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第339回 2017年11月6日

大相撲 裏方スペシャル 立行司・四十代 式守伊之助/立呼出し・拓郎/特等床山・床蜂



大相撲、もうひとつの真剣勝負

前人未踏、39回の優勝を積み重ねる横綱・白鵬の記録更新や、19年ぶりの日本人横綱・稀勢の里の誕生など、いま大相撲への注目度が高まっている。1500年以上の歴史と伝統があるといわれる相撲、その誇りを胸に力士と共に闘う裏方たちがいる。行司、呼出し、そして床山だ。3横綱2大関が休場するという99年ぶりの異例事態!その九月場所の土俵を支える、もうひとつの真剣勝負に密着した。

写真裏方への思いを語る六十九代横綱・白鵬


床山の“横綱”、床蜂(とこはち)「どこまでいっても“新弟子”」

床山52人の頂点に立つ特等床山の床蜂(63歳)。力士の稽古が終わると必ず“まげ”を結い直すのが日課だ。13歳で見習いとして、力士と同じく部屋に入門。新弟子から50年、今二人しかいない特等床山の名を背負う。
床蜂が最も大切にしている技術が、「癖もみ」。力士によって髪質や癖が異なる中、力士にあった絶妙な力加減で髪をまっすぐに伸ばす。さらには、クシ使い。手早く丁寧に、髪一本一本にまで“びんつけ油”をなじませる。特に床蜂の技術をもってしても手強いのが、白鵬の髪。癖が強く左右で異なるため、大銀杏(おおいちょう)の命でもある左右均等の美しいふくらみが出しづらい。気温や湿度によってもみ加減を変えるなど、今も研究に余念がない。「大銀杏をやり始めてもう40年近いけど納得したというのはほとんどない。今でも腕を磨いてますもん。俺は自分では満足していないっすよ。まだまだうまいのなんぼでもいるぞって自分の中では腹の中でも思ってますもん。いまだに新弟子の気持ちでやってます」

写真圧倒的に美しい“まげ”
写真白鵬の“大銀杏”を結う


呼出しを率いる立呼出し、拓郎(たくろう)「土俵を、支える」

44人いる呼出しを率いる総責任者が立呼出し・拓郎(61歳)。呼出しの重要な仕事が、力士の四股名を呼ぶ“呼び上げ”。拓郎は本場所では“結びの一番”のみを呼び上げる。味がある節回しだと評判だ。拓郎は4年前、胸の病気で肺の3分の1を摘出。それでも声が続く限り、大一番の舞台に上がり続ける。
実は呼出しの仕事は多岐にわたる。柝(き)(拍子木)を入れ進行役として力士の土俵入りをつつがなく進め、取組前には塩を掃き、土をならして土俵を整え、さらには懸賞旗を披露し、太鼓をたたき、そして土俵を3日間かけて手作りする。呼出しは、大相撲にとって絶対に欠かせない縁の下の力持ちだ。「責任感、使命感。自分たちもお相撲さんと一緒でね15日間、闘っているんだと。今日も無事終わった。あすも無事お相撲さんがケガのないように、いい相撲をとってくれよという願いを込めて大勢で(興行の)舞台を作るわけですから、その15日間の繰り返しが国技の相撲を支えていく」

写真仕事その1“呼び上げ”
写真仕事その2“太鼓たたき”
写真仕事その3“土俵築(どひょうつき)”


行司の最高位、四十代 式守伊之助(57歳)「裁き、裁かれる」

江戸時代から250年受け継がれてきた行司の名跡・式守伊之助、その四十代目。44人いる行司には8つの階級がある。序ノ口から始まり番付の最高位が立行司。そこに並ぶ名が木村庄之助(空位)と式守伊之助の二人。現在、伊之助は結びと結びの前、二つの取組を裁く。行司のつとめは、力士を立ち合わせ、勝敗を判定すること。経験に裏打ちされた正確な判断と素早い裁きが伊之助をこの地位に押し上げた。その凄みの象徴が、どちらが勝ったのか判断がきわどい“同体”と見まがう一番だ。「やっぱり一瞬のひらめきというか、自分の見たとおりを信じて上げるしかないでしょうね。それに極まりますね。それを一瞬でも早くお客さんに知らせるのが行司の仕事だと。行司の場合はとにかく他の社会の審判と違って土俵に上がれば裁いてるようで我々も裁かれてるわけですからですね。同じように競技してるわけですから、やっぱりそれはお相撲さんの負けと一緒で見間違えというのはやっぱり行司の負けでしょうね。行司もやっぱり、その相撲を見るということに対して闘っているわけですからですね」

