2009年03月10日 (火)ホームレス支援 奥田知志さん

ここ一年ほど、東京では風が強い日が多い気がする。
よく「風」を意識するのだ。
夜中の強風に眠れず、布団の中でその轟きに耳を澄ましたり、
日中ふと外に出たときに、そよ風の、頬を撫でるような感触にホッとしたり。
風は、時に優しく、時にこわいと感じるような迫力で、
わたしたちを包み込む。
 
奥田さんは、そんな「風」を感じ、それに吹かれながら生きているという。
 
「(人生の)使命というのはね、
 この辺から吹いてくる風みたいなもの。
 パーッと風が吹いてくるとね、その方向に飛んで行くじゃないですか。
 だから、必ずしも自分で方向を決めて、
 あっちに行こうと思って人間は動いているんじゃなくて、
 なにか風みたいなものに吹かれて生きていくんです。
 でも、そのときに問題が起こるんです。
 自分の考えや思いとかね、都合とか好き嫌いが、
 (その風の方向と)合わないことがあるんですよね。
 そのときは、しゃあないな、と諦めるんです。
 パーッと風が吹いたときには身を委ねる。
 そのときには自分の思いや考えを一部断念する。
 最低その覚悟が決まらないと、人とは出会えないと思うんですね」
 
奥田さんのことばを聞いて、
わたしの身体は熱くなった。
確かに・・・


人生には、時折さまざまな風が吹く。
自分の力の及ばないところで、人生の転機が訪れることがある。
台風の突風のように、すべてをひっくり返されそうな怖い風もあれば、
海を進むヨットを押すような、勇気をくれる順風もある。
そんなとき、そこに身を預けざるを得ないとわかってはいても、
あるいは、預けることが、きっと自分のゆくべき道とわかってはいても、
自分の都合とか好き嫌いとか考えを、すべて捨てることは難しい。
業や欲を乗り越えて、
直感や大いなる導きを信じて身を委ねるのは簡単なことではない。
 
奥田さんは、それをやってのけている。
そして、奥田さんの話を聞いていると、
自分は風をちゃんと感じられているかしら、
と考えさせられるのだ。
 
最近、よく「自己責任」という言葉が使われる。わたしだって、よく使う。
自分で自分に責任を負うこと。
他人のせいにしてはいけない。
なんでもかんでも、結局さいごは本人の責任。
さいごには、自分で自分の尻ぬぐいをしなさい、と
いまの社会ではよく言われる。
 
確かに、そういう面もあるのだが、
「自己」「自分」を強調しすぎるあまり、
自分ではどうしようもないことだってたくさん人生にはあるということを
忘れていやしないだろうか。
人間は、たったひとりでは生きられないことも。
いろんな巡り合わせと、いろんな人のおかげで生きているという事実を排除した傲慢さも、
「自己責任」という言葉は含んでいる。
 
ホームレス支援は、VTRを見るとわかるように、
ほんと~~うに大変な、一筋縄ではいかない、
正解がない中をひとつひとつ暗中模索するような仕事である。
奥田さんがその仕事を長年、活き活きと続けられているのは、
自己責任で線引きをせず、
風を感じて、さまざまを引き受けることこそが
人生の醍醐味だと考えているからなのだ。
 
「わたしは、今の時代って、
 ずいぶん『出会い』が軽くなってしまった気がするんです。
 自己責任という言葉は、時代の言葉だと思いますけど、大嫌いなんです。
 責任ないとは言いませんよ。
 あるけども、ことさら自己責任ということを言う大人たちというのは、
 出会いを軽んじていると思うんですね。
 僕はね、『出会った人の責任』ってあっていいと思うんですよ。
 知ってしまったら、知った人の責任ってあるはずでしょ。
 そのことをすべて棚に上げておいて助けないのが、自己責任論。
 でも、出会ってしまったら、しかたない。
 知ってしまったら、もう知らなかったことにはならないんですよ。
 記憶としてはどこか風化するかもしれないけども、
 出会ったという記憶の層みたいなものは、なくならないと思う。
 それは全くなかったことにはならない。
 そういう風に人の心の中とか人生の中に痕跡を残してしまった
 責任というのはあるわけですよね。
 なまじ、お弁当を配らなかったら期待もしなかったのに、
 お弁当を配ったから期待させたわけでしょ。
 だったら期待させた側の責任というのはあるんじゃないですか。
 うちのスタッフの人たちというのは、しんどい支援になったらなるほどね、
 『しかたがないね』ということをよく言うんです。出会ってしまったから。
 自己というものは、そんなに個別確立していないんですから」
 
