2009年10月06日 (火)酪農家 三友盛行さん

IMG_6807.JPG三友さんのお話を伺っていたら、
わたしの心に響き、琴線に触れる人生観が、
次から次へと飛び出してきた。
すごい・・・!ワクワクしてくる。
刺激され、大興奮!
いつも収録で気になった言葉を
台本にメモしておくのだが、
今回はあまりにたくさんあって、
台本が真っ青になってしまった。
 
三友さんの分類によると、 
「牛は、ネコと同じグループの生き物だ」という。
馬と犬、牛とネコというグループ分けらしい。

つまり、
牛は、マイペースで、気分屋で、
こちらの命令に従うというよりは
自分の都合で人間から離れたり、寄ってきたりするから、
ネコに似ているのだという。
人間に求めていることによって鳴き声も違うし、
「ここの牧草が食べたい」と要求してくるし、
なかなか個性豊かだそうだ。
 
三友さんは、地域の平均に比べ、少ない牛の頭数で酪農経営をしている。
放牧中心に育て、自然の草を食べさせることにこだわる。
牧草地1ha当たり、牛1頭と決めている。
その代わり、設備投資やえさ代などの経費を抑え、利益はあげている。
さらに、小規模化でできた時間で、
牛たちと向き合い、語り合い、よく観察する。
その観察から、「ネコと同じ仲間」理論が出てきたようだ(笑)
 
当然、ネコ大好きのわたしは、

一気に牛たちに、そして、酪農家の暮らしに、親近感が湧いた。
 
「北海道の冬は、寒くて、いいですよ。
 12月に雪が降って、春まで融けないでしょ。
 雪が降ると、今年はこれで終わりという感じなのよ。
 人間はそれほど意思が強くないから、
 自分で『今年はもう終わり』なんてできないでしょう。
 ところが、神様が白い雪をパッと降らしちゃったら、
 終わり、と。そして、冬ごもり」
 
言葉を伺っていると、
三友さんが、感性豊かに暮らしているのが伝わってくる。
ネコのようにかわいげのある牛、真っ白い大地、ストーブと冬ごもり・・・
こちらまで、豊かな想像が膨らみ、
なんだかホクホクしてくる。
暮らし自体のキラキラを、思い起こさせられるのである。
 
幸せな気分になる。

将来への不安を感じる人が多い、今のこの日本で、
三友さんは不安を感じていないのが伝わってきて、 
一緒にいると安心感がある。
地に足の着いた幸せ感を持っている。
なぜか。
三友さんは、ちゃんと、
「なにが自分にとっての幸せなのか」をはっきりと
認識できているからだ。
 
23歳で、東京から北海道に開拓に入って最初は、
三友さんも、先へ先へと急ぎ、牛を増やし、
牧場を大きくするため無我夢中で突き進んだ。
でも、10年経ったある日、違和感を感じた。
 
「僕は、東京から来て、自然だとか木だとか風景だとか、
 そういうものに憧れて農業やったのに、
 自分のつくっている牧場は、木も無くてね。
 ただ生産を上げるための、緑の牧草地になった。
 それは殺風景に見えたよね。
 何かが欠けている、と思った。
 それはきっと、潤い。
 その風景を見る潤い。
 木があって、草地があって、牛舎があってと、
 そういうトータルのバランスが欠けていて、
 生産だけが見えていく風景・・・それは寂しい。
 10年経ったらそれなりに牛が増えて、生活もできるようになったけど、
 入植したときのような思いがなかった。
 入植したときの、なんちゅうかな・・・初心。
 『初心』と『経済』を、交換しちゃったんだよね」
 
『初心』と『経済』を、交換しちゃった。
うむ、なんて、ズンとくる言葉だろう・・・。
それに気づいた三友さんは、
ひとり、生き方を変えた。
劇的に経営方針も変えた。
そして、自分にとっての幸せを、ちゃんと、認識したのだ。
それは、どんなものだろう?
さらに質問すると、見えてきた。
 
住「人間ってどうしても欲が深く、
  『生活のレベルは落とせない』という
  強迫観念と共に人生を歩んでいる人って多いと思うんです。
  規模拡大、右肩あがり、もっとビジネスを大きくしないとだめだ、など、
  忙しくて苦しくても、必死になってしまったり・・・。
  三友さんの中では、
  そんなことはない、右肩あがりじゃなく、適正規模で保つなかで、
  生活の質を保っていける幸せな生き方があると、
  思っているということですか?」
 
