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第305回 2016年10月3日放送

“あなたらしさ”は、ここにある 介護施設経営者・加藤忠相



感情に、働きかける

加藤が運営する介護施設では、昼食の配膳や庭木のせんていなど、あらゆる場面で認知症のお年寄りたちが活躍する光景が見られる。認知症だからといって特別視しない。持てる力をうまく引き出せば、お年寄りたちはいきいきと動き出す。じつは、こうした加藤のアプローチは最新の研究成果に裏打ちされている。たとえばアルツハイマー病になるとまず大脳の「海馬」に萎縮が現れる。海馬は記憶を脳にとどめる働きを持つ。アルツハイマー型認知症の人が直前にやったことの記憶を体験ごと失ってしまうのはこのためだ。これに対して体で覚えた「手続き記憶」をつかさどる「大脳基底核」や「小脳」の働きは、アルツハイマー病になってもすぐには失われない。加藤はお年寄りたちの“強み”を日常の作業のなかで引き出しているのだ。
このほか「海馬」の働きが衰えるとその隣り合わせにある「扁桃体(へんとうたい)」が鋭敏になることが知られている。扁桃体は「快・不快」「好き・嫌い」をつかさどる。だから加藤は、ひとりひとりのお年寄りの個性を踏まえて「どうすれば快適に楽しく過ごせるか」を突き詰める。感情に働きかけるのだ。そのためのひとつのアイテムが、イラスト付きでエピソードを記していく介護記録。どんなことが好きなのか、どんな接し方をすれば心地よく過ごせるのか。スタッフで共有してその人にとってより良い接し方を探っている。

写真イラストをまじえて記された介護記録。一見乱雑に見えるが、これこそがお年寄りの個性をスタッフで共有するための重要なアイテムだ。


ひとりひとりに合わせて、自由自在に対応する

加藤が認知症のお年寄りたちの介護で目標に据えるのは、自立した日常生活を送れるように支援することだ。これはまさに「介護保険法」の趣旨に合致することだが、加藤のユニークさは「自立を支援する」という目標達成のため、従来の常識をひとつひとつ点検して、疑問に感じたことは迷わずあらためてきたことにある。たとえば加藤の施設には「何時に何をやるか」という時間割やマニュアルがない。お年寄りの過ごし方にルールを作ってしまえば、それに縛られて自由自在な動きができなくなってしまう。料理を作りたくなれば包丁を持たせる。買い物がしたいのならば外に出かける。大切なのは、その人が「やりたい」と思ったそのときにやってもらうこと。好きなことや得意なことをやっていれば、お年寄りたち本来の力が引き出されて、表情も明るくなっていく。こうしてお年寄りたちは「世話をされる存在」から「自立した存在」へと変わっていくのだ。その結果「スタッフたちがひとりのお年寄りのために右往左往する」という場面はなくなり、お年寄りたちがやりたいことをフォローする余裕を持つことができる。加藤の施設では、まさに好循環が起こっている。
こうした加藤の介護においては、歩んできた人生を含めてひとりひとりのことを深く理解することが重要だ。それによってスタッフたちが瞬時に「その人にとってのベストが何か」を判断していくことができる。そのためにも加藤は舞台を設定している。年に4回開催している介護事例の発表会だ。公開の場で外部の人を招いて、お年寄りとの関わりについて発表するこのイベント。準備のため、スタッフたちはひとりのお年寄りのことを考え尽くすことになる。

写真
写真台所に立っていた女性たちは料理、植木職人だった人は庭木の枝落とし。認知症になっても腕前は落ちない。


“思い”も、支えてこそ介護

加藤にはお年寄りたちと向き合うときに大切にしている思いがある。「最期まで自分がやりたいことを実現してほしい。脇役として支える側に回って、思い残しがないようにサポートしたい」。80代の男性利用者が、孫が出場する高校野球の試合を見に行きたいと思っていた。加藤とスタッフたちは送迎の車をやりくりして男性の思いに応えた。
その実践は、高校時代の吹奏楽部の恩師の思い出による。加藤の母校が全国コンクールに出場することになった。しかしこのとき恩師はがんにかかっていて、病院は外出を許可してくれなかった。恩師は病院を退院してタクトを振ることを選び、そして母校を全国一位に導いた。その10か月後、恩師は息を引き取った。この出来事を通じて「医療や介護が果たすべき役割は、“その人がやりたいこと”を支えることにある」という思いを深めた加藤。その思いを胸にお年寄りたちと向き合う。

写真少年時代は内向的だったという加藤。吹奏楽と出会い“居場所”を見つけた。


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

社会の役に立つにはどうしたらいいんだろう。たぶん、じいちゃんばあちゃんが元気で、笑顔で、長生きしてくれてることだよねって思えたら、そこをいつも見続けられる人じゃないですか。

介護施設経営者 加藤忠相