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モギケンのプロフェッショナル脳

第32回: 個性の宇宙と全体の調和

 ウィスキーのおいしさに目覚めたのは、スコットランドのアラン島に旅した時のことである。グラスゴーから船に乗り、島に着いた。夜パブに入ると、夏だというのに暖炉に火が燃えていて、男たちがスコッチを飲んでいた。
 気候のせいか、旅情のゆえにか、口にしたオン・ザ・ロックは人生の味がした。
 なぜウィスキーはブレンドして作るのか。輿水さんのお話をうかがって、初めて理解した。同じ条件で樽(たる)詰めしても、原酒の味わいは一定にならない。人知をもってしてはいまだコントロールできない複雑系のダイナミクスにより、一つひとつが違う風ぼうを見せる。その個性を絶妙に混ぜ合わせ、あり得べき味に仕上げるのがブレンダーの仕事であると。なるほど、これはきわめて論理的で、しかも未来志向的な話だと思った。
 多様性が大切だと言われて久しい。森の中に分け入れば、さまざまな植物が生命力の限りを尽くし、その豊かな生態系が人間の心に安らぎを与える。モノカルチャーではなく、そのような多様性を育む自然をいかに守り、同じ多彩なる宇宙を人間社会の中に醸成するか。
 いかに多様性は起源するか? ウィスキーの原酒が一定条件でもさまざまな成長を遂げるように、生命作用というものは本来拡散していく性質を持っている。人間社会も同じこと。多様な個性は強制して無理矢理につくり出すものではなく、自由放任すれば自然に生み出されてくるものである。
 問題は、それらの個性の間にいかに調和をもたらすかということ。まずは豊かな個性の宇宙を広げ、その後で全体の調和を考える。人間社会が範とすべき「部分」と「全体」の関係のひな型が、輿水さんのウィスキー作りの中にあった。
 印象的だったのは、ブレンダーは「言葉にならないことを一生懸命表現しようとしている」という輿水さんの一言。なるほど、だから、ブレンダーの言葉は芸術家のように響く。科学もまた、いまだ人類がつかんでいないものを概念化することに心を砕く。輿水さんの姿勢に大いなる親近感を抱いた。

すみきちのぶっちゃけ道

第32回: 惚(ほ)れ薬

ウィスキーブレンダーの輿水精一さん。
低い声で、つぶやくように語る・・・ぶっちゃけ、ウィスキーみたいな人だ。
“KOSHIMIZU  57 years old”!
「ウィスキーでなければならないという場面が、人生には必ずあると思うんです。」
これがまた、言うことも、言い方も渋いのだ・・・。

ウィスキーブレンダーという仕事が一体どんな仕事なのか、お会いする前は知らなかった。だって、ウィスキーってどうできるものなのか・・・?実は、ウィスキーは、樽(たる)で熟成された原酒がそのまま完成品になるわけではなかった。多いときには30種類以上の原酒をうまーく混ぜ合わせて、作り上げられるものなのだ。
そこに介するのは、計測機器やコンピュータではなく、輿水さんのような「人の手」。
そのとき使える状態にある原酒の長所と短所を組み合わせながら、魅力的な味や質感の配合に仕上げていく。こうしてできるウィスキーのおいしさや質感は、例え原酒の成分を科学的に分析しても、“これでオッケイ♪”という配合比を出せるものではないと言う。
なんでだ・・・?

輿水さんは、想像を絶するち密さで、ウィスキーを作り出している。
混ぜ合わせる原酒は、熟成の状況、場所、長さなどによって、すべて味が違う。たっくさんある中から、30種類ほどを選び出して混ぜる(ってことは、そのすべての味を覚えているってことですよ・・・)。しかも、それらを“1滴”単位で足したり引いたり。もしも、スポイトを持ったまま「へーックション!」とくしゃみをしてしまえば、落ちたしずくでブレンドが変わってしまう!そのくらいデリケートだ。
そして、輿水さんは、おいしさの所以(ゆえん)が“どの1滴”にあるのか、飲んだ人がどの原酒とどの原酒のハーモニーをおいしいと感じているのか、などをすべて把握している。つまり、ウィスキーを飲んで「んー、おいし〜い」と感じる人は、輿水さんのち密な計算に感覚を動かされていることになるのだ。

ブレンダーとしてうれしいのは、どんなときですか?と伺うと
「自分のウィスキーが新幹線とかで飲まれているのを見ると、すごくうれしいですね。」
なんと。イカスナックやビーフジャーキーとともに、あの折りたたみ机に置かれたウィスキーか・・・!ああいうところで飲んでいる人たちは、確かに無心に幸せそうだ。
“今あなたを見ている人のち密なブレンディングによって、あなたはおいし〜く気持ちよ〜く酔っ払っているのですよ〜”と言いたい・・・。だって、そこで飲んでいる人たちは、想像もしないだろう。そのハーモニーを作り出すすごさを。
いや、無意識のレベルでは、想像できているのか・・・?だから飲んでいるのかもしれない。

あ、なんでか、分かった。
飲んでおいしいかどうかを決めるのは、機械ではなく、人間の「感覚」だからだ。
機械やコンピュータが、そこに入る余地はない。
人間が、人間にしか分からない「感覚」を、人間のために作る仕事、なのだ。
「でも、みんながおいしいと思うものを作るのは本当に難しいです。例えば、“茂木さん用”とか、特定の人に飲んでもらうウィスキーだったら、かなりの満足度、かなり完璧なものが作れますよ。味の好みとか、絞って作れますからね。」
そうか・・・!惚(ほ)れ薬の配合を頼むなら、輿水さんだ。

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