い。
 
ひとつは、湯飲み。
「水分が取れているかどうかって、
 特に高齢者の方ってすごく大事で、
 お水が不足すると脳血管も詰まりやすかったり、
 少し詰まるとつまずいて転んだりということがあって、
 やっぱりお水が飲めているかどうかというのは、大事なポイントなんですね。
 だから、いつものテーブルの上にお湯のみが置いてあると、
 それで、いつもは半分ぐらいだけど、
 きょうは並々ついであって減っていないとか、
 あるいは、きょうは、そもそも水分が何も出ていないとか、
 そういうことは見ますね」
 
さらに、日めくりカレンダー。
「日めくりのカレンダーとかが、
 ずいぶん前で止まっているとか、
 1週間前で、日めくりがもうめくれていないとかだと、
 この1週間、この方はどうしたかな、なにかあったかなと考えるわけです」
 
さらに、仏壇の花。
「お仏壇の花が、いつもはちゃんとされているのに
 枯れたままだったりすると、アレ、と思いますね。
 日ごろの動作というのがされているのか、されていないのかということは、
 そうすると、例えばその1週間、外へ出ていなかったりとか、
 食べられていなかったかしらとか。
 見慣れた景色の中のどこかが違っているか、というのを、
 いつも伺っていたらわかるようになります」
 
そのほかにも、例えば、いつも使っているタオルが濡れていなかったりすると、
あれ、しばらく起きあがってお手洗いにいけていないかもしれない、
などと想像力を働かせる。
「五感をすべて使って、訪問します」と言う秋山さんは
まるで名探偵シャーロック・ホームズのように、
状況から、人間というものを見ている! スゴイ!
それでないと、訪問で患者さんの看護を責任持ってする、ということは
不可能なのだろう。
 
そうやって、看護する大変さはあっても、
やはり、患者さんにとって、
家で穏やかな暮らしをすることは大事なことではないかと
秋山さんは感じている。
 
「在宅で過ごしている人たちは、こんなふうに、
 けっこう生き生きと暮らしてますよ、
 最期は病院でしか亡くなれないって多くの人が思っている現状がありますが、
 そうじゃないですよ、って、
 そういうのを伝えたいなぁと思っています。
 ほんとに病状が重篤な、死を目前とされている方であっても、
 『きょう、今、生きている』その積み重ねの中で
 その人の人生は、また綴られていくんです。
 そこに私は関わらせていただいているので、
 その人がきょう生きている輝きを、ぜひ支えたいという思いがあって。
  例えば、きょうおうちで作ったみそ汁をひと口飲んで、
 『ああ、家のみそ汁だ』と言ってにっこり笑った、
 とか、それも日常の輝きのひとつだと思うんですよね。
  そういうことの積み重ねが日常ということじゃないかなと思うのです。
 私自身も、そこに喜びが見いだせる、
 そういう人間になりたいなというふうに思っています」
 
ほんとうにそうだなあ、と思う。
今をしっかり味わって生きるというのは、
実は、大層なことばかりでなく、小さな喜びと実感の積み重ね、だもの。
それがなくなったら、大きな幸せだって、あり得ない。
そんな喜びを、ひとりでも多くの人が、一日でも長く味わえる社会って、
素敵ではないか。
何気ない日常を支える秋山さんの存在は、
小さいようで、実は大きな社会の礎だと、強く強く実感したのである。

投稿者:すみきち | 投稿時間:21:04

コメント

番組を拝見しました。
秋山さんが高齢者と向きあうときに“隣のおばさん”になると言ったことが印象的でした。
高齢者の場合、自分の先が短いとは理解しているのですが、自分の周囲を囲んでくれる家族がいない方は、夜になると「どうなってしまうのか」不安になるものです。また、若い人みたいに「明日があるさ」と言うことはなく、自分を気にしてくれる存在がない高齢者にとって
自分に気を使ってくれる人は、貴重な存在です。
医療系の看護師さんは、なかなか病院の枠から出ない方が多く、心より体調を気にする方が多いと思いように感じます。でもそんな感じがしない秋山さんの訪問看護を受けている利用者さんは、幸せだと思いました。

投稿日時:2010年04月07日 18:52 | 久保田

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