写真ほぼ“同体”ギリギリの一番を裁く
写真一瞬を裁く、真剣勝負の闘い


“差し違え”と闘い続ける

15歳で行司の道へ進んだ伊之助。付け人や部屋の雑用をこなしながら技を磨いた。そんな中、行司の宿命として重くのしかかるものがあった。それが“差し違え”。上げた軍配に審判から“物言い”がつき、間違いだと判断されること。53歳で立行司になった伊之助。そこで譲り受けたモノが“短刀”だ。差し違えると切腹覚悟、立行司のみが身につける責任の証し。それまでに二人、差し違えをきっかけに辞めた立行司もいたと聞いた。想像もしない重圧が伊之助を苦しめる。毎日、差し違えの夢を見た。2年後、悪夢が現実に・・・。さらに2か月後も・・・。立行司の伝統に傷をつけてしまった苦しみ。二度と間違えてはいけないプレッシャーで頭がいっぱいとなる。その4日後、差し違えを恐れるあまり冷静さを失い、痛恨の差し違えをした。「焦りというか前のめりになるというか。この相撲ははっきり僕の見間違いです。この時もうダメだなと思ってもうこれでやめようかなとは思ったんですけども」
辞める決意をした伊之助は、当時の北の湖理事長に処分をゆだねた。3日間の出場停止。その間、家族が支えてくれた。次第に気持ちに変化があらわれた。「3日目になるとね、不思議とね(テレビで)やってる相撲を見られるようになるんですね。ああ、やっぱりまた行司やりたいなあというような気持ちに3日間のうちに不思議となってくるんですよね。15歳で行司に入って、よその社会も知らないし、ええ・・・それしかないですからですねえ」
そして再び土俵に立ち、今も真剣勝負の世界で闘っている。

写真立行司のみが譲り受ける“本身”
写真場所中は竹光(たけみつ)を差す
写真審判から“物言い”がつき“差し違え”に


ただ、ただ、無心に

場所中、国技館の盛り上がりが最高潮になっても伊之助は変わらない。ただ淡々と土俵へ上がる。「相撲というのは筋書きがないですからですね。どういうことがあってもいいようにやっぱりそれは無心が一番大切だろうと思います。いろんなことを考えないで無心、無で上がる、と。それだけですね、ええ。でもそれはなかなか、その境地には・・・なれないですよね、ええ。でもなるべくそれに近づけてあがるようにしてるし、なればいいなあとは思ってます」
優勝決定戦の一番も裁き、九月場所全31番を伊之助は無事裁ききった。

写真無心を心がける伊之助


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

床蜂「床山として大銀杏、ちょんまげにしても、みんなにお客さんに喜んでもらえるようなプロとしての誇りを全うしたい」拓郎「どんな状況においてもですね、とにかく常に平常心で与えられた仕事に感謝してやり遂げるってことじゃないでしょうかね」伊之助「大歓声の中でもですね、大熱戦の中でもですね、ただもう粛々とですね両力士を合わせて、会場の中でですね誰よりも早く、勝ち力士を見極めてですね軍配を上げる、もうそれに尽きますね、それができるように努力したいと思います。それだけです」

立行司・四十代 式守伊之助/立呼出し・拓郎/特等床山・床蜂


放送されなかった、行司の仕事いろいろ

呼出しと同じく、行司にもさまざまな仕事がある。代表的なものが“相撲字”を書くこと。“番付表”はもちろん、本場所中に掲げられる“板番付”そして館内の電光ボードもすべて行司が書いている。
さらに場内アナウンス。この仕事はプロのアナウンサーではなく行司の仕事だ。その他にも“巻き”と呼ばれる毎日の取組結果を記す巻物も書いている。

写真相撲字を書く行司
写真場内アナウンスも行司の仕事