三「『生活のレベル』と言うけれど、
  僕は大事なことは『暮らし』だと思っている。
  『生活』と『暮らし』は違う。
  暮らしって何かというと、総合的なトータルだよね。
  だから、利便性は少し低めなんだけれども、
  時間があって、自分が食べる野菜を作る、チーズを作る。
  多くの場合、現代生活では、利便性が劣ることをちょっと心配するよね。
  でも、『暮らし』って、
  朝、お陽様が上がって、お陽様が沈むまで仕事する時間も含んでいる。
  だから『暮らし』というものを目指せば、
  『生活』という圧迫概念とは、別な価値となる。
  価値観を変えるということだ。
  『暮らし』があって、その下に『収入』と『生活』がある。
  収入があったらみんな幸せになれるという時代もあったけど、
  もしかして、収入を求めていくと、一番大事な生活と暮らしが壊れてくる、
  というのが、今の現実だから。
  暮らしは文化なんだよ。
  生活は文化でない。
  時間も文化だし、自分でものを作って食べるものも文化だし。
  生活というのは、食糧を得て食べて日々暮らす、つまり、消費するだけ。
  大事なことは、やはり個人の人生観とそれぞれの文化を確立することかな。
  ただ、僕は、それが非常に自由に伸び伸びと発揮する場所を与えられているから。
  農業は、人生という自己表現ができる場となるのが、幸せなんだ」
 
これ以上、付け加える必要はないだろう。
わたしも、この含蓄ある言葉たちの、自分にとっての意味を、
まだ完全に消化できたわけではない。
ただ、三友さんとお会いして、1ヶ月弱、
その言葉たちが、わたしの琴線を依然としてびんびんと震わせているのは、
紛れもない事実である。

投稿者:すみきち | 投稿時間:18:57

コメント

文化(Culture]は、ドイツ語で耕すという意味らしいけど、僕も教えられたな。文化、暮らしって自分で、耕すものなんだな。(二十歳の時半年農業やった体験はるんだけど)(笑)。
今では少し笑えるようになった体験だけど。

投稿日時:2009年10月06日 23:13 | 溝江直樹

 大変申し訳ないのですけれども、久しぶりに拝見しました。そして、三友盛行さんの仕事とお話しに感動しました。「一生懸命生きて、生かされていることを知って、そこから創造する」のがプロ、というようなことをおっしゃっていました。40年自然と格闘し、受け入れた男の自信と、謙虚さ。足を知るとはこういうことですね!

 「生活」と「暮らし」は違う、という言葉にも、うならされます。おかげさまで、今夜はいい気分です。

投稿日時:2009年10月06日 23:18 | n7

現代社会の人々は、規模拡大や、右肩上がり、長時間労働、競争をして、人よりもお金やモノを沢山持たなければならないと、自分に言い聞かせているように見える。それは人間は
欲が深いからというよりは、本当は不安が大きいという言い方のほうが正しいのではないだろうか。
しかし、これだけ物質的に豊かになった現代であっても、その不安は満たされていない。むしろ、今度は、それらを失うのではないかという不安にさいなまれている。この不安をどう解消したらいいのか悩んでいる。そして、他人と比較し、かりそめの不健全な幸せを得ようとしている。しかし、そこからは本当の幸せを得ることはできない。
無いのも不安、沢山あるのも不安であれば、ほどほどに持つこと、そして、自分のペースで日々自分が置かれた環境で出来ることを少しずつやることが人間として本当の幸せな生き方なのかもしれない。

投稿日時:2009年10月07日 10:06 | Keisuke Hashimoto

三友さんと直接向き合ってお話したすみきちさんからしか伝わってこない収録の場の「熱」のようなものが、ブログを通じて読むこちらに届きます。
テレビの感慨、感動が増幅されて、新たな発見と共に深く心に中に届く思いがします。
『暮らし』の下に『収入』と『生活』があるというのは、私にとって発見です。
『収入』や『生活』レベルというと不安や強迫観念と結びつくけれど、『暮らし』は幸せと結びついているのでしょうか。
『収入』から『生活』や『暮らし』を見るのではなく、トータルの『暮らし』を考えて『収入』や『生活』を見つめることも大事なのですね。
三友さんが持っている矜持について、どのように三友さんのなかで生まれたのかもう少し詳しく知りたいと思いました。

投稿日時:2009年10月07日 14:02 | MF10

自然のおこぼれを頂く 立ち止まって足るを知る 三友さんの言葉一つ一つが心に染み入ります。
これらの言葉を本当に自分のものとして考えられたとき 私の将来は明るくなるような気がしています。
いつも良い番組をありがとうございます。

投稿日時:2009年10月08日 13:14 | mukulove

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