長らく“世界最強”を育ててきた栄には、レスリングというスポーツの本質を考え抜いた一つの哲学がある。それが、「相手を知ることより前に、己の弱さを知り、それを減らすことに注力すべき」、ということだ。レスリングは互いが相手のごくわずかな隙や弱点を突いて、得点を奪い合うスポーツ。そこで栄は、まず相手につけ込まれる弱点やくせをへらして、「得点を奪われない」ようにすることが、レスリングには最も肝要だと考える。
まず栄は、実戦形式のスパーリングを多く行い、各選手の弱点をあぶり出す。「真剣に闘っているときにしか、弱点は浮かび上がらない」というのが長い経験から得た信念だ。さらに、その見つかった弱点を、他の選手にも共有させ、全員が克服するまで練習する。これも、「誰かの弱点は、得てして他の人にとっても、弱点であることが多い」、という経験則に基づいている。
「自分の短所、欠点を自分で知ってて、なぜこういう風になってしまうのか、なぜここが悪いのか。それを知った上で、次の展開に持って行くのが僕のやりかたなんです。己を知って敵を知らないと、敵のことばっかり考えても自分の弱点もいっぱいあるのにさ。」