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これまでの放送

第321回 2017年4月17日放送

独り、山の王者に挑む 猟師・久保俊治



自然に、溶け込む

久保俊治(69)は、北海道標津町で暮らす猟師。
猟師生活40年を超えた今も集団で猟をするのではなく、一人での猟にこだわっている。
小樽市で生まれ、父と父の仲間から猟の手ほどきを受けて育った。20歳のとき成人祝いでライフルをもらって以来、一人前のヒグマ猟師になりたくて徹底的に山へ通った。射撃だけでなく動物の生態も学ぼうとアメリカのハンティングガイドの学校にも留学。帰国してからは知床を拠点に、命を掛けてヒグマを追っている。
10月、久保が狙うのは鹿。気配、鳴き声、においを頼りに獲物の居場所を探る。「山に入る自分が、自然の中で異質ではいけない」と、えさを探す鹿と同じ速さで歩き、自らを自然に溶け込ませる。異常を感じた獲物はすぐに逃げてしまうのだ。山にこもり、一歩間違えれば命のない現場で、気配の消し方を身に付けた久保。「生き物を獲るっていうことはそんなに単純なものじゃない」という。

写真
写真獲物の気配を探る
写真休憩中、周りを観察する


一撃で、仕留(しと)める

久保は獲物を見つけてもすぐには撃たない。気配を消してとことん待ち、十分に引きつけてから撃つ。首を狙い、獲物を苦しませないよう、一撃で仕留める。久保が動物を撃つのは「生きる」ため。首を狙えば、獲物が傷つかず、最も多くの肉を食べることができるのだ。また、苦しみながら死んだ獲物に比べ、一撃で仕留めた肉は柔らかくておいしいと言う。
仕留めたあとは、肉の味を左右する血抜きをするため獲物の腹を割く。心臓、腸間膜、肝臓も全て食べられる。肉が傷つかないように皮を剥ぐ技術も久保は一流。久保がさばいた鹿肉は近所でも絶品と評判で、欲しいという人には代金はとらずにおいしい部分を譲る。そのかわり米や野菜と交換してもらうのがいつもの習慣だ。
鉄砲を撃って野生の動物を取ることがかわいそうだ、と批判されることもある。しかし、昼食にとれたての鹿肉を食べながら、久保は語った。「そういう人は、どんな肉も食べないのだろうか。今はと殺が分業化され、一番嫌なところは自分がタッチしなくてもいいだけではないか。私は、熊も、鹿も、鴨(かも)を食べる時だって、ちょっと前まで生きてたって意識は常に持っている。」

写真鹿を狙う久保さん
写真仕留めた鹿を解体する


命への畏敬、山の王者との戦い

ヒグマは生息数が少ない上、警戒心が極めて強いため偶然出会うことはまずない。痕跡を探し粘り強く追わなくてはならない。倒木の陰、木の根元を一つずつ確認することとあわせ、自らの殺気を消し、ヒグマに気取られないようにする。
川沿いにヒグマの足跡を見つけ、追跡する。久保はその周辺を連日歩いた。糞、爪あとと次々に見つかる痕跡は、ヒグマが近いことを物語っている。久保はヒグマに10メートルまで近づいて撃つと言う。常に命の危険が伴う。70歳を目前に命の危険のあるヒグマを、なぜたった一人で追い続けるのか。
「相手も生き物ですから、それを殺すってことは引き金を引く責任をきちっと最後まで果たさないと。良いか悪いかじゃなくて、それが私の方針だってことです。」久保はヒグマを恐れながらも、ヒグマに挑み続ける。

写真ヒグマ猟を前に熊肉を食べる久保さん
写真ヒグマの足跡を追跡する


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

ありのままをある程度受け入れていく。人間だけは自然の中に生きてないから、欲、欲、欲になってしまう。それをどこまで求めて、どこまで我慢できて、どこまで受け入れていくかと言うこと。

猟師・久保俊治


放送されなかった流儀

山の神にささげる

北海道・小樽で生まれ育った久保は、古くから猟師に伝わる伝承を大切にしている。
獲物の肝臓を7つに切り分け、神へささげる「七柱(ななはしら)」。
解体する際、ナイフを入れる場所をなぞり、心の準備をする作法「けじめを入れる」。
獲物の一部を、天に向かって伸びる枝にひっかけ、ささげることもある。
すべては「自分や動物を自然の中で生かしてくれる山の神」への深い感謝からだ。
「山に生かされている」。久保の根底にある大事な思いだ。

写真7つに切った肝臓