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大野は、25歳でドイツに留学して以来、ヨーロッパを中心に活動を続けてきた。言葉も文化も違う日本人が認められるのは並大抵の事ではない。少しでもハンディがあると思わせたら認めてはもらえない。大野は、その厳しい世界を指揮者としての力量だけで勝負してきた。新しい楽曲を手がけることごとに、膨大な資料を原語で読み込み、作品への理解を深める。そして英語、独語、仏語、伊語を自在に使いこなし、自分の作品の解釈を、歌い手や楽器奏者たちに伝える。 |

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けいこの場で、大野はまずこれから取り組む作品の解釈を、具体的な言葉で奏者や歌手に伝えることを大切にする。オーケストラや歌い手たち全員が、同じイメージを持ち、目指すべき音楽的な高みを共有するためである。どんな音色が必要なのかはあえて言わない。大野は、100人が出す音を聞き分け、自分のイメージとずれていれば、ピンポイントでその演奏者に情景や意味を伝えていく。 |

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ステージの上で指揮をする際、大野はことさら大きな身振りをしない。指示されて出すのではなく、演奏者たちが自分の最も出しやすいやり方で出した時の方がいい音になると考えるからである。事前の練習では、自分の作品のイメージを伝え、細部に至るまで磨きをかけていくことに徹底的にこだわる。しかしその上で、大野は、本番では、一人一人の能力を解き放つことに重きを置く。ことさら大きな身振りはしない。「なきかのごとくある」、それが指揮の極意だと大野はいう。 |