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第329回 2017年7月10日

家族に未来を、取り戻す 移植外科医・笠原群生



2つの命を、預かる

重い肝臓の病で命の危機にひんした子どもたちが生きる望みをつなぐ、最後の手段がある。親などの近親者から病気の子どもへと肝臓の一部を移植する、小児生体肝移植だ。この分野で年間世界一の手術数を誇るのが、移植外科医・笠原群生51歳。患者の10年生存率は、全国平均を大きく上回る91.1%。それまで困難を極めていた体重5キロ以下の乳児に合う、薄く小さな肝臓の切り出し方を考案するなど、革新的な技術を編み出し、世界から注目を集めている。
生体肝移植は、健康な人から臓器を提供してもらう特殊な医療だ。それを担う笠原には、ドナーと子ども、2人の命を預かる責任が重くのしかかる。
最終手段である移植にのぞむ子どもたちは、他に命を救う術がなく、皆、未来が途切れてしまう恐れを抱えている。親からもらい受ける肝臓は、子どもを助けたいという親の強い思いのつまった「命のプレゼント」だと、笠原は言う。その思いをつなぎ、子どもと家族に未来を取り戻すために、どんなに困難な手術でも、覚悟をもってのぞむ。

写真
写真親の肝臓をもらい受け、覚悟を背負って小さな命を助ける


やるのではない、やりきる

笠原は、前進する努力を、一瞬たりとも怠らない。信念は「やるのではない、やりきる」こと。
「どんなリスクが起こりうるかということを、事前に全部洗い出しておかないといけない。いっぱい勉強して、いっぱい経験して、初めてやりきることができる」と言う笠原。1,200件を超える手術を経験してもなお、手術の前には必ず時間を設けて類似した過去の手術記録を見返すなど万全の準備を施し、あらゆる限りの手を尽くす。さらに、8時間に及ぶ手術が終わった後も、休むことなく、必ず手書きで手術の記録を残し、ささいなことでも反省すべき点を洗い出す。こうした地道な積み重ねの中で、糸の縛る強さや、血管の縫い目の細かさなど細かな点にも改善を加えて、少しずつ合併症を減らしてきた。
「きのう、おとといできなかったことが、あした、あさって出来るように。1ミリでも自分が成長しないと、患者さんを助けることができない」

写真手術直前、手術室の一角に座り込み、ひたすら流れを頭にイメージする 写真手術が終わると、必ず記録し、反省点を洗い出す


その死を、胸に刻む

笠原の患者の10年生存率は、91%と極めて高い。だがそれでも、100人に9人は亡くなる。これまで何人もの子どもの命を失ってきた笠原は、現在の医療では助けられない子どもを、いつか助けられるようになれるよう、ひたすら努力を積み重ねてきた。子どもの命を失う、やりきれない思いを味わいたくない、その思いこそが、前へ前へと進み続ける原動力になっている。
笠原は、手術の前に必ず、自分のロッカーを開ける。中に貼ってあるのは、亡くなった患者たちの写真だ。彼らに手を合わせ、今日もやりきる覚悟を決めて、手術へと向かう。
「みんなが助かる、100%なんてないのかもしれない。だけど、そこを目指していかないと、完成されたものにはなっていかないでしょ。100%120%を目指して頑張って、やっと今ぐらいの数字になる。もっと頑張れば、本当に100になるかもしれないじゃないですか。自分の努力で、それが補えるんであれば、どんな努力でもしますよね。」

写真


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

子ども、家族の未来に責任を持ってですね、謙虚に努力し続けること、そういう人だと思います。で、そんなふうに生きていきたいです。

移植外科医 笠原群生