豆腐職人山下健は、自宅と百貨店で豆腐を売る、創業145年の小さな豆腐店の5代目だ。山下が作る、にがりを使った絹ごし豆腐は、豆の風味を強く感じる味わいに、箸でギリギリつかめる柔らかさ。口に入れるとほろほろと崩れて一気に味が広がり、同業者も驚嘆の声を上げる。
にがりの絹ごし豆腐作りの工程は、シンプルだ。豆を潰して釜で煮た後、豆乳を搾り、にがりを加えて固めるだけ。だが山下は、豆腐作りを「単純だから、難しい」という。
豆の状態や気温によって、最適な製法は毎回変わるという。そのため、豆を煮る工程では、全体をしっかり煮ながらも、豆の風味を飛ばしすぎないよう、つきっきりで熱加減を繊細に調整。そして箸でつかめるギリギリの柔らかさを実現するために豆乳ににがりを加えてかき混ぜる「寄せ」の工程では、にがりを2回に分けて加える珍しい手法「二段寄せ」をとる。1回目ににがりを加えてかき混ぜた手応えで、その日の豆乳が固まるスピードや粘り具合を把握。瞬間的に2回目に入れるにがりの量を決め、ぎりぎり固まる柔らかさになるようにかき混ぜる力とスピードを調節する。
「単純なものは、ごまかしが効かない、単純極まりないものを、おいしい味とほどよい食感にすることは、実は難しく、それこそがおもしろいところだ」と山下は言う。