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第319回 2017年4月3日放送

豆腐が、生き方を教えてくれた 豆腐職人・山下健



単純だから、難しい

豆腐職人山下健は、自宅と百貨店で豆腐を売る、創業145年の小さな豆腐店の5代目だ。山下が作る、にがりを使った絹ごし豆腐は、豆の風味を強く感じる味わいに、箸でギリギリつかめる柔らかさ。口に入れるとほろほろと崩れて一気に味が広がり、同業者も驚嘆の声を上げる。
にがりの絹ごし豆腐作りの工程は、シンプルだ。豆を潰して釜で煮た後、豆乳を搾り、にがりを加えて固めるだけ。だが山下は、豆腐作りを「単純だから、難しい」という。
豆の状態や気温によって、最適な製法は毎回変わるという。そのため、豆を煮る工程では、全体をしっかり煮ながらも、豆の風味を飛ばしすぎないよう、つきっきりで熱加減を繊細に調整。そして箸でつかめるギリギリの柔らかさを実現するために豆乳ににがりを加えてかき混ぜる「寄せ」の工程では、にがりを2回に分けて加える珍しい手法「二段寄せ」をとる。1回目ににがりを加えてかき混ぜた手応えで、その日の豆乳が固まるスピードや粘り具合を把握。瞬間的に2回目に入れるにがりの量を決め、ぎりぎり固まる柔らかさになるようにかき混ぜる力とスピードを調節する。
「単純なものは、ごまかしが効かない、単純極まりないものを、おいしい味とほどよい食感にすることは、実は難しく、それこそがおもしろいところだ」と山下は言う。

写真写真山下が作ったにがりを使った絹ごし豆腐は、芸術的とも称される
写真写真写真山下は、「二段寄せ」という珍しい手法で、理想の豆腐を追求する
写真箸でつかめるぎりぎりの柔らかさを実現


個性があるから、豆腐はおもしろい

世界中で1万種以上もあると言われている大豆。山下は、その味の多様さにひかれ、年間20種類の大豆を代わる代わる使いながら、1つ1つの個性が最大限引き出された豆腐を目指す。うまい大豆を求めて、今ではほとんど栽培されていない希少な種類の豆まで、研究所から取り寄せて自ら栽培しており、これまで栽培した大豆は236に及ぶ。
「いろんな味の大豆が世の中にはある。究極のうまい豆腐1つを目指すのではなく、うまいものにはいろいろあるというのが自分の考え。味の多様性を示したい」という。

写真希少な種類の大豆を自ら栽培


嫌々継いだ家業 だが 豆腐が、生き方を教えてくれた

今では豆腐作りを生きがいという山下だが、その道に踏み出した当初は、嫌でしかたがなかった。
創業80年の老舗豆腐店の跡取りとして、幼い頃から豆腐作りを手伝わされてきた山下。冷たい水を使ったハードな仕事が嫌いだった上、高度成長期に入り、小さな町の豆腐店が時代遅れだとされる風潮を感じ、家業から遠ざかろうと必死に勉強した。名門早稲田大学に入学し、大手企業に内定も得たが、卒業間際に、老舗を絶やしてしまうことにためらいを感じ、家業を継いだ。
しかし、来る日も来る日も機械的に豆腐を作る単調な毎日。加えて元来人見知りの性格で、営業や接客は大の苦手。生き生きした人生を送れているとは到底思えなかった。そんな時、戦前はよく作られていたが、当時は珍しくなっていたにがりを使った絹ごし豆腐を作る機会があった。できた豆腐はドロドロだったが、山下はその味に可能性を感じ、毎日のように試作にのめりこむようになった。
単純だと思っていた豆腐作りは、実は難しい。次第に、その難しさこそがおもしろいと感じるようになった山下。嫌いだったはずの豆腐作りが、生きる喜びを味わわせてくれていることに気付いた。

豆腐の価格は下がり続け、小さな豆腐店の廃業は止まらない。かつては3万軒以上あった業者が、今では7千軒あまりだ。その中で山下は、父が亡くなる間際に遺(のこ)した言葉を胸に刻んでいる。
「小さくてもいいから、地味でもいいから、コツコツやっていけ」。
厳しい時代の中、ただひたすら豆と向き合い、うまい豆腐を作り続ける人生を歩み続けている。

写真今日もひたすら豆腐に向き合う


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

わかったと思ったらまた他のわからないことが出てくるから、それが出来る人がプロフェッショナルか。目標を達して、次の目標をちゃんと持てる人だな。

豆腐職人・山下健