今度は、ズーンと、
お腹の上のほうから腹底のほうへと、鉛の玉を落とされたような鈍い衝撃を感じた。
出会った者の責任・・・
そして、出会いを軽んじていないかどうか・・・
わが振る舞いを振り返り、瞬時に沈思してしまいそうだ。
日常を観る新たな視点をいただいた気がした。
 
奥田さんは言う。
「情けは人の為成らず。だから、人のためにやっている。
 自分も、人との関係性のなかで、生きていることを確認しているのかもしれない」
そうだ。
人間なんて、絶対的な存在ではなく、
関係の中でのみ存在するRELATIVE(相対的)な存在なのかもしれない。
隣のひとの目の中にいる自分を、確認したくなった。

投稿者: | 投稿時間:20:17

コメント

今日の番組はとても面白かったです。
ありがとうございます^^
今後も良い番組を沢山オンエアーしてください。

投稿日時:2009年03月10日 23:47 | 正義のルパン

奥田さんは言う。
「情けは人の為成らず。だから、人のためにやっている。
 自分も、人との関係性のなかで、生きていることを確認しているのかもしれない」
そうだ。
人間なんて、絶対的な存在ではなく、
関係の中でのみ存在するRELATIVE(相対的)な存在なのかもしれない。
隣のひとの目の中にいる自分を、確認したくなった。


人間は【社会的動物】(某哲学者?でしたっけ?)といわれますが、人との関わりの中で生きていく(当たり前といえば当たり前ですが・・・)。

自分と、自分以外の他人との、【(程よい)距離感】【間】/【折り合い】。
必要以上に踏み込まない。かといって、断ち切らない。
支え、支えられて、人間は生きていく。

(p.s.住吉さん、おめでとうございます!!!)

投稿日時:2009年03月11日 00:29 | marginal_utility(cost)_K

今日は様々なことを考えさせられた番組&すみきちさんのブログだった。

風が吹いたときにそれに身を委ねるって、気付かないだけで多くの人が経験してるんですょね。
結婚とか就職とか人生を変える出会いとか・・・自分の意思とは無関係に
あれょあれょと道が開けていく時、、それは風に乗っている時であって。
そしてすみきちさんの言う通り、勇気をくれる順風もあれば、怖い風(自分の意思とはウラハラな風)の時もあり、
身を委ねるのが簡単なことではないことが多々ある。
時には純粋な動機で行動しているという確固たる信念が必要であり、奥田さんはそのような根幹を持っているのがハッキリと分かる。

私も苦しみ・悩んでいる人たちを癒すことをしたいと切望しているが、今はもっと地に足をつけて
自分を成長させる時なので、まだその使命の風が自分に吹かないことをどこかで知っている。
いつその風が吹いても良い準備だけはしているけれども。焦らず、焦らず、その風を待つ。
待つことが自分を成長させ、その待ち方しだいで後に飛躍できる高さも変わってくると思う。
風に乗ることも大事だし、それを待つことも大事。改めてそぉ思わせてくれた今日の番組だった。

すみきちさんも焦らず、先の不安(大半が取り越し苦労に終わるので無駄x100)を抱かず、
今という瞬間を大切に積み重ねていってください♪

投稿日時:2009年03月11日 00:48 | ハタボー

責任が終わるときっていつなんでしょうね。。
出会った責任、自分の責任、
相手は自分のことをいつ「許して」くれるのでしょう。

果てしない道が広がっているように思いました。
細くて長い一本道をまっすぐ歩き続ける奥田さんは、とてもストイックな方なのだなぁ、と背中を叩かれる想いで読みました。

すみきちさんの文章はとてもシンプルな言葉で正直に書かれていて、
読みやすいですね。こちらの気持ちがかき乱されることもなく、ストン、と落ちてきます。素晴らしい才能をお持ちだと思います。

