
うるしのような輝きが生まれる一瞬を逃さない |

杉野のお菓子作りは、綱渡りのようなギリギリの積み重ねだ。たとえば、杉野の得意とするチョコレートのムース。杉野は、表面にかけるチョコレートのツヤにこだわる。ココアを煮詰め、ゼラチンを加え、チョコを冷ましていく。重要なのは温度管理。熱いままだとツヤは生まれない。冷ましすぎればコーティングが分厚くなり塊ができる。その日の室温や湿度によって微妙に変わる「適温」を、チョコレートの粘り気だけで判断する。最高の状態は一瞬。それを逃すと、客に出せるものにはならない。 |

木いちごをひとつひとつ、ピンセットで選別する |

「味を飛躍的に高めるための裏技などない」・・・おいしいお菓子を作るためには、地道な作業を、手を抜かずにやるのが必要だと杉野は言う。たとえば、お菓子の飾り付けに使う木いちご。一粒ずつ、状態を見て調べる。熟していないものや傷んでいるものは絶対に使わない。
素材を一つ一つ検品すること、お菓子の焼き時間を秒単位で守ること、お菓子に染み込ませるお酒の量をグラム単位で守ること、隠し味に使うショウガを2ミリに切りそろえること。言葉にすると、どれもあたり前のこと。しかし、毎日数百ものお菓子を作り続ける厨房(ちゅうぼう)で、ひとつも手を抜かずに完璧(かんぺき)に貫けるかどうか。それが一番むずかしい。
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試作を重ねてようやく完成した2005年のクリスマスケーキ |

職人の仕事は、毎日毎日、同じ作業を繰り返しているように見えるが、実はそうではないと杉野は言う。「進歩がない職人はダメだ」と杉野は言い切る。今日50分かかった作業を明日は45分でやろうという進歩。同じミスを繰り返さないように手順を変えてみる進歩。そして、常に、その時点での最高の味を作り出すという味の進歩。杉野の店に並ぶお菓子は、同じ名前のものでも、10年前に比べると、そのほとんどが何かしらのマイナーチェンジを経て、味の「進化」を遂げている。
パティシエにとって、最も味の進化が問われるのは、年に一度のクリスマスケーキ。杉野は、毎年、新しいケーキを作ることを自らに課している。人が食べたことがないもので感動を与える新しい味をどう生み出すのか。杉野にとっては、最大の試練だ。
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「机に座って考えるような人間ではない」と杉野は言う |

発想が行き詰ったとき、杉野はいつも、日常の作業に没頭する。いったん、問題から離れ、いつものように生地を練り、ムースを絞り、あたり前の仕事をあたり前に繰り返す。そのなかで、今、何が一番大切かを見つめなおす。
日々の仕事にはヒントがあふれていると杉野は言う。いつものフルーツをいつもの作業で触りながら、これを違うお菓子に使えないか、考える。いつものお菓子を作りながら、ほかの素材を加えられないか、考える。厨房という現場にこそ、答えはある。
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