投稿日時:2009年03月17日 00:49 | もろみ

過去、捨て犬、猫に出会ったとき、私は無力で
見て見ぬフリを、何度もしてきました。

何もしてこなかったので、楽に生きたわけですが。
何時までもあの時保護していればと言う思いが残りました。

けれども、私が何もしない、出来ないでいる反面、
自分を捨てて、動物も人も、助けている人がいる。奥田さんの活動を
仕事の流儀で取り上げたことは意外な感じでしたが(良い意味で)
この番組で取り上げる人達は皆さん立派ですが、
なんというか、
奥田さんのような人がいらっしゃることに静かに感動いたしました。

さまざまな分野で、一生懸命頑張っている人の日常を知ることで、さわやかな気分になれます。

茂木さんも住吉さんも聞き上手、興味を持って話をきかれているのが
視聴者と重なって邪魔にならなくて、自然でいい感じです。


奥田さんの、言葉を残してくださりありがとうございました。

投稿日時:2009年03月17日 16:07 | こまつばらまさこ

自分はスポーツが好きなのでスポーツ選手以外の回は
HDDに撮ってはいるけれど、正直あまり見る気がしないので
ほとんど見てないのですが
すみきちさんのブログでの下記のコメント
「人間なんて、絶対的な存在ではなく、
関係の中でのみ存在するRELATIVE(相対的)な存在なのかもしれない。」
という文章を見てしまい
夜中にもかかわらず奥田さんの回を見てしまいました。
この文章名言ですね!

プロフェッショナルの番組で紹介される方というのは
本当にプロ中のプロで
共通しているのは皆、自分を犠牲にしているという事。

イチロー選手も
「ファンの方が高い金を払って球場に見にきているのだから
自分たちも何かを犠牲にしないといけない」
とおっしゃってた回がありましたし、
つい先日放送の中澤選手も、
青春時代の犠牲や人一倍練習してきた事があるから
番組に呼ばれる程の選手になったのだと思います。

そしてやっぱりプロフェッショナルに必要なのは
その仕事が好きという事なのだろう。
イチロー選手が野球好き、中澤選手がサッカー好き、
奥田さんもあの仕事が好きなのだと思う。
番組最後で松っちゃんがしっかり帰ってきた時に
奥田さんが本当に喜んでいたシーンを見ると
そういった喜びに対して仕事というより
人生の喜びを感じているから
辛い事があっても続けられるのだろうと思いました。

病院で死んでしまう方のエピソードがありましたが
死ぬ前に誰かに対してありがとうとか
感謝の気持ちを言えるって。。。

自分だったら「死にたくない」って言って
感謝の気持ちを伝える余裕なんてあるのかな?

投稿日時:2009年03月23日 00:08 | 魔裟斗選手の回希望

 初めまして、私は佐藤といいます。6月17日の午前8時30分に栃木県大田原市にある黒羽刑務所を出所いたしました。景気は1年2月の満期で出てきました。奥田さんのことは刑務所のテレビを観て知りまして、感動してしまいました。今の世の中、人の事などどうでもいいと思っている人達が多い中、奥田さんのような人達がまだ居るんだとゆうことが、私にとって希望となり、なんとか生きていきたいと考えられるようになりました。
明日、私は一縷の希望を持って東京のNPO団体の人に相談をしに行こうと思っていますが、以前一度お世話になった団体で生活保護を受けていました。後に事件を起こしてしまい服役することになりました、服役当初身柄引受人にもなってくれるという、事務局長の方でしたが途中から連絡が来なくなり心配していたところ、法務省の審査で引受人が帰住地を確保しなかったため、仮釈放不可となってしまい満期出所となったのです。無論、私は恨んでなどいませんし、当たり前の事と思い毎週火曜日にその団体が相談会を開いているので明日に行ってみるつもりです。多分、一度裏切ったので相手にしてもらえないかもしれませんが、そのときは野宿をするつもりです。先週の木曜日から5日間野宿しましたが、今の時期は暖かいので少し気が楽です。
お忙しいところ戯言を送ってしまい申し訳ありませんでした。
良い結果が出たら、また、送らせて下さい。

投稿日時:2009年06月23日 01:08 | 佐